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義母の訪問

 今日もエリックは朝から家を空けている。彼がいる方が息が詰まるので、この方がずっと気が楽だ。


 しかも今日は久しぶりの休日だし、家でゆっくりして命の洗濯でもしていようかと思っていると、唐突に玄関のドアがノックされる。


 訪問者の予定も無い筈だから、忘れ物でもしたのだろうかとメイドにドアを開けてもらう。そこには意外な人物が立っていた。


「まあ!お義母様!」

「突然ごめんなさいね。ちょっと通りがかったものだから顔を出しておこうかと思って」


 義母の侍女から、有名なパティスリーの詰め合わせを渡される。

 エリックの母は、いつも温和な笑みを絶やさない、上品で可愛らしい印象の人だ。無口で眉間に皺を寄せているのが常の義父とは対照的な人物だが、だからこそウマが合うのか仲の良い夫婦だった。

 

「申し訳ございません。生憎と主人は出かけておりますので……」

 

 折角来てくれたのにタイミングが悪い。エリックがいない事を謝罪しつつ、メイドに茶を淹れるよう命じる。


「知ってるわ。早くあの子、再婚出来ると良いわねぇ」


(え……?)


 どう持て成そうかと考えを巡らせていると、聞き捨てならない言葉が耳に入った。

 スカーレットは信じられない心地で彼女の方を振り返る。もしかして義母は彼がフローラの家に出かけている事を知っているのだろうか。


「……エリック様が、スタンレイ家とロズウェル家を行き来しているという噂は本当なのですか……?」


 本人には聞けなかった疑問がつい口に出てしまう。知ったところでどうにもならないと分かっているのに。


「そうよぉ。長い間離れ離れは可哀想じゃなぁい?」


(そっか……。あの2人が離れ離れは可哀想か……)


 やはり義母はフローラとの早い再婚を望んでいた。所詮自分は家柄が釣り合っていて、問題を起こさないから仲良くしているだけの存在なのだ。


 親が積極的に2人の仲を取り持とうとしているんだとしたら、こちらはもうどうしようもない。

 恐らく通りがかったというのも言い訳で、本当の目的は釘を刺しに来たんだろう。「フローラとの再婚の邪魔をするな」と。


 当て馬とは言え、本当に離婚したら少しは寂しがってくれるかもと思っていたけど、ここまで露骨に彼女との差をつけられるとは。

 仕方がないと言い聞かせても何だかガックリしてしまう。この虚脱感の理由は虚しいからなのか、悲しいからなのか、自分でもよく分からない。


「奥様、お茶のご用意が出来ました」


 動揺が伝わっていたらしく、メイドが気遣わし気に報告しに来る。

 今は取り乱していては駄目だと、しゃんとさせる。分かり切っていた事じゃないか。家族ぐるみで付き合いのある子と、最初から他人でしかない自分。嫁に来てほしいのなら圧倒的に前者の方じゃないか。


 義母はお茶を2杯分飲んでから「この後用事があるから」と屋敷を後にしたが、その間何を話していたのか全く耳に入らなかった。表面上の態度を取り繕うのに精一杯で、それどころじゃなかったからだ。


 このままだとベッドに入っても色んな事が頭を巡りそうだ。今日はもう何も考えずにいたい。


「……今日は飲みたい気分なの。美味しいのをお願いね」


 そこで彼女は普段はやらない深酒をする事にした。

 夜にもならないうちに飲酒なんて怠惰の極みだけど、たまには良いじゃないか。エリックだって今日の帰りは遅くなると聞いたし、家には誰も咎める人はいない。


 実はスカーレットは淑女としてはしたなくないよう、普段は飲む量は控え目にしているが、元来酒に強いタイプだ。

 どうせ離婚されるなら高い酒ばかり飲んで困らせてやろう。この程度で済ませるとは、なんて自分は優しい人間なんだ。

 発覚する頃には離婚してるだろうし、そうなればもう文句も言えないだろう。


 そんなこんなで美味しい高級ワインを堪能しているうちに、スカーレットは少しずつ出来上がっていき。


「エリック様のバーカ!アーホ!冷血漢!」


 日か沈む前から完全に大トラと化していた。自室には自分の味方以外は入らないよう命じているから、執事から悪口を聞かれる危険性もない。

 だから今だけは言いたい放題のやりたい放題だ。


「フローラさんとの純愛!いやぁとてもロマンチックですね!これは応援したくなりますわ!私を巻き込まなければの話ですけどねぇ!」

「大体まずは最初に謝罪を入れてから結婚するってのが筋ってもんでしょうが!私だから良かったけど、もっと気の弱い人だったら今頃儚くなってたわよ!」

「アンタってホント最低!自分の都合で1人の人間の人生を勝手に狂わせて、勝手にポイ捨てして!あぁ、どうせフローラさん以外の人間は人間だとすら思っていないんでしょうね!この人でなし!」


 自分の悪口に自分でウケているのか、1人でケラケラと陽気に笑うスカーレット。相当鬱憤が溜まっていたのだと、誰が見ても分かる状態である。


「あの、お食事は何処で召し上がりますか?」


 飲み過ぎは身体に毒だとグラスに水を注ぐ侍女に「決まってるでしょ!此処で食べるわよ!」と、よく通る声で返事をする。


 なんだってあんな所で1人で食べにゃならんのだ。エリックの気配が残っている場所で食事だなんて、折角の楽しい雰囲気が台無しだ。勘弁してほしい。

 その日、酔いが回って寝入るまで、ひたすら夫の悪口で盛り上がるスカーレットであった。


 勿論、翌日から二日酔いとなったのは言うまでもない。

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