2話 会議召喚
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「黒鬼の現れる兆候も、この一ヶ月監視したかぎりでは見受けられません。本人にも著しい心の乱れは見られませんので、黒鬼の覚醒を過剰に恐れるのはいかがなものでしょう」
会議室がどよめく。
ここは白沢月子、新田一、戸川将高、彼ら三人だけでなく、他の管理官たちや課長、部長も参加する正式な会議の席だ。
任務の遂行報告と共に、定期報告書を提出した蓮華は、居並ぶ彼らに提言した。
管理官は事件発生に際して現場の指揮を執る。または事件収束を誰にまかせるか、決める権限を持つ。歴代の課長と部長も、彼らの意見を受けて決断するケースがほとんどだった。
特に退魔一課では、これまで新田に発言力があり、その意を課長の日野が追認するという形が多かった。
そしてこの会議、管理官より下の階級は、まず呼ばれない。鬼の主であってもだ。話しあわれる案件に、直接関わっていないかぎりは。
蓮華も正式に黒鬼の主――刀の監視を命じられて以来、はじめての召喚だった。
「蓮峰君、確かに君の報告のとおり、ここ一ヶ月はそういった兆候は皆無だ。だが、それがこれからもそうだとは、誰も言いきれないだろう」
新田が困惑の声を上げる。それは当然だろう。今後も黒鬼の覚醒はないと断言できる、はっきりとした証拠は見つかっていない。
「そもそも一ヶ月そこらでは楽観視しすぎではないか」
「ご指摘はごもっともです。しかし過度な監視や締めつけは、任務遂行の妨げとなります。技術部から彼女にわたされた打刀が、二度目の交戦で折れました。原因は強度不足です。三級の魔でしたので、からくも打倒しましたが、二級以上が相手ならば、無事ではすまなかったでしょう」
再び会議室がどよめいた。新田が苦い顔をする。
武器に注文をつけた犯人に、釘を刺しておこうと思ったのだが、今の様子でおおよそ把握できた。
(ポーカーフェイスくらい身に着けなさいよね)
鎧虎との交戦から三日後には、長から新しい打刀を受け取っている。彼と技術二課のプライドがこめられた一品は、剣気にも耐える頑強さを発揮している。
「蓮峰さん、おっしゃりようは理解しました。しかし、貴女はもう少し客観的に考える必要がある」
白沢管理官は髪を耳にかけながら、周りを見わたした。
「彼女に肩入れしては、監視をまかせた意味がなくなります。いつ黒鬼が覚醒するか分からない。それじたいが脅威だと、忘れてはいませんか。この東京にいる人々を、経済の中心を、国家の中枢を、いかに護り抜くか。貴女は冷徹に行動しなければならない。たとえ一人の人権を無視することとなっても」
「……いざという時は、私も情けは捨てます」
白沢に現場復帰を承諾したあの日から、覚悟している。組織の名の下に、一人の命を奪う心がまえを。
だがその瞬間が来るまで、刀が一人の人間として生をまっとうできないのはおかしい話だ。
この一ヶ月、彼女に対する周りの反応に変化はない。それでもようやく、刀本人は蓮華やアドルフたちに対して心を開くようになっていた。
ただ他の局員に対しては、自分が恐怖の対象であることを自覚し、よけいに刺激しないよう気を遣っている。それは訓練所での従順すぎる態度と被り、いつ見ても引っぱたきたくなるのだが。
反抗しようと思えば、いつだってできる。なにが怖いのだと一言言ってやってもいいだろう。
刀はそうだね、と苦笑するだけだ。あまつさえ、彼らの気持ちに理解を示し、申し訳ないとこぼす。
だが彼女が諦めているのであれば、監視役の名分があたえられた自分がやるしかない。
蓮華は無表情の白沢を、ただじっと見つめた。
「承知しておられるのであれば、それでけっこう。とはいえ武器の不良は捨ておけません。今後また同じことが起きた場合、技術部にも改善を要求すべきかと存じますが、いかがでしょう」
白沢は他の管理官、課長、そして最後に部長へ意見をうながす。
(……うまいわね)
白沢は、刀を危険視する者の意見を代弁しつつ、蓮華の言から己の意見を滑りこませた。運用策を実行した人間として、さらなる存在感を示したのだ。
新田派らしき管理官たちは苦々しい表情を浮かべたが、反対意見はついぞ発せられなかった。ここで異を唱えれば、意図的に武器の強度を調整させた犯人だと、名乗りでるようなものだ。
まもなく、会議は終わった。武器以外はなにひとつ解消されないままであったが、刀本人の性格に問題はないのでは、と疑問を提示できただけでも、出席したかいがある。
「蓮峰、ご苦労だった」
「戸川管理官、お疲れ様です。私の報告に、なにか疑問でも?」
戸川は退出する管理官たちや課長、部長をよそに、蓮華をねぎらった。個人的な用だろうか、彼から声をかけられるのははじめてだ。ほとんど新田の指揮下で働いていたため、会話をかわしたのは二、三度。休職直前のころだけだった。
「いや、お前の報告に疑念はない。一つ伝えておきたいことがあってな」
「なんでしょ――」
戸川が次の言葉を発する前に、彼女は足を攫われる違和感を覚えた。思わず後ずさったところに、黒いなにかが頭をたれる。戸川の足下、その影が蠢いていたのだ。
「戸川管理官、貴方は黒鬼の……」
蒼鬼から大まかに聞いていた黒鬼の固有能力に、影を操るというものがあった。
「そうとも。楠木とは遠い遠い親戚といったところか。いずれ黒鬼は覚醒する。その前に、お前にはこれを見せておこうと思ってな」
戸川の影は天井に伸び、大きな輪を作って見せた。自由自在に姿を変える影は、そういう生き物にしか見えない。平面であるはずのそれが、今は質量を持っているのだ。
「黒鬼の主であれば、自分の影以外の影も動かせる。それでも無機物の物に限られるが、他人の影が自分の影と重なれば可能だ。もし奴と戦うことになったら、不用意に奴の影には入るな」
黒い獣は戸川の足下に吸いこまれ、ただの影に戻った。先ほどの違和感も消え、蓮華のそれと交差しても、微動だにしない。
「ご忠告、感謝します。ですがこれはカタ――楠木さんに伝えたほうがよろしいのでは」
戸川はいや、と首を左右に振った。
「黒鬼の主として覚醒すれば、私が教えなくとも使いこなす。この知識は今のお前にこそ、必要なものだ。それに我ら黒鬼の子は、親には逆らえんからな」
「どういう意味です?」
「黒鬼の覚醒は、本来なら彼の血を継いだ私たちが断罪すべき問題だ。だが、奴を目の前にすれば、私たちは局に刃を向けるだろう。お前が号令一つかければ、蒼鬼の血を引く局員が、お前にしたがうようにな。鬼に逆らえるのは鬼の主だけ、鬼を殺せるのも、当代の主のみだ。まあ、それをやった者はひとりもいないのだがな」
返す言葉が見つからなかった。局に入って二年、鬼に関しては、蒼鬼や海堂たちに教わることが多い。それでも、自分の意思一つで他人を操れるなど、予想もできない力だ。
「蒼鬼には聞いていなかったか」
「……はい」
「鬼の主にはそういう面がある。今にはじまったことではないが、言動には気を付けろ。私はそうは思わないが、新田管理官や日野課長はお前たちを恐れている。ふとしたきっかけで反旗を翻されるのではないかとな」
戸川は蓮華の肩を叩き、会議室を出ていった。




