勝負は付いた
──だが、いつまで経っても、私が死ぬような様子はなかった。
私はすっかり冷めた目で、理事長先生を見つめる。もう勝負は付いた。私はそう確信した。
何故なら私の首を絞める力が弱まり、そのまま……するりと離れたからだ。お陰で私の呼吸もようやくまともになる。もう呼吸が脅かされることは、無い。
「……?」
理事長先生の顔に、困惑の色が差す。そして彼は……無抵抗に、地面に倒れた。
「……が、っ、はぁッ……!?」
「……今の症状を、言い当ててあげましょうか。頭痛、吐き気、視力障害、痙攣……まあまだあるとは思いますが、大方こんなものでしょう」
「な……お、まえ……」
「理事長先生、貴方の異能力は……『少し先の未来を見ること』。ただし、その異能力には、デメリットがある」
倒れる理事長先生の目線に合わせるよう、私はしゃがむ。理事長先生は何とか気力を振り絞っているのか、顔を上げ、私を睨みつけた。
「……先程の言葉、そのままお返しして差し上げます。……『目視出来ない攻撃への反応が遅れること』、です」
「……っ」
そう、この人は未来を見ていた。そしてその見た未来を口にすることで、人の動きを抑制させようとしていた。
右足、右手で左腕を庇う……その台詞に私が動きを止めてしまったのも、それに見事に引っかかってしまったと言える。……何をしようとしているか、バレている。それは、思考を読まれたということとほぼ同義だ。すると、行動することに恐怖を覚える。自分の裸を見られている感覚、とでも言うべきか。そして、もし本当に読まれているのなら、全ての行動に意味がない。
そして集中力に影響をきたす。理事長先生が精神的に優位に立つ状況の完成……ということだ。
だが。
『小鳥遊くんに連絡するつもりかい?』
私はああ言われた時点で既に、スマホに言葉ちゃんの連絡先が入っていないことに気づいていた。手こそポケットに向けていたものの、スマホを取る気はなかった。
『無駄だ、この手袋には、異能力を打ち消す効力がある。異能力妨害室と同じ技術だ。……この手袋が覆っている範囲にしか効力は無いが、今の君には、これで十分だ』
私はあの時、理事長先生を異能力で消そうとは考えていなかった。あくまで、その手を解かせようとしただけだ。
つまり理事長先生は未来の行動こそ見れるものの、「何を考えて」その行動を取ったかまでは、正確には分からない。
……冷静に考えればすぐに分かりそうなものだが、なんせ戦闘という状況、更に、彼が精神的に優位に立っていた状況だ。簡単にはそうそう至れない。
……言葉ちゃんならすぐに分かったかもしれないが。というか、あの人はこの学園にいる全ての人の異能力を覚えているんだっけか。
まあとにかく、そんなわけで私は、ある攻撃方法を選んだのだ。
先程の言葉通り……「目視出来ない」攻撃を。
「一酸化炭素……という、無味無臭の気体をご存じですか?」
「……」
「知っていますよね。貴方は私よりも強者であるようですし。……その気体はヘモグロビンと結びつきやすく、お陰で酸素とヘモグロビンが結びつかなくなり、酸欠状態になります。……本来は不完全燃焼が起きることで発生するものですが……それを私の異能力、『Z→A』で起こしました」
正直、いつ気づかれるかとヒヤヒヤした。しかし意図的に煽ることで気を逸らし、かつ、沢山息を吸わせた。そうすることで、一酸化炭素を取り込ませる。……賭けの部分は多かったが、上手くいったようで良かった。
ちなみに私は、体内で一酸化炭素を消し、同時に酸素を生成していた。そのため私は無事である。
理事長先生は黙っている。というより、喋れない、というのが正確か。
私はただ淡々と、事実のみを告げる。
「すぐに適切な処置を取れば、きっと平気でしょう。後遺症については保証しませんが。……このままでは死にますよ。どうしますか」
どうしますか、とは。その苦しそうな目が問いかけている。そんなの、当たり前だ。
「この馬鹿げた一連の事件を終わらせるか、ですよ。……まあYES以外は許すつもりがないので、ご自分の状況を理解しましたら、とっとと頷いてください」
理事長先生の顔が、屈辱に歪む。私に対して負けを認めることが、そんなに嫌なのか。……嫌なのだろう。先程までの言動的に。
……さて、理事長先生が折れるのが先か、それともこのまま死んでしまうのが先か……。
……出来れば後者は勘弁してほしい。そんなことを考えつつ、後一押しが必要かと考えていると……。
「ちぇーーーーっすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
……何やらそんな大声量と共に、誰かが理事長室の扉を蹴破って、派手に入室してきた。
……まあ誰かなんて、聞くまでもないと思うが。
「おい理事長!!!! ネタは上がってんだ、大人しくお縄につけぇぇぇぇ!!!! ……って、あれ」
「……言葉ちゃん、うるさいです」
生徒会長、小鳥遊言葉である。言葉ちゃんに蹴破られた扉は無残にも、半分にへし折られていた。……相変わらず、何と言うか……言葉ちゃんの異様性が窺える。とりあえず可哀想な扉には、合掌。
「……そうだよとーこちゃん!!!! 今回の事件の首謀者はねぇ、全部そいつで……!!」
「あ、はい。知ってます。全部本人から聞きました」
「え!? まさかとーこちゃん、そっち付くとか言わないよね!?」
「言いませんよ……犯罪なんてそんな、面倒な……」
「なら良かったけど……」
あからさまにホッとした様子の言葉ちゃん。私が事件の首謀者と手を組むと思われていたのか……。
……まあ言葉ちゃんにとって私は、所詮そのくらいの信頼性だもんな。
それよりも、今は理事長先生をどうするか……認めてはいたし、あの言い方だと、証人も沢山いるはずだから……言い逃れはもう出来ないと思うのだが……。
「あ」
「え?」
私の短い呟きに、言葉ちゃんが聞き返す。
というのも、私の前で倒れていたはずの理事長先生……彼は気づけば、姿を消していた。




