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絆のトレーニングノート:始まりの春、強さの種  作者: たまに何かを書く人
【第9章】走り出した挑戦の記録

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第四節 スタート台の景色

12月中旬。ついに、市民水泳大会の当日がやってきた。


さちはいつもより少し早く目を覚ました。

外はまだ暗く、窓の外にはうっすらと霜が降りている。


「……よし」


胸の前でそっと深呼吸をし、準備を始めた。

スイムバッグの中には、水着、スイムキャップ、タオル、ゴーグル、そして――あのペンダント。


(これは、ロッカーに入れておこう)


ポケットに入れたペンダントを握りしめ、静かに確かめた。


(大丈夫。みんながいる)


朝食を終え、母・真由美の運転で会場へ向かう。

助手席のさちは、無言で流れる景色を見つめていたが、信号待ちのとき、真由美が優しく声をかけた。


「緊張してる?」


「……うん。でも、ちょっと楽しみでもあるの」


真由美は笑って頷いた。


「その気持ちがあれば大丈夫。思いきり泳いできなさい」


⸻


会場に到着し、控室でユキとハルと合流した。

リンは今日は観客席から応援に来てくれていた。入り口で大きく手を振っている。


「来た来た! さち、調子どう?」


「……うん、悪くない。というか、みんながいるから、落ち着いてるかも」


3人は軽く体を動かしながら、ウォーミングアップのプールへ向かう。


大会会場は、市の総合体育館に併設された温水プール。

普段のスイミングスクールよりも広く、天井も高くて、なんだか空気も違って見えた。


「いよいよだね」

「今日の主役は、さちだよ」


スタートリストに、さちの名前が載っていた。

エントリー種目は、“初心者チャレンジ50m自由形”。


(チャレンジ枠でも、こんなに出場者がいるんだ……)


レースが次々と進んでいく。水を切る音、アナウンス、拍手。

その中で、さちはスタート台の近くに立ち、徐々に集中を高めていった。


「次のレース、第23組――」


アナウンスで自分の名前が呼ばれる。

(いよいよ、わたしの番だ)


プールサイドに上がり、スタート台に立つ。足元が少し震えている。

でも――ポケットの中で握ったペンダントの感触を思い出す。


(大丈夫。私はひとりじゃない)


「位置について――」

構える。呼吸を整える。


「よーい……」


――ピッ!


スタートの合図とともに、水の中へと飛び込む。


水が、静かに全身を包み込む。

腕を伸ばし、力強くキックを打つ。リンに教わった肩の動き、ユキのアドバイスによる呼吸、ハルと何度も繰り返したフォーム。

すべてが今、この一瞬に集まっている。


(もっと前へ。もっと――)


水を押し、蹴り、呼吸を合わせる。

ゴールが、手の届く距離に迫る。


――タッチ!


水面に顔を出すと、観客席から大きな拍手が聞こえた。

プールサイドにはコーチがいて、ストップウォッチを確認してから親指を立てた。


「さち! タイム、前より3秒縮まったよ!」


「ほんと……!?」


ゴーグルを外した瞬間、目の端に涙がにじんだ。


「やった……!」


駆け寄ってきたハルとユキが、笑顔でさちを抱きしめる。


「最高だったよ、さち!」

「めっちゃかっこよかった!」


観客席からは、リンが身を乗り出して手を振っていた。


「You did it!! さち、amazing!!」


この日、チームトレノの絆が、またひとつ深まった。


⸻


市民大会から数日後。12月の冷たい風が校庭を吹き抜け、葉を散らしていく。

昼休み、4人は体育館の裏のベンチに並んで腰掛けていた。

空気は冷たいが、陽ざしが少しだけ春のようなぬくもりを持っていた。


「……あれから、もう三日も経ったんだね」


さちがぽつりとつぶやく。


「でも、あの日の泳ぎ、ほんとにすごかったよ」

ハルが微笑む。


「フォームも、姿勢も、今まででいちばんきれいだった」

ユキも頷く。


「努力って、嘘つかないんだよね」


リンのその言葉に、さちは小さく笑った。


「うん。スタート台に立ったとき、みんなの顔が浮かんだ。だから、怖くなかった」


「それって、“チームトレノ”の力じゃん!」

ハルが拳を突き上げる。


「そうだね。私たち、ひとりじゃないから」


4人は顔を見合わせて、ふっと笑い合った。


⸻


その夜。

さちは“絆のトレーニングノート”を開いた。

手元には、大会のパンフレットと記録票。そして、自分で描いたスタート台のスケッチ。


『市大会50m自由形:記録 ○○秒(前回比-3秒)』

『体の使い方、呼吸のタイミング、どれも成長を実感できた。』


最後に、こう記した。


『次は、表彰台を目指したい。目標は、逃げる理由じゃなく、進むための地図。』


ページを閉じたとき、部屋の外から母の声が届いた。


「さち、あったかいスープできたわよ~」


「……うん、今行く!」


さちは軽やかに立ち上がった。

その背中は、小学生とは思えないほどまっすぐで、凛としていた。


挿絵(By みてみん)

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