第五節 冬の約束とひとりじゃないクリスマス
12月、冷たい風が頬を刺す季節――。
放課後のトレーニングにも、吐く息が白く白く浮かぶようになった。
チームトレノの4人は、間近に迫った「大記録会」に向けて、いつにも増して気合を入れていた。
「今日は50回を3セットね!」
ハルの号令に合わせて、4人の体がリズムよく上下する。
肩、腕、脚──鍛えられた筋肉がシャツ越しにもはっきりとわかる。春の頃と比べ、彼女たちの身体はずっと力強く、しなやかに変化していた。
「リン、また柔軟性上がったよね。開脚角度がすごい!」
「ありがとう、ユキ。でもユキたちも、フォームがすごく安定してきた。記録会、楽しみだね」
それぞれが目標を持ち、工夫しながら練習に取り組む日々。
確実に、4人の絆と実力は高まっていた。
──
その日も汗を流したあと、ハル、ユキ、さちの3人は帰路についた。
「じゃあ、また明日ね!」「風邪ひかないでね~!」
玄関先で手を振るリン。
静かな家に戻ると、シャワーを浴び、自分の部屋へ向かった。
ベッドに腰を下ろし、クローゼットの鏡に目をやる。
立ち上がって鏡の前に進み、タンクトップ姿の自分を見つめた。
春までは「細く引き締まっている」程度だった体は、今や明らかに変わっていた。
肩には張りが出て、動くたびに筋肉のラインがわかるようになった。
腕も少しずつ厚みを増し、力を入れると上腕に丸みが浮かぶ。
腹筋は、うっすらと線が入り、左右に整った割れ目が見える。
「……ここまで変われるなんて、思わなかったな」
リンはそうつぶやき、鏡の中の自分にそっと微笑みかけた。
トレーニングの成果と、仲間たちとの時間。今の彼女は、そのすべてを誇りに思えていた。
視線を移すと、壁のホワイトボードには記録会の予定と、各自の目標が書かれている。
(絶対に成功させたい……3人に出会えて、本当に良かった)
そう思ったとき、タブレットが着信音を鳴らした。
画面には、キャサリン──リンの母の姿。
「Hi, リン!今日もがんばってた?」
「うん!今日はね、スクワット300回やったよ!それから、記録会、クリスマスにやることになったの!」
キャサリンの目が見開かれ、次の瞬間、嬉しそうに笑った。
「Oh wow!クリスマスに!? それは素敵なプレゼントね。……リン、がんばってるの、ちゃんと伝わってるわよ。えらいね」
「でも……ちょっとさみしいよ。なかなかママ、帰ってこれないから。でも、みんながいてくれるから大丈夫」
キャサリンの表情が優しく和らいだ。
「……ありがとう、リン。ごめんね。でも、今年のクリスマスは帰るわ。パパも一緒よ。記録会のあと、みんなでパーティーしない?」
リンの目がぱっと輝いた。
「えっ!? 本当!? 3人の家族も来る?ずっとやりたいって思ってたの、みんなでのパーティー!」
「もちろん。お正月も一緒に過ごせるように、スケジュールも調整したから」
「ありがとう……ありがとうママ!」
目が潤むのをこらえながら、リンは大きく頷いた。
「絶対、記録会、成功させるよ。みんなで最高の時間にする!」
「楽しみにしてるわ。リン、大好きよ」
「私も。大好き!」
──
通話を終えたあと、ベッドに潜り込んだリン。
カーテンの向こうには、冬の星が静かに瞬いていた。
(私、ここに来てよかった)
そんな思いと、クリスマスへの期待に包まれながら、リンは眠りへと落ちていった。
──
記録会まで、残り2日。
リンのトレーニングルームは、冬の寒さもどこへやら、熱気に満ちていた。
「今日が本番前の最終調整だね!」
ハルの声に、3人がうなずく。
「うん、いよいよ“トレノ大記録会”!」
「トレーニングも、今年ラストスパートだね」
フォーム確認、リズム体幹、腹筋、スクワット、柔軟チェック。
すべてが仕上げに向けた最終メニューだ。
1時間後、額には汗が光り、体はぽかぽかと火照っていた。
「ふぅ~、やりきった~!」
ユキがマットに倒れ込みながら言うと、さちも笑いながら水を飲んだ。
「みんな、おつかれ~!」
自然と話題は、その後の冬休みへと移っていく。
「ねえ、冬休みってどうする?」
ハルがふと問いかける。
「毎日トレーニングだけじゃ、ちょっともったいないし」
「宿題もちゃんとやっておかないとね」
さちの現実的な言葉に、みんながうなずく。
「初詣、4人で行こうよ」
「それ、いいね!」
「親戚の家に行く予定もあるけど、2日くらいなら空いてるよ」
「私はたぶんずっといるけど、妹が風邪ひかないかだけ心配かな……」
リンがタブレットを取り出し、カレンダーアプリを開いた。
「じゃあ、スケジュール組んじゃおうか」
4人で相談しながら、宿題の日・トレーニングの日・遊びに行く日・初詣の日などを一つずつ埋めていく。
すると、リンが思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ! クリスマスの日、大記録会のあと──うちでパーティーしようって、ママが!」
「えっ、本当!?」
「うん!パパも帰ってくるし、“さちちゃんたちのパパとママも、みーんな呼んじゃおう!”って。すごく張り切ってた!」
「うわぁ……キャシー先生らしい!」
「めちゃくちゃ楽しみ!」
「手伝うことがあったら、言ってね」
「それまでに、記録会、がんばらないと!」
──
その日の夜、それぞれの家に帰って──
さちの家では、湯気の立つおでんを囲んでいた。
「リンの家で、クリスマスパーティーするんだって!」
「そうなの? 楽しそうね」
「うん。リンのママが言ってくれて……。お母さんも来てよ」
真由美は優しく微笑んだ。
「じゃあ、おかずかデザートでも何か作って持っていこうかな。張り切っちゃってもいい?」
「うん、絶対うれしいよ!」
ハルとユキの家。
夕食後、リビングで報告を聞いたあかねとたくみ。
「パーティー? いいじゃない!」
「リンちゃんの家って、あのトレーニングルームのあるとこだよね?」
「そうそう。みんな呼んでくれるんだって」
「せっかくだし、料理、何か作って持っていこうか」
「うちの煮込みハンバーグがいい~!」
「私はサラダつくる~!」
その夜、リンの部屋に届いたキャサリンからのメール。
【From: Mom】
トレノ全員+ご家族分の椅子と食器は準備完了。
メニューの一部はこちらで用意するけど、持ち寄りも大歓迎よ。
それから、プレゼント交換とか……どうかしら?
リンは微笑みながら、すぐに返信を打った。
ありがとうママ。みんなすごく喜んでた!
パーティー、楽しみにしてるね!
──
冬の夜は冷たいけれど。
心の中には、ぬくもりが広がっていた。
この冬は、きっと忘れられない季節になる。
誰かと過ごせる、その幸せを胸に。




