実家への招集
二日酔いから復活した数日後、スカーレットは実家へと招集されていた。恐らく彼の噂が家族の耳にも入ったのだろう。なんとなく予想はついていたので別に驚きはしなかった。
「それで、本当なのかしら?ロイマー伯爵がスタンレイ家とロズウェル家を行き来しているというのは?」
家族全員からの視線が痛い。部屋の空気が重い。自分が悪い事をしている訳では無いのに、妙に肩身が狭かった。
「はい……。ついでに向こうのお義母様も、エリック様とフローラ様の仲を積極的に取り持ってるみたいで……」
こんな状況では嘘を言う方が後々面倒臭くなる。
母の疑問に正直に答えると、母の肩がブルブルと震え出した。父も真一文字に結んでいた口角が更に下がり、双子の弟達は分かりやすく眉を吊り上げる。
「あの人達は……っ!こんなに他人の心に無頓着だとは思わなかったわ……!人の、人の娘によくも……っ!」
母が悔しそうに父の胸に縋りつく。義妹や義弟は人の心を慮る事が出来る子だが、エリックと義母は相手の気持ちに立って考えるのが苦手なタイプなのだろう。
自分の気持ちが先に来てしまって、相手の気持ちを考える発想がないというか、自分が白だと思えば他人も白だと思い込んでいるような……。
まぁ、指摘しても疲れるだけだと放置していた自分も自分だけれど。
義父は……よく分からない。エリックに似た、というよりエリックが彼に似ているのだが。負けず劣らずの仏頂面の所為で、何を考えてるのかさっぱり読めない。
「あれでしょう!どうせスカーレットの目がないのを良い事に、イチャイチャしたりキスしたりしてるんでしょう!あぁ!忌々しい!」
一体母の中でどんな妄想が繰り広げられているのか、両拳で膝を何度も叩く。
流石に四六時中はないと思う。今頃イイ雰囲気にはなっているかもしれないが。
「向こうの言動、キーン家が我が家を軽んじている証拠だ。正直こちらは今すぐ離婚も辞さない考えだ」
「えぇ?あと半年で円満に離婚できるのよ?」
このタイミングでの離婚にスカーレットが難色を示す。
折角あと半年のところまで漕ぎつけたというのに、これでは我慢してきた意味がないじゃないか。
「円満でなくとも状況証拠もあるし、お前付きの侍女やメイドからも証言は取れる。経歴に傷と言ってもごく浅くで済むと思うが?」
「でもそれって離婚調停とかで揉める前提よね?」
そんなの絶対面倒に決まっている。離婚についてのあれやこれやの話し合いもまだなのに、有責離婚だなんて揉める要素しかない。
いくら代理人を立てたとしても、代理人との打ち合わせの必要も出てくるし、その分時間も取られる。
ただでさえ忙しいのに、これ以上忙しくなるのは勘弁願いたかった。第一レースを見られないし。
「決着に時間かかりそうだし、友達にも『あと半年で離婚だったのにどうして?』って絶対聞かれるわよ。それでまた変な噂が出るのは嫌よ」
兎に角このタイミングで離婚に踏み切るのは得策ではない。スカーレットは半ば意地になっていた。
暫く考え込む両親だが、1番重要なのは娘の名誉や心を守る事だ。裁判については、今後娘に流れる噂を考慮して起こすかどうか決めるしかない。
「本当にあと半年、我慢するのか?」
「ここまで来たら『ロイマー伯爵夫人』のネームバリューをバリバリ使ってやるわ」
それでも親としては離婚までまだ半年もあるのだ。心配もする。
しかし、それで言う事を聞くような娘だったら苦労はしていない。強情な様子に、一先ず見守る事にした。
「分かりました。実害が出るまでは、手を出さないようにしておきましょう。それに此処に呼んだのは別の理由もあるのよ」
根負けした母が、溜息を吐きながらメイドにお茶のお代わりを指示する。
「別の理由って?」
「ポリッチ侯爵とはどうなの?」
聞き返すスカーレットに、母から唐突な質問が投げかけられる。しかし内容が抽象的過ぎて、どんな返事をすれば良いのかよく分からなかった。
「どうって……?事業は順調だけれど?」
「違うわよ!」
とりあえず事業の進捗だろうかと当たりをつけたが、求めるものではなかったらしい。額に手の平を当てる母の姿に次第にムッとしてくる。
「何よ?ハッキリ言ってくれないと答えようがないじゃない」
「姉上知らないんですか?」
事業の件じゃないなら何なんだと思っていると、今まで黙って成り行きを見ていた双子の片割れのサイラスが口を挟む。
「何が?」
むくれながら双子の方を見るスカーレット。双子はお互い視線を交わすと、今度はジュリアンが口を開いた。
「姉上、ロイマー伯爵と離婚後はポリッチ侯爵と結婚するんじゃないかって、噂が流れてるみたいですよ?」
「えっ!?」
予想外の言葉に彼女は固まる。
自分とポリッチ侯爵が?何故?確かに事業の件で色々会話する頻度は多いけれど。全く意味が分からない。
一瞬意識が遥か彼方に飛びかけたが、ある可能性にサアッと血の気が引く。
「もしかして私ったら、うっかり距離感を間違えたのかしら?気を付けていたのに……」
かつてエリックから浮気を疑われた際に、2人とも距離感を保っていると啖呵を切った記憶が呼び起こされる。
どうしよう、もし彼がこの噂を知ったら……。嫌味を言われるだけで済めば良いが、もしこれを理由に離婚されたら経歴に傷が付くし、侯爵にも迷惑がかかってしまう。
「大丈夫よ。貴女も侯爵もあの人達とは違うんだから。それだったらもっと内容が違う筈だし」
みるみる青い顔になるスカーレットに、母は慌ててそうじゃないと落ち着かせる。
「距離感は常識の範囲内だからこそ、みんなこう言ってるのよ。『今は顔見知り程度の距離感だが、離婚後はグッと縮まるんだろう』って」
なら安心した。しかし一体どうしてそうなったのかが不思議だ。侯爵には恋愛をしない理由があるというのに。
「でも何故そんな噂が?だって侯爵は、亡くなられた奥方を今も愛してるって話じゃない?」
彼の話は有名だ。侯爵には婚約者だった頃から大事にしていた奥方がいた。だが出産の際に産後の肥立ちが悪く、他界したと聞いている。
彼女の忘れ形見である息子を、侯爵は目に入れても痛くないほど可愛がっているというのも。
「でも、もう亡くなってから10年経っていると聞きましたよ?」
「本人にとっては、10年も20年もないものなの」
不思議そうにする双子達をスカーレットは窘める。子どもにはまだピンと来ないかもしれないが、愛した人を亡くした傷というものは、いつまで経っても残っているものなのだ。
「でもよそから見た感じ、確かに貴女達2人は良い雰囲気みたいよ?」
「何処にそんな要素があるの?」
みんなして何故そんなにくっつけたいのだろうか。ここまでくると少々ウンザリしてくる。
「風のように速い馬車に乗っていたと言う話を聞いているが?」
「あれは事業のテストよ」
スカーレットはふんぞり返る。あれはみんなが期待しているようなデートでも何でもなく、事業で投入する馬車の走行テストだ。
だから変な噂が立たないように、怖さでうっかり彼に抱きつかないよう、意地でも縁にしがみついていたんだから。そもそも一般的な馬車と違って密室にもなっていない。
「だが見た者が『あんなに楽し気に笑う夫人を見たのは初めてだ』って、口を揃えて言っているぞ?」
「えぇ……?」
スカーレットは今度こそ辟易する。駄目だ、何を言っても通じない。周りだけで盛り上がってもしょうがないのに。
「姉上は本当に何とも思っていないんですか?」
暴走している両親に呆れつつどうやったら止められるか悩んでいると、ジュリアンが興味深げに尋ねてくる。
「伯爵より年上ですけど許容範囲内だし、家柄も釣り合いますし、かっこいいですし、お金持ちですよ?」
続けてサイラスの小難しい言葉に、思わず「生意気になったな」と場違いな感想が浮かぶ。
キーン家に嫁いだ当時はごっこ遊びに興じる年齢だったのに、最近妙にこまっしゃくれて困る。
「兎に角、今はまだ考えられないというか。変質者でそれどころじゃないというか……」
「は?」
(あ……っ)
疲れていたのもあるのか、話を終わらせたいあまりうっかり零してしまった。慌てて口を塞ぐがもう遅い。
その頃には家族全員分の「絶対口を割らせる」と言わんばかりの、剣呑な視線がスカーレットに突き刺さっていた。




