第五節 汗と挑戦の季節
六月の空は、どんよりと重く、雨の匂いを含んだ風が窓からそっと吹き込んできた。
ハルとユキの部屋にも、湿気を帯びた空気がじっとりと漂っている。
「……暑いね」
「うん。今日は、動く前から汗かきそう」
さちは顔をタオルでぬぐいながら、床に軽く腰を下ろした。
三人は最初からノースリーブを脱ぎ、タンクトップとショートパンツだけの軽装でトレーニングを始めていた。
じめじめとまとわりつく空気の中、少し動いただけでも息が上がる。
「梅雨って、こんなに体力奪われたっけ……」
ユキが汗を拭いながらつぶやいた。
「しかもさ、来週は体力テストでしょ? A評価って、めちゃくちゃ難しくない?」
ハルが首をかしげながら言う。
「立ち幅跳び、長座体前屈、シャトルラン……どれもギリギリなんだよね」
さちはメニュー表を見つめながら、少しうなだれた。
三人の目標は、体力テストで「A評価」を取ること。
でもそれは簡単なことじゃない。特にシャトルランの持久力や、握力測定などは、普段の体育ではあまり意識しない力が問われる。
「どうしよう……あと1週間しかないよ」
少し空気が沈みかけたそのとき、ユキがぽつりと口を開いた。
「ねぇ、さち。Aを取ることが目標だけど、本当にやりたいのって、“前よりできるようになること”じゃない?」
「……うん。たしかにそうだね」
「だったらさ、結果だけじゃなくて、“自分たちの今”をちゃんと見ながら、工夫していきたいなって思ったの」
「工夫、か……?」
「たとえば今日は湿度が高いから、走る練習は軽めにして、フォームの確認を丁寧にするとか。毎日全力じゃなくても、続けていくことが一番大事なんじゃないかな」
ハルが目を丸くする。
「それって、すごく大事かも……! 私、“限界までやらなきゃ意味ない!”って思いこんでたけど、ユキらしい考え方だね」
さちも、小さく笑った。
「それなら、私、フォームの動画撮ってもらってもいい?」
「もちろん!」
三人は、汗でぬれた前髪をかき上げながら、笑顔を交わした。
「よし、今日は“質を高める日”にしよう!」
「“無理しない日”も、ちゃんとがんばってるってことにしよう!」
「うん。明日も、続けていくために」
外は静かに雨が降っていた。
でも、三人の表情は晴れやかだった。