第85話:八卿至帝の誤算【三人称視点】
「既に知っての通りだ。戦闘卿が封印された」
八卿至帝の一人。理想卿が残酷な事実を述べた。人の口に戸は立てられぬとはいえ、改めて他人から話を聞くと他のロードも耳を疑ってしまう。
「殺された、ではなく封印された?」
「エイテル庭国での情報を聞くに、そういうことになる。ダンジョン封印が行われ、今は戦闘卿が封じられている異界は冒険者ギルドが管理するダンジョンとなっているらしい」
事実を事実として述べる。理想卿その人が、そもそも自分が何を言っているのか。そこを疑ってしまって余りある。
「誤報ではないのか? そもそも唯王四公を封印した我ら以外にあの技術を持ちうる者がいるはずがない。それはここにいる全員が確信しているだろう」
安易には頷けない。その他のロードの気持ちも痛いほど伝わるが。
「残念ながら事実だ。戦闘卿は既にダンジョンマスターとして成立している」
この事実を前提に、話を進める必要がある。
「とすると、それをなした相手が問題になるわけですが……」
戦闘卿は戦いにおいて強さの次元が違う。Sランク冒険者でも勝てる見込みは無いに等しい。そのうえ八卿至帝にはカウントダウンシンドロームがある。剣や魔術で殺そうにも限度というものが存在する。
「おそらくだが、レイト・ペネト……」
「誰だ?」
八卿至帝は一種の議会だが、全員が情報を共有しているわけではない。円卓にそろった戦闘卿以外の七人のロード。その一人が理想卿に問うてくる。
「救国の英雄と呼ばれるSランク冒険者だ。セイントブルク神殿ダンジョンを攻略し、どういうスキルを使ったのか。聖女グラディオ・トリスメギストスをダンジョンの封印から解放している。これを座視できなかった戦闘卿が情報を収集した結果、レイトという人間に行きついた。そもそもダンジョンの攻略実績のあるSランク冒険者だ。ギルドの方にも情報を秘匿する理由がない」
つまり誤情報と疑うことそのものがあまりに無意味。
「十中八九スキルホルダーだな」
一人のロードがそう言うと、他のロードも追従した。
「そのレイトはエイテル庭国でダークブルク夜城ダンジョンを攻略。魔王タイインスレイブを開放したとある」
「魔王の復活、か。座視できぬな。エルダーワンの復活はつまり帝作用の再起動と繋がる」
頂点の一人から同じ種族が祝福を受ける。八卿至帝が人間に行っていることを、魔王は魔族に行える。
「そのレイトなる人物はダンジョンに封印された存在を解き放てるスキルを持つ。そうして聖女のみならず魔王まで復活させた。これを危険視した戦闘卿がレイトに挑み、破れ、ダンジョンに封印された。話をまとめるとこうなるのか?」
「で、あるな」
理想卿も頭が痛い。ダンジョンの攻略そのものがすでに人間の域を超えている。まして人類の文明を守るために危険な存在を封印して回った彼らの努力を水の泡にするレイトなる人物は、そんな致命的な性質を持っていながら、さらに八卿至帝しか持ちえぬはずのダンジョン封印の手段を再現できている。ギルドが公開している情報だけを信じるのならば、これは容易に頷けない。
「強敵……とでもいうのか」
「戦闘卿のスキル。スタークオーバーブローは構造こそ単純だが梵我反転と組み合わせた場合、破格の威力を発揮する。その上で戦闘卿を上回ったということは……」
「相手……つまりレイトも梵我反転が使える。これが最も有力だな」
自然と結論はそこに集約される。互いにクオリアを体外に投射した場合、胎蔵領域の押し合いは対等と言える。自分から距離が離れるほど精神透圧は劣化する。つまり相手が梵我反転を持っているなら、相手の胎蔵領域を戦闘卿のクオリアが塗りつぶすのは至難の業。
「ソロの冒険者か?」
「委細不明。戦闘卿なら知っているだろうが、今はダンジョンのボスモンスターなのでな」
皮肉のつもりはなかったが結果として皮肉の表現になった。自己嫌悪する理想卿。
「戦闘卿の封印についてはこの際論じるまい。つまりそのレイトは我ら八卿至帝と同じ技術を持ち、また封印を解除する力も持つ。これを最悪と言わずに何とする?」
仲間意識があるわけではない。八卿至帝の総論は純霊長……つまり人間の保護に他ならない。その施政が根本から崩される。亜霊種のエルダーワンを全員解放されたら話のややこしさは青天井だ。魔境大陸に放逐した亜霊種。魔族。エルフ。ドラゴン。オーガ。デーモン。彼らが唯王四公の旗の下、また侵略戦争を仕掛けてきた場合、はたして人間に安寧は訪れるのか? テーゼというには分かり切っている問題だ。
「相手はSランク冒険者。ギルドを介せばどこにいて何をしているかは容易に把握できる。その上で彼を排除することを私は提案する」
異論はなかった。このまま放置すればレイトは四公までもを開放してしまうだろう。百年前の浄化戦争。それによって得られた純霊長の平和な世界。悪意があるわけではないのだ。独善的であると自覚に満ちながら、それでも八卿至帝にとって人間とは保護すべき対象である。ただその方向性がヒューマニズムとは大分毛色が異なるのだが。
「一つ光明があるとすれば、だ」
一人のロードが口を開く。
「その不透明のレイトのスキルでも我らのカウントダウンシンドロームを殺しつくすことは不可能。そう考えてもいいのだろうか?」
「レイトが一人だけであればな。だが今の彼には魔王の庇護がついている。戦闘卿も彼女のエクスカリバーを受けて一回死んでいるだろう。魔術のバリエーション次第ではレイトの情報の不透明さより魔王タイインスレイブの威力の大きさこそ警戒すべきではないか?」
「我らのスキルも梵我反転を前提にある。それを封殺して魔王タイインスレイブがバカスカ魔術を撃ちまくれば、ただこの命を浪費するだけ、か」
「我ら全員がSランク魔術師ではある。防御系の禁忌魔術も扱える。タイインスレイブの魔術を防げたとしても、戦闘卿の立場を推し量るにダンジョンに封印される危険性もある」
「難敵……だな」
下手に手を出せば返り討ち。だが放置するわけにはいかない。レイトを排除し、後に魔王と聖女を再度封印する。これが八卿至帝にとっての理想的な展開となる。仮に魔王を封印してもレイトがいれば再度復活するだろう。頭が痛いことながら、人類にとってのイレギュラーとすら言える。
「そもそも何者なのだ? そのレイトは何処から現れた?」
「異世界……であろうな」
至極当然の結論。事の起こりから今の事態までの展開が早すぎる。いきなり現れた人間がたった半年程度でセイントブルク神殿ダンジョンとダークブルク夜城ダンジョンを攻略。聖女と魔王を復活させた。事実だけを簡潔に理解するなら不条理にもほどがある。
「我らの仲間に引き入れる……というのは?」
「仮に聖女や魔王を殺してダンジョンを攻略したのなら、手段の一つとしてあるが、彼の場合は封印を解除しているのだ。何を意図してのものなのかは不明だが、我らとは互いの目的が相克し合っている」
「うぅむ」
理想卿の真っ当な意見に、他のロードも反論できない。仲間になる代わりに唯王四公を解放しろと言われたら、その時点で信頼が決裂する。人類賛歌を歌う彼らにはレイトのやっていることははた迷惑も極まっているのだ。
「殺すしかない。そこは肯定する。だが聖女の祝福はどうする?」
無限の順転エネルギー。それによる不老不死。なおのこと厄介なのは聖女はそれを他の個体と共有できる。ポーションがいい例だが、そうじゃなくても聖女に気に入られれば、その個体も不老不死を約束されているようなもの。八卿至帝のカウントダウンシンドロームとは根本からスペックが違う。なお、その彼女も八卿至帝から見れば危険思想の持ち主だったので封印という手段を使ったわけだが。
「まずは情報を集めよう。無策で挑めば戦闘卿の二の舞だ」
「ではその通りに。今回の議題はここまでとする」
最後に理想卿がそう言って、八卿至帝は解散した。
「お疲れですか。ロード」
理想卿の部下が彼を案じる。頭痛のする案件ではあるが、その疲労を理想卿は隠さない。
「難題とは認める。さて、霊長保管計画のためにイレギュラーをどう潰すか……」
独り言のようにそう呟いて悩ましい思念を言語化する。
南無三。




