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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
六章 たそがれにさく
36/68

3話 大学召喚

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。


 会議に呼ばれた蓮華を待ちながら、刀は退魔一課の部屋をぐるりと見わたした。

 はじめてここに来た時と同じで、デスクはあっても、席に腰かけた人間は少ない。刀もここに座った回数は、合計で三日にも満たない。ここまで長く居座っているのははじめてだ。

 刀に接触を試みる好き者もいない。ただ席を温めているだけでも、同僚たちは警戒の目を向ける。

 はじめのうちは、自分を(あお)る局員が現れるのではないか、と警戒するほどだったのだが。

(蓮華、早く戻ってこないかなぁ……)

 勝手に独りで出歩くことは禁止されているため、どこにも行けない。(きゅう)(きょ)お守りをまかされた、名も知らぬ同僚もかわいそうだ。

 彼は顔を真っ青にしながら、刀の一(きょ)(どう)を何度も確認している。監視を頼まれた手前、任務をまっとうしようと必死だ。声をかけたら最後、パニックを起こして部屋を出ていきかねない。

「カタナ、待たせたわね」

「あ、蓮華。遅いよ」

 スーツジャケットを片手に持ち、相棒が部屋に入ってきた。名も知らぬ同僚から、(あん)()の息がこぼれる。

 席を立った刀だったが、すぐに座り直した。蓮華のスマートフォンが鳴ったためだ。

 はじめ()(げん)そうに電話をとった彼女は、数秒のうちにさっと顔色を変えた。声も低く、くぐもる。

 電話の内容は急を要するものらしい、話が終わるころには真っ青になっていた。

「れ、蓮華? だいじょぶ?」

「ごめん、カタナ……今日は私につきあって」

「う、うん。それはいいけど、どしたの」

 蓮華はばつが悪そうに視線を()らした。

「……大学。休学届を出すの、忘れていたから。まあどっちにせよ留年みたいなものだけど……ふふっ」

 小さな声で、彼女は(わら)う。部屋の温度が、一気に氷点下まで急降下。周りにいた同僚たちも、彼女に同情の目を向ける。

「ちょっ、それってヤバイじゃん!! ほ、ほらっ、すぐ行こ!! ねっ? あ、監視代理の人、ごめんなさい、怖がらせて! ご迷惑おかけしました!」

 ようやく心の平穏を取り戻した同僚に声をかけ、刀は相方の背中を押して、急いで部屋を出た。


 ここ一ヶ月、刀が思いだしたことはなに一つとてない。

 すべての場所、一つ一つが見知らぬ街、新しく見聞きするものばかりだ。局から家までの道だけが、知っている風景になっている。

 それは今日も同じ。蓮華の大学への道筋に、ただついていく。彼女がいなければ迷子状態だ。

「それにしても意外だったなあ」

「なにが?」

 地下鉄に乗りこんだあと、刀は先ほどの彼女の慌てようを思いだした。隣に座る当の本人は、まだ浮かない顔だ。

「蓮華っていつもきっちりしてるから、ああいううっかりもあるんだなーって思って。あんなに真っ青になってさ、ちょっとおもしろかった」

「ここ一ヶ月忙しかったから、そういうこともあるわよ。……手続きしておかないと連絡が実家にいくから」

「それって、実家のお母さんにってこと?」

 その問いに蓮華はだまってうなずいた。顔面蒼白になるほどだ、彼女としては一番避けたい事態なのだろう。魔に動じず、怖いものなしといった彼女に、恐れるものがあると思うとまた笑いがこみあげる。

「ちょっと、そんなに笑わなくてもいいでしょ」

「あはは、ごめ、だって怖がってる蓮華、はじめて見るから!」

「別にびびってるわけじゃ――って、降りるわよ!」

 話しているあいだに、目的地に近付いていたらしい。慌てて電車を降り、地上に出た。右手には赤レンガの塀が、なんらかの敷地をぐるりと囲んでいる。

 蓮華はそのレンガ塀の方向へまっすぐ歩いていく。すぐに見えた通用門には、〝学内関係者以外、通行禁止〟と注意書きがかかげられている。

「あの、蓮華。あたし関係者外だけどいいの?」

「大学生にもなって名札つけてるわけじゃなし、分からないわよ」

 つべこべ言うな、と蓮華はその門を通る。念のため、門に警備員がいないことを確認し、あとに続く。

 門をくぐった先には、重厚な建物が、新しいビルにまじって姿を現す。(あわ)(だいだい)色のタイルが敷きつめられた外壁に、アーチを多用した入口。古いヨーロッパの建築物に似ている。

 建物に沿って歩くうち、ようやくどこの大学に来たのかが、おぼろげに分かりはじめた。

「ん? あれ……あの門は」

 国道側に目をやれば、(かわら)屋根の立派な(しゅ)()りの門が建っている。

 最近、アンディと一緒にバラエティ番組を観た。芸能人たちが食べ歩く特集で、紹介されていた観光スポットにも、これと同じような門が映っていた。構内から見えるのは裏側のため、表の門構えがどうなっているかは不明だが、時代劇に出てくる、大名屋敷の正門に似た造りのはずだ。

「蓮華、ちょ、ちょっと待って!」

 話す時間が惜しいとばかりに、蓮華は白いアーチを構えた橙色の建物へ向かっていた。先に目にした同系色の建物とくらべ、入口の白がめだつ。

「蓮華って、ここの学生なの?」

「そうよ?」

 即答の彼女に、刀は思わず頭を垂れた。

「なんで頭下げるのよ」

「いや……その、なんか予想外な大学すぎて、あたしがこうして蓮華を見るのは()が高いかなーって」

 ここは日本でも最も権威のある、頭脳の集積地帯だ。中でもさらに人の倍以上の知識と時間を必要とする学部に在籍しているのだから、驚かずにはいられない。

「今から休学届出す人間がすごいわけがないでしょ。ほら、頭上げて」

(才色兼備ってやつかあ……もったいない)

 もし鬼の力が覚醒していなかったら、彼女は今も、ここで学んでいただろう。

 本人も休学しなければならないことを、不本意に思っているはずだ。

 彼女の口ぶりから推測するに、蓮華は一年ほど仕事を休んでいたらしい。右腕に大怪我を負ったのは間違いない。怪我の(りょう)(よう)も兼ねて、大学に戻っていたのだろう。

 いつまでの期間を局に申請していたのかは不明だが、どちらにせよ、状況が急に変わったのだ。

(あたしがいなかったら、蓮華はまだ勉強を続けられていたのかな)

 それについて、彼女は恨み言一つよこさない。それどころか刀の側に立ち、おかしいと思ったことは変えようとしている。

「カタナ、悪いけどここからは別行動」

「うん、分かった。って、え!? ちょっと蓮華! それってまずいでしょ」

 予想外の提案に、刀は周りの目も忘れて叫んだ。

「さすがに中までは連れていけないから。この道をまっすぐ進んだら、法学部の建物の裏に突き当たるわ。それに沿っていけば講堂が見えるから、そのあたりのベンチで待ってて。案内もあちこちに立ってるし、分かると思う。地下の食堂でも構わないわ」

「いやいやそういう問題じゃないでしょ! 監視なしでそこまで行って待ってるって、局からなんて言われ――」

「そこなら人気が多いから、逆に安心なの。二課の連中も妙な行動はとれないし、それに、貴女は自分の立場をよく心得ている。私はそれを知っているから。万が一の時は、私の指示で講堂まで移動したって説明すればいい」

「蓮華……」

「なにかあったらすぐ連絡して。三十分以内に戻るわ」

 軽く手を振り、彼女は医学部へと走っていった。


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