3 初めての異世界魔法
考え事をしているうちに、夜が深くなっていった。
家の中にいる父上や母上、リーリャは完全に寝ている。
騎士爵領……という名前の村の皆も、夜遅くになれば全員寝てしまう。
秘境の村なので、現代日本のように、夜中まで起きている人間はいない。
明かりといえば空にある星々の光だけで、地上は完全な闇に覆われていた。
そんな誰もが寝静まった時間、俺は家の外に出て、1人で魔の大森林へ分け入った。
と言っても、トボトボ歩くわけでなく、超人的な身体能力を使って、木から木へ飛び移り、森の中を駆け抜けていく。
俺の体は見た目こそ人間だが、その内部には黄金竜の力が秘められている。
上位神がかなり適当な感じで、黄金竜を人間の形にしたようで、黄金竜の力の何割かを、今の状態でも扱うことができた。
だいたいあの上位神って、ボッチな上に、いい加減な性格してるからな。
おまけに間抜けだ。
よく神界通販サイトを覗いては、衝動買いでゴミをポチって買っている。
買い物依存症の上に、高額な品物ばかり買うから、上位神が住んでいる神界は、捨てるに捨てられない商品で溢れ返っている。
そんな適当上位神のおかげで、今の俺は人間離れした力を扱えるので、夜の森の移動も楽々だ。
竜の姿に戻れれば、空を飛んで移動できてさらに楽だが、流石に竜の姿に戻ることはできなかった。
この辺は上位神の仕業なので、仕方ないだろう。
そうして夜の森を駆け抜けていく。
途中にオークとか、オーガとか、サイクロプスとか、木よりもでかいモンスターがいたが、邪魔だったので体当たりして、吹き飛ばしておいた。
黄金竜だった時も、邪魔な物は体当たりして、吹き飛ばしながら空を飛んでいたので問題ない。
俺の中にある、前世日本人が、
「おいおい、なんだこの空飛ぶダンプカーは!」
なんて突っ込んでくるが、そんなことは元黄金竜である俺には関係なしだ。
2つの人格が一つになったせいで、たまに自分の中でボケツッコミが発生してしまう。
そんなことをしながら、俺は魔の大森林のかなり奥深くに入り込んだ。
「よし、この辺でいいか」
ここならば、何をやってもアルセルク領の住人に気づかれないだろう。
森の中に開けた場所を見つけて、俺はそこに飛び降りる。
思ったより勢いがついていたせいで、木から飛び降りた衝撃で、ドガンという音がして、地面にクレーターができてしまった。
人間がやっちゃダメなレベルの穴ができてしまったが、黄金竜の時にはよくやったことなので、特に問題なしだ。
「我の眠りを妨げるものは誰だ!
我は世界を征服する真の支配者。絶望と恐怖によって世界を染め上げる、神代の魔王……ブギャッ」
クレーターを作った際に、土の中から変な生き物が出てきたが、とりあえず蹴り飛ばしておいた。
それは空に高く飛んで行って、お星さまの仲間入りを果たした。
第一宇宙速度を突破して、宇宙空間に到達。
まごうことなき、本物のお星さまの仲間入りだ。
俺は夜目が効くので、真っ暗な闇の中でも、その姿をちゃんと捕らえることができた。
「さーて、それじゃあ魔法を試してみるか」
魔王とかなんとか宣ってた奴のことなど、どうでもいい。
それより俺は元日本人の感性に従って、異世界転生後初の魔法を使ってみたくて、ここまで来たのだ。
魔法の使い方に関しては、元黄金竜の俺が知っている。
竜言語魔法とか、流星雨とか、世界終焉とか、死者蘇生などなど。
ちょっと世界が崩壊したり、墓から死体が蘇る魔法まで使えてしまうが、今回はそこまでするつもりはない。
「まずは初歩中の初歩、ファイアボール」
黄金竜だったら、ブレスを吐けば火の玉なんていくらでも出せたのに、今の人間の体だとブレスを吐けない。
元黄金流としては、少し屈辱的だ。
かわりに、魔法のファイアボールで火の玉を作り出した。
「火の玉?」
俺は火の玉を作り出したはずだ。
だが目の前には、どう考えても玉という表現で済ましてはいけない、巨大な何かが生み出されてしまった。
みるみる間に巨大な塊が天空に浮かび上がり、灼熱の熱波が放たれ、周囲に広がる森林を一瞬で消し炭に変えてしまう。
燃えるという事象を通り越し、一瞬で消し炭に変わり、蒸発して消えていく。
「ファイアボールじゃねえだろ!核兵器並の威力だぞ!」
森林だけでなく、地面まで灼熱の熱波にやられて溶けてしまい、溶岩と化す。
さらに巨大な熱量によって、周辺の気温が一気に上昇し、上昇気流が発生する。
巻き起こる上昇気流は竜巻を作り出し、それが地上に出来た溶岩を天空へ巻き上げて、巨大な火災旋風を巻き起こした。
しかも火災旋風からこぼれだした溶岩の一部が、周囲一帯にぶちまけられていく。
この辺りの木々は、既に壊滅した後なので問題ないが、未だに木が残っていれば、そこに溶岩が降り注ぎ、盛大に森が燃え上がったことだろう。
そんな溶岩式火災旋風が、轟音をとどろかせて蠢き続ける。
傍には巨大な炎の塊も存在し、世界は赤い炎の色で染め上げられていた。
あまりにも非現実的な光景は、きっとこれが世界終焉の姿なのだと俺に思わせた。
てか、超高熱の熱波と、おびただしい強風にさらされているのに、元黄金竜な俺は、無傷でいられた。
「汚ぇっ」
空から降ってきた溶岩が顔にかかったけど、素手で平気で払いのけられた。
このファイアボールという名の、世界終焉爆弾が終わった後、周囲には溶岩が溶けて固まった地面だけが残された。
「……ヤバイ」
元は森が広がっていたはずなのに、見渡す限り全ての大地が、固まった溶岩の大地になっている。
ペンペン草の一つなく、黒く固まった死の大地と化していた。
異世界チート万歳とか、そう言って喜んでいられるレベルを超えている。
「さすがに、これはなしだよなー」
騎士爵領からかなり離れた場所で魔法を使ったので、流石に俺の家は無事だと思う。
しかし、この死の大地をそのままにしておくのはマズイ。
魔の大森林の奥地が死の大地と化しても、ここまで辿り着ける人間はいないので、気づかれることはないだろう。
でも、やはりマズイと思う。
人間とは、犯罪を犯せばそれを隠そうとするもの。
俺がやったことは犯罪ではないが、巨大な自然破壊であるのは確かだ。
それに、もしこの場所が人間に見つかると、世界から俺が魔王認定されかねない。
俺は人間の性に従って、この犯罪染みた現場を証拠隠滅することにした。
「ヒ、ヒール」
初球の回復魔法を周囲に使う。
溶岩の固まった黒い岩の大地から、ニョキニョキと草木が生い茂りだし、それが急速に空に向かってグングン伸び始める。
その光景を見ている俺は、子供時代に純真な心で見ていた、となりのトトロを思い出してしまった。
だって、草木がおかしな速度で急成長していき、気付けば黒い大地だった場所に、樹齢千年を軽く超えてそうな大木が生えていく。
それも何百本、何千本という数で、一気に成長していった。
俺が破壊してしまう前より、さらに森の密度が濃くなって、木も立派に、太く、逞しく成長していた。
「……しょ、証拠隠滅完了だ」
破壊する前より、森の木々が立派になりすぎている。
特に、世界樹じゃねえか?
と、首をかしげたくなるような巨大樹が、ヒールをかけて回復させた森のど真ん中に生えている。
地上から空を見上げれば、宇宙空間にまで届くと思うほどの、巨大な世界樹だ。
まるで軌道エレベーターだな。
SF世界の産物なので、実物を俺は見たことないけど。
あと、世界樹の周囲はやたらキラキラと光り輝いて、神聖な気が流れ出ている……気がする。
「ただの錯覚だ。俺は何もしていない。
今日の俺はベッドで寝てただけだ。そういう事にしておこう」
いろいろやらかしているが、それら全てをなかった事にすることにした。
俺はこの場を後にして、さっさと家のベッドに潜り込むことにする。
このままダッシュで家に帰って、ベッドに潜り込むぞ。
まあ、前世日本人だった俺の感覚では、「ヤッちまった」だが、元黄金竜の俺の感覚だと、「何かしたっけ?」なのだが。