監査部からのお客さん
ダンジョンは基本的に二十四時間、休むことなく運営されている。
ただし、月に一度だけ、定期監査のために丸一日休業する日がある。
そして、今日がその定期監査の日だった。
……しかし、今日はいつもと少し違う。
最近、チュートリアルダンジョンで問題が多発していることを受け、監査部から使者が訪れるらしいのだ。
「タケルさーん! ここの書類って、どちらでしたっけー!」
「あー、それはあそこの……えーと、リブリーとこの棚に置いてて」
新人に教えながら作業を進めるリブリーさんやタケルさん。
新人さんたちが彼らを頼っている光景が何だか目新しくて、ついつい眺めていると、自分の作業が疎かになっちゃいました。
いけない、いけない。こういう油断が事故に繋がると、散々言ってきたのに……。
「主任殿。本日は監査部から来訪者が来るのでしたな。準備などは必要だろうか?」
「んー、どのタイミングで来るか聞きそびれちゃって……。一旦は気にせず、設備の点検をお願いしていい?」
「承った」
今の妙に畏まった喋り方の人は、新しく入ってきた竜人族のフィードさん。
竜人族特有の威厳が感じられて、新人さんなのにベテランのように錯覚してしまう。
「監査部かぁ。あそこの人たち、凄く気難しくて苦手だなぁ。でも、文句を言えるほど私、全然偉くないし……」
「む? 主任殿はここではかなりの立場と見えるが……何故そのように?」
竜人族って、数ある種族の中でもダンジョンという存在にあまり触れてこないんだったっけ。
「んーと、監査部っていうのは、統括局直属の部署なの。総本部が私たちのような数多の管理課をまとめる場所だとすると、監査部は総本部にも監査権限を持つ部署って感じかな。だから、私たちからすると総本部も上の立場だし、監査部はさらに厄介な相手ってわけ。詳しい上下関係までは、私もよく知らないんだけどね」
「なるほど。そのような背景が……。今のお言葉、しかと胸に刻みました」
「そんなに大事なことじゃないよ。……せいぜいメモ書き程度で……」
この生真面目な感じ、私の知り合いにはなかなかいないタイプだから新鮮だなぁ。
「主任ー。来ましたよ、例のお客さん。すっげぇ美人だったっすよ」
タケルさんが鼻の下を伸ばしてチラチラ入口の方を見ながら声をかけてきた。……タケルさんってば、割とリーヴィアさんと似たようなタイプなのでは、?
「こほん!……全く、客人を待たせるとはここの管理課の指導はどうなっているんですか?大体、最近はクレームや問題行為などが多発しているようではないですか!そういう課全体の怠慢が、冒険者たちのクレームに繋がっていくわけで……(ぺちゃくちゃ)」
入口で中に入りもせず言いたいことをぶちまけているこの人は監査部所属の孤族のルースさん。メガネと厳しそうな目つきのコンビはひと睨みで私たちをすくみ上がらせる鋭い眼光だ。
「あのぉ、中で話すのも疲れるでしょうし、中でお茶とお菓子でもつまみながらとか……」
「……ふん、貴方はまあまあ話のわかる方ですわね。案内なさい。」
ソファに腰をかけたルースさんはメガネを時々手でくいっと押し上げながら書類に目を通す。……そして、監査部が来るような案件では、絶対に一悶着あることを知っている。
「……まず、色々聞きたいことがあるのだけど1番の疑問点はここね。何故あの迷惑な冒険者パーティーを出禁にしないのか。」
やっぱりそこを突かれるか、
「この3人。前はなかなか有名なパーティーだったみたいね。実力も申し分ない。それこそ、高難易度ダンジョンに自ら進んで攻略していくほどには」
え、私それ知らない。あの人たちそんなに強かったの?
「それが今では初心者用のダンジョンで迷惑行為を繰り返すパーティーに成り下がり。正直、彼らをあのままダンジョン攻略させることに何のメリットもないと思うのだけど、それでも彼らを出禁にしない、それ相応の理由でもあるのですか?」
「……それは……」「わかっています。ないんでしょう?」
私が何かを言うよりも早くルースさんが口を挟む。
「出禁にするかどうかは貴方たち現場のプロの方が私よりも正確な判断が下せると考えていました。ですが、彼らのこの処分には納得がいきません。私としては、彼らは一刻も早く他の冒険者たちのために出禁にするべきです。」
「……確かに、彼らの行動が他の冒険者の迷惑になっていることは、私も認識しています」
「ならば、なおさら出禁にするべきでは?」
「ですが、彼らが規則を破ったことと、彼らをダンジョンから締め出すべきかどうかは、別の問題だと思っています」
「言っている意味がわかりません。貴方一人の判断で彼らを野放しにし、ほかの冒険者たちが迷惑を被っても構わないと?」
「違います、ただ私は……約束をしてくれた彼らに1度だけでも猶予を与えたいのです。私には、あの日誓約書を書いて、申し訳なさそうに自分たちの行いを詫びた彼らが、また同じような過ちをすると判断するには早いのではと思って……」
「そんな悠長なことを言っている場合ですか?あのですね、貴方が彼らを好意的に見ようが何でもいいんです。しかしですよ、貴方1人の独断でほかの冒険者たちに迷惑をかけている自覚があるのかって話なのです。」
「っ……」
ルースさんの言葉は全部正しい。主任として、ダンジョンを管理するものとして相応しくないことをしているのは……私だ
「貴方、一応ここの主任という立場にある人間ですよね?そんな貴方が、自分だけの都合で冒険者やモンスター、そして何よりも課の仲間たちに迷惑をかけて良しとするのですか!」
そんなことない!……そんなことないのに、今の私じゃ、この正しさに対して何も言えない、私自身が矛盾していることに、ずっと目を背けてたから……
「……すみません、それでも、私は……」
「謝ったところで解決なんてしな……「謝らなくていい。主任殿の主張は間違っていないだろう。」」
「……え、」「…ん?今なんと?あの人の主張が正しい?駄々っ子みたいな主張が?」
困惑している私と信じられないと肩を震わせるルースさんを気にとめず、フィードさんは続ける。
「失礼。話の腰を折ってしまい申し訳ないが気になったのでな。今の話、主任殿の主張には十分納得がいくと感じました。……しかしそれが主任殿の致命的な部分でもあるのだと思う」
「致命的ぃ?急に話に割り込んできたと思えば何が言いたいのですか」
苛立ちを隠さずにルースさんが突っかかる。
「あぁ、主任殿はあの御三方も見捨てない優しい心の持ち主だが、その気持ちと他の冒険者を守りたいという気持ちが相反しているように感じたのだ」
真っ直ぐに自分の意見を述べるフィードさん。私は、言いたいことも伝えたいことも全然言葉には出来なかったのに、あんなにも真っ直ぐ言えて……凄いよ、
「ええそうでしょうね。ですから私が問いかけたのです。貴方は主任として、冒険者や課の仲間を守る責任を忘れたわけではないですよね、と」
ルースさんも、ちょっと厳しい人かなって思ったけど、あの人の言葉から分かるんだ。彼女も冒険者たちを守りたいって気持ちがあるのを……それなのに私は、
「そこが主任殿の弱点だろう。人を思いやる気持ちは大事だ。それに、全ての責任は主任殿だけにある訳では無い。」
「…………なんですって?」
フィードの言葉に眉を顰める。
「勿論、我々のミスやダンジョン内での不備は、主任殿の責任として扱われるだろう。
しかし、ここには主任殿以外にも多くのオペレーターがいる。無論、我もその一人だ。」
最初、私はあまりのことに頭がついてこなかった。私はもしかしたら大事なことを忘れていたのかもしれない。ダンジョンを…ここをより良くしたいと考えていたのは皆そうだったのだ、
「主任殿が全てを背負わずに済むよう、我らにもできることをさせていただきたい。だから、彼らの処分とこれからの対処については、今一度、我ら管理課に時間をください。必ず主任殿、そして先輩殿たちをはじめとする仲間たちで解決案を出してみせますので」
深々と頭を下げるフィードさん。はっ、として周りを見渡すとタケルさんやリブリーさん、先輩や新人さんまでもルースさんに頭を下げてお願いをしていた。
「……っ!私からも、確かに綺麗事ばかりで冒険者のことや課の仲間たちを疎かにしているところがありました!きっと今回、ルースさんからご指摘を受けるまでずっと気付けなかったかもしれません!」
私も深々と頭を下げる。
目から涙がこぼれないように。声が震えてしまわないように。
必死に感情を抑えながら、私は告げた。
「だから、あの御三方についてやクレーム対応などについては、これからは仲間たちと共に解決案を練り、より良いダンジョンになるよう努力していきます!だから、彼らの出禁については、もう少し待ってください!お願いします!」
さらに頭を下げる。皆さんも、クレーム対応や書類などで迷惑を被ったり言いたいことを飲み込むことがあっただろう。それでも、3人のため、私のため、……そして、チュートリアルダンジョンのために頭を下げてくれた事実が何よりも嬉しいのだ。
ルースさんはしばらく考えるような素振りを見せたあと小さく溜息をつき
「………………良いですか?別に納得したわけじゃありませんが、そこまで言うなら彼らの出禁についてはもう少しだけ猶予を与えます。……しかし!そのときまでに私が納得がいく理由や解決案が出せなかった場合には彼ら3人には問答無用でダンジョン永久出禁。そして、スズネ主任には多少の処罰があるので」
「!ありがとうございます!」
今回の定期監査で、私は自分の至らなさを痛感した。
けれど、それ以上に大切なことを思い出させてもらった。
このダンジョンをより良くしたいと思っているのは、私だけじゃない。
私には、こんなにも頼もしい仲間たちがいるのだ。
ルースさんやタケルさんたち。そして何より、あの時、私に助け舟を出してくれたフィードさんに、もう一度深々と頭を下げた。




