分かりきったことを
──
「──!」
急激に戻る意識に、酔いそうになる。いや、何より、これは……。
頬を何かが伝う。それは、涙だった。
「……?」
分からない。どうして私は泣いているのか。何か、今の一瞬の間に、夢を見ていた気がする。忘れたくなかった。忘れたらいけない。それでも、思い出せない……そんな……。
首を絞められる痛みも、苦しさも、今は不思議と気にならない。ただ胸を打つ、名もない悲しみが、私を覆っていた。
だがずっとそれに気を取られるわけにもいかない。今目の前に、理事長である百目鬼玲がいる。彼が私の首を絞めている。……このままでは死ぬのだ。
考えろ、冷静に、今この状況を、打開する策を……。
『小鳥遊くんに連絡するつもりかい?』
『無駄だ、この手袋には、異能力を打ち消す効力がある。異能力妨害室と同じ技術だ。……この手袋が覆っている範囲にしか効力は無いが、今の君には、これで十分だ』
……あ。
ふと私の脳内を、1つの思考が掠めた。もしかして、という可能性だ。……だが私の中では、それはもはや確信に近づいていた。
それが本当だとすると……早く行動に移さなければならない。
考えたのは、きっとほんの1秒に過ぎない。しかし突如として冷静になったことで、ある1つの打開策を導き出すことが出来た。
……なんだか頭もすっきりしている。夢を見ていたせいか。……夢を見ていたかすら、分からないのだが。まあそれはいいとして。
だから私は、異能力を使う。……彼には気づかれないよう、こっそりと。
「……そろそろ死んでもいい頃じゃないのかい?」
「……」
「……意外としぶといんだな、君は」
それはどうも。その声は、喉を塞がれていて出ないけれど。
代わりに微笑んで、返事代わりにする。
すると理事長先生の眉が、ぴくりと動いた。苛立たし気に私を睨みつけると、更に首を絞める力を強くする。強く強く。……先程まで片手だけだったのが、両手に変えて。
「……ぐっ、」
息が、苦しい。冷や汗が流れて、今度は苦しさから目尻に涙が浮かんで。……でも、諦めない。
ただ淡々と、異能力を使い続ける。
「……?」
流石に理事長先生も、私がやけに余裕気なことに、疑問を持ったのだろう。訝しげな表情を浮かべる。私は……ただ、微笑み続けた。
「……何故、そこまで笑っていられる? 言え」
そう言うと理事長先生は、私の体を微かに揺らす。そして喋らそうと思ったのか、喉を絞める手の力を弱めた。……いつでも私の命は、刈り取ることが出来る立場にある。だから弱めても平気……ということか。
手の隙間から、私は呼吸をする。久しぶりに吸った酸素は薄かったし、美味しくなかった。
「……何故……? そんな、分かりきったことを……」
しっかり前を見据える。鋭い瞳で、余裕気に、言ってやる。
「貴方は私に勝てないからです」
遂に理事長先生の額に、青筋が浮かぶ。私のような小娘の全力の煽りの言葉に、苛ついている。それはとても滑稽な光景だと言わざるを得ない。
だがそんな私の思考も、首を持たれ、再び激しく壁に打ち付けられると、流石にぼやけてくる。普通に頭を打って、視界がぐらぐらしていた。
「……くっ……」
「……あまり大口を叩くなよ。君の命は今、私の手の内にあるんだ……。君のような、異能力の扱いにも長けていない弱小者が、私のような大きな闇に敵うと思うなよ!!」
怒りに身を任せ、私に向けた侮辱の言葉を吐く理事長先生。
……台詞が、中学2年生の何故かカッコいいと思っている台詞そのままだ。全く怖くもなんともない。叫んだことで飛んできた唾が汚いな、と思うが、そこはもう少しの辛抱だ。
もっと息を吸え。怒れ。
貴方の命こそ、私の手の中にあるのだから。
「……最期にもう一度問う。……私の計画に、協力する気は?」
「……何度でも言います。ありません。これっぽっちも」
というか、ここまで煽られて、今更同じ計画を共に成し遂げられるとでも思っているのだろうか、この人は。
私の心の中で言ったツッコミは、もちろん回収されない。理事長先生は顔を怒りで真っ赤にしたまま、笑い。
「なら、今度こそ──死ね」
そして、再び首がきつく絞められ──。




