Pray
うわ、デジャヴだ。と、俺──墓前糸凌は思わず心の中で呟いた。それほど、目の前の光景には見覚えがあったのである。
扉を開いて真正面にある、いかにも「一番偉い人が座ります」といったような立派な椅子。そこに座り、これまた立派な机に突っ伏して寝る、伊勢美灯子生徒会長の姿。すやすやと、心地良さそうに寝息を立てている。……いや、問題はそこではなくて。
『はわわわわ……灯子かわいすぎるっ……!! いつもクールな女の子のこんな無防備な寝顔、かわいすぎて心がときめいちゃう~~~~!! はぁぁぁぁほっぺたぷにぷにしたいぃ……頬ずりしたいぃ……』
……問題は、伊勢美の背後で大騒ぎする、溌剌守護神の方だった。
だから俺はすぐに回れ右をしようとする。が、それより早く、あっ、待って下さい!! と声が届いた。いともたやすく、俺はその声に負けてしまい……ってここまで一緒なのかよ。そう思いながら、俺は振り返った。
「……なんですか」
『墓前せーんぱいっ♪ こんにちはっ♪』
「はいこんにちは……」
天真爛漫な、純粋なまでの輝く笑顔で挨拶をされ、返さざるを得なかった。眩しい。サングラスが欲しい。こういうところは、あの腹黒天使とは違うな……。
俺は机に突っ伏して寝ている伊勢美を見やる。……うん。ちゃんと寝てるな。
……こいつと話すなら、伊勢美は絶対に起きてない方がいいだろうから。
確認を済ませると、俺は顔を上げる。……そこでは相変わらず、溌剌な守護霊がニコニコと笑っていた。
「……何か用ですか」
『別に用ってわけじゃないですけど……というか、なんで敬語なんですか? 私の方が年下ですよね?』
「そうですけど。……でも俺は、ちゃんと生を全うした人間には、敬意を払うと決めているので」
『……う~ん……言いたいことは色々ありますけど……そう言うってことは、私が誰だか、分かってるってことですよね?』
「ええ。伊勢美の話を聞いて、繋がりましたから」
伊勢美はあの日、俺たちに自分の過去を暴露した。
中学生の時、入院している同級生と親友になったこと。彼女は異能力者に苦しめられていたこと。……その苦しんでいるさまが見ていられず、得た異能力で、その親友を殺したということ。
俺はあの時、彼女の少し上を見つめていた。
そう──この少女だ。
「一星ののか。伊勢美の親友……ですよね」
『はい!! そうですよ!! ……えへへ~、灯子に親友なんて言ってもらえて、嬉しいなぁ~』
そう言って少女──一星はデレデレと笑うと、その場でくるくると回り始める。見ているこっちが目が回りそうだ。
……だけど俺は知っている。今こそこうして笑っているが、彼女はずっと苦しんでいた。
伊勢美が、俺たちの知らないどこかへ行こうとしている時、お願い、灯子を止めて。と俺に泣きながら懇願していた。俺は……止めようと思った。でも、出来なかった。だから、ただ彼女に謝ることしか、出来なかった。
伊勢美が小鳥遊先輩に避けられている時は、伊勢美以上に悲しんでいた。ただ、小鳥遊先輩の気持ちも分かる、とでも言うように……何も言わず、眉をひそめるだけで。
彼女は伊勢美をずっと見守り、そして、言葉を掛けていた。彼女を励ます、彼女の背中をそっと押す、優しく強い言葉を。
俺は……ずっと、それを見ていた。
『って、違う違う。……私は、生を全うなんてしてませんよ~。だって、本当はもっと生きてたと思いますし!! ……結局、灯子に甘える形で、私は、生きることを諦めちゃったから……』
くるくる回っていた一星は動きを止め、気まずそうに笑いながらそう告げる。一方俺は、首を横に振った。
「いえ。……こうして守護霊になれていることこそが、生を全う出来た何よりの証拠ですよ。例え出来ていなかったとしても、生前によっぽど良い行いをしたんでしょう」
『え、えぇ……そういうことしたかなぁ……わ、分かりました。生を全うしたってことにしておきますっ!! ……でもやっぱり先輩に敬語使われるとむず痒いんで、敬語はやめてほしいです~っ』
一星は両腕をジタバタとさせながらそう言う。その動きに思わず俺は笑ってしまった。
「……分かった分かった。敬語は使わないでやるから」
『良かった……ありがとうございますっ!! いやぁ、うっかり私が先輩になっちゃうとこでしたっ!!』
「うっかり先輩になるって何だよ……」
『あっ!! ナイスツッコミ!!』
思わずツッコミを入れると、一星はサムズアップを決めて俺を褒めてくれる。
……こうして話したのは初めてだが……伊勢美の言っていた通り、話してると、自然に楽しくなるやつだな。
「……で、結局話したいことはあるのか?」
『ない、ですけど……そうだなぁ、あっ、じゃあ、灯子の話がしたいですっ!!』
「伊勢美の?」
『はいっ!! 私、お恥ずかしながら友人がいなかったもので、灯子の良さを共有できる人がいなかったんです!! だから、灯子のいいところベスト10☆ を話したくて!!』
「……色々言いたいことはあるけど、10個で終われるのか?」
『ふっふっふ……終われるとは思いませんっ!!!!』
「……伊勢美が起きる前に終わらせろよ」
『頑張りますっ!!』
そして俺は、一星からひたすら話を聞き、相槌を打つだけになっていた。過去の伊勢美の話から、明け星学園で過ごし始めた伊勢美の話まで。タイトクでの任務で、あそこは手を握る戦いだったとか、灯子がこんなにカッコ良くて!! だとか、とにかくその全てを、目を輝かせながらしていた。
『あっ、あの時の墓前先輩もカッコ良かったですよ!』
「は? 可愛いの間違いだろ」
『自分に自信がありまくるのすっごく素敵なことだと思います、けど!! そうじゃなくて、あの時ですよ~。灯子のこと止めてくれようとした時!!』
「ああ……いや、結局止められなかったんだから、カッコ悪かっただろ」
『そんなことないですよ。……私、嬉しかったんですから。私の言うことを、こうしてちゃんと聞き届けてくれる人がいるんだって思えて』
……まあ、一星に泣き付かれてなくても、普通に俺は止めようとしていたとは思うが……。
でも、今こうして話をしているだけでも、彼女にとっては嬉しくて仕方がないのだろう。
『それに、今の灯子にはこんなに大事に思ってくれる人が沢山いるって分かって、本当に嬉しいんです! あの子、私しか友達がいなかったから……私が死んで、灯子はこれからどうするんだろうって思ってたから』
そう言うと、一星は笑う。
『きっと灯子は、いつか、私のことなんて忘れちゃうんだろうなぁ』
そしてそんなことを、何でもないような口調で言うものだから。
「そんなわけないだろ」
俺は思わず、少し強い口調でそう告げた。
目の前にいる一星が、笑顔のまま固まって。俺はそんな彼女を見つめながら続けた。
「確かに伊勢美は、友達とか、信頼できる人が増えたかもしれない。……でもそれで、お前のことを忘れるなんて、そんなこと絶対無い。……だって伊勢美は、お前のことを、親友だって言ったんだぞ。それくらい大きな存在のことを、忘れるわけないだろ」
『……そうですね、でも』
俺の言葉に、一星は俯く。暗い表情で、彼女は告げた。
『……私は、もう灯子と新しい思い出を作れない』
「……」
『灯子はとっても素敵な子だよ!! 私が一番分かってる。だから……皆、灯子のことを好きになる。灯子の周りには、素敵な子がいっぱい集まるんだ。……そうしたら、私のことなんて忘れちゃうよ。たかだか2年くらい、放課後だけ一緒に過ごしていた女の子のことなんか』
俺は黙って、その言葉を噛み締める。
一星は、どう足掻いても、もう伊勢美と接することは出来ない。俺は一星のことを伊勢美に伝える気はないし、一星もそれを分かっているだろう。
彼女たちの世界は、もう違えてしまったから。
……だから、橋渡しにはなれない、でも、両方の世界を知る俺が、出来ることは。
「……伊勢美はお前のことを、置いていったりしないよ」
『……』
「置いていくんじゃない。忘れたりしない。……抱えて、持っていくんだ」
『……抱えて?』
「ああ。……お前との思い出を、お前と過ごして得たものを、ずっとずっと大事に抱えて、生きていくんだ。……だって伊勢美にとって、お前はそういうやつだろ?」
伊勢美は言っていた。本当に、出会えて良かった人だと。あの子がいたから、今の自分があると。
「だから、忘れられるわけないよ。……大丈夫」
俺がそう言い切ると、一星は目を見開いたまま固まり……そして、絡まった糸が綻ぶように、笑った。
『……そっか』
一星は柔らかくそう呟くと……いつも通りの、からっとした笑みを浮かべた。
『や~! ごめんなさいっ! 最近色々あったから、色々考えちゃいまして!』
「まあ確かに、最近は本当に色々あったからな……」
『ですよねぇ』
一星はそう言って、照れたように後頭部を手で摩っている。
「でも、何か吐き出したいことがあれば、今みたいに俺が聞くから」
そんな彼女に、俺は出来る限り、さらっと告げて。
一星は動きを止める。……そして、ふへへ、と笑って。
『……灯子は本当にいい先輩を持ったねぇ』
小さく、そう呟いた。
『でも先輩って優しすぎますよね~』
「そうか? 別に、人として普通のことをしてるだけだと思うけど」
『そんなことありますよ~。……だって』
そこで一星は一瞬言葉を止めてから。
『言葉ちゃんの行動に巻き込まれる灯子に巻き込まれて、結局生徒会の仕事、先輩ばっかやってるじゃん』
「…………………………」
笑いながら告げられた言葉に、思わず俺は黙ってしまう。
そして自分の顔を手で覆うと。
「……労災降りると思うか?」
『無理じゃないですかね!!!!』
少しでも期待した俺が馬鹿だった。
副会長なんて受けるんじゃなかった、と泣きそうになっていると、でも、と一星は続ける。
『先輩は優しいから、そんな灯子も許しちゃうんでしょ?』
思い出す。もう生きる希望が無いと泣く小鳥遊先輩を。そんな彼女に必死に手を伸ばし続ける伊勢美を。
俺は、意識半ばの中、それを見ていることしか出来なかった。
共に生きると決めた、幸せになると決めたあの2人を。……出来れば俺も、見ていたいと思ってしまったから。
「……まあな」
にしても、仕事が俺に来すぎるのはマジで勘弁してほしいけどな!!!!
一星は面白そうにクスクスと笑っている。くっそ、他人事だと思って……。
そこでふと目の前で眠る伊勢美が、んん、と呻いた。思わず俺と一星は肩を震わせる。
『そろそろ時間みたいだね。……ねぇ、墓前先輩』
「……なんだ?」
視線を戻す。その先で……彼女は笑って。
『灯子のこと、よろしくね』
「……」
毎度思うが、なんで守護霊たちは俺にそれを頼むんだ。
そう思うのも束の間……伊勢美が目を覚ました。気だるげにゆっくり、睫毛の先に橙色の双眸が姿を現して。
俺はそれを覗き込んだ。
「……おはよう、会長」
「……ああ、墓前先輩。おはようございます」
伊勢美は特に驚いたりせず、冷静に挨拶を返してくる。……こういうところは、小鳥遊先輩とは違うな。
「すみません、寝てましたね。……それで、どうしたんですか?」
伊勢美は瞼を手の甲でこすりながら、そう尋ねてくる。俺は手に持った書類を一瞥して……。
「小鳥遊先輩が行方不明」
「は!? ちょっ、そういうことは叩き起こして伝えてくださいよ!!」
「まあ学校の外には出てないだろうし、大丈夫だろ」
「そんな悠長な……探してきます!」
伊勢美は勢い良く立ち上がると、生徒会室を出る扉に手を掛ける。俺はその背中を見つめて。
出て行く直前、伊勢美が振り返った。
「そういえば先輩、いつも、ありがとうございます」
突然のお礼に俺が固まっていると、いや、と伊勢美は呟いて。
「さっき夢の中でののかに、墓前先輩にいつも迷惑かけてるんだから、ちゃんと感謝しろって怒られたので」
では、と伊勢美は言いたいことだけ言うと……生徒会室を出て行った。
その背後に憑く一星は、ウィンクとサムズアップを決めると、伊勢美の後を追っていく。それを見送って……はぁ、とため息を吐いた。
「まあ、別に……いいんだけどさ」
本当は、この書類作業をやってもらおうと思っていたのだ。生徒会長じゃないと分からない部分とかあるし。
……仕方ない。過去の資料引っ張り出してやるか……。
そんなことを考えながら俺は、微笑むのだった。
【終】




