30th
長らくお待たせして申し訳ありませんでした!!
とりあえず一旦これで完結とさせていただきます!
読んでくださった皆様に感謝を!
「お父さまとお母さまは、どうやって結婚したの?」
ティアナとヴェルナーは、我が子のその言葉に固まった。
結婚した二人は、すぐに子宝に恵まれた。
女王イルミナの第三子であり第二王子であるダレンが生まれた翌年には、長男であるハンスの懐妊がわかったのだ。
「・・・ハンス、どうして聞きたいんだ?」
ヴェルナーはまだ六歳の息子に問うた。いや、別に聞くことが悪いわけではない。しかし、言い辛いものもあるし、まだ早いのではないかと思ってしまうのだ。
「ダレンが」
「ダレン殿下が?」
第二王子であるダレンと一つ違いのハンスは、時折城に遊び相手として連れていっていた。だが、どうしてそのような話になったのだろうか。
そして、妻であるティアナは自分がどう返答するのか気になって助け舟を出すつもりはないらしい。その腕には、三歳になったヴェロニカが楽しそうにしている。可愛い。
「うん・・・。ダレンのお父さまとお母さまは、いつまでも新婚気分なんだって・・・。それで僕、新婚気分ってなぁにって聞いたら、結婚だって」
「殿下・・・」
きっと、ダレンはいつまでも仲睦まじい両親のことを話したかったのだろう。
「それでね、ダレンが結婚のことを色々教えてくれたの」
「・・・それで、気になったのか?」
「うん!」
「けっこん、て、なぁにー?」
ヴェロニカも気になったのか、言葉の意味を聞いてくる。それにハンスは嬉しそうに答えていた。
「あのね、ヴィー、結婚てね、ずーっと一緒にいることなんだって!」
「ほんと!? そしたらヴィー、おとしゃまとおかしゃまとする!」
「!!」
「え!? 僕は!?」
「にーしゃまともする!」
「僕もする!」
子供たちのあまりにも可愛すぎる会話に、ヴェルナーだけでなくティアナまでも悶絶しているのか視界の端に映った。
しかし、今後の教育の為にヴェルナーは心を鬼にしてそれを口にする。
「ハンス、ヴェロニカ、家族は結婚できないんだ」
「「!?」」
二人からすれば信じられない言葉だったのだろう。目を真ん丸にして、ヴェロニカは一瞬で泣きそうになっている。
「あぁ、結婚しなくても家族ならばずっと一緒なんだよ」
「でも、でも、ダレンは、すきな人と結婚するんだって」
「か、家族じゃない人と、するんだ」
ヴェルナーは涙目で見上げてくる我が子に、心を締め付けられながら言った。そしていつまでも微笑みを浮かべ見ているだけのティアナを軽く睨む。どうして助けてくれないんだ、と。
「ハンス、ヴェロニカ」
「なぁに、お母さま・・・」
「・・・」
二人は拗ねてしまったのか、頬を膨れさせながらもティアナの言葉に返事をする。
「お父様とお母様はね、大きくなって、色々あってずっと一緒にいましょうって言ったのよ」
「色々・・・?」
「そう。お母様がお父様に結婚してくださいって」
「そ、それはっ・・・!」
「おかしゃま、すごーい」
ヴェロニカ、何が凄いのかわかっていないだろう。ヴェルナーはそう言いたくなるのを我慢しながらティアナを凝視する。父としての威厳というものが・・・。
しかしティアナはヴェルナーの視線に気づいていない振りをしているのか、そのまま二人の子供に語り掛ける。
「それでね、お父様と結婚して、ハンスとヴェロニカを授かったのよ。二人とも、本当にずっと一緒になりたいと思う人を見つけるのよ?」
「・・・でも、でも、ヴィーはおとうしゃまと、おかあしゃまと、にーしゃまと、ずっといっしょにいたい・・・」
「あら、嬉しいわね。でも大丈夫。家族だもの。ずーっと一緒にいるわ。だから結婚しなくても大丈夫なのよ」
「ほんと・・・?」
ヴェロニカはティアナの服を掴んで不安そうに聞いている。それにティアナは力強く頷いていた。
「二人がもう少し大きくなったら、お父様とお母様のこと教えてあげるわ」
「えーっ! 今がいいよぉ、お母さま!」
「てぃ、ティアナ・・・!」
「ふふふ。大きくなってから、よ。それまでの楽しみにしておくといいわ」
「えーーーっ」
「えーっ」
ヴェロニカは兄の真似をしているのか、よくわかっていない表情で言っている。
「さぁ、二人とも。そろそろ寝る時間よ」
「まだ眠くない!」
「ない!」
ヴェルナーは、子供たちのこの切り替えの良さに未だについて行けないことがある。先ほどまで話していたことを忘れたのではないかと思ってしまうほどだ。まぁ時折、絶対に話すまで許さないと言わんばかりの時もあるが。
ティアナはそんな二人をいなしつつも寝室へと連れていく。その手腕には、いつ見ても驚かされた。
「あぁ、あなた、少しお話したいことがあるので待っててもらえます?」
「? わかった」
そうして誰もいなくなった部屋で、ヴェルナーはふと昔を思い出す。ティアナの言っていた通り過ぎて、羞恥心も一緒に思い出したが。
ヴェルナーは、体調が戻った後に女王陛下にそれを伝えに行った。そして共にいたアーサーベルトにも一緒に報告した。今思い出しても、あの時のアーサーは笑ってしまう。
そしてレネット男爵に許可を求めに行った。・・・その時のことは、今でも少しだけ忘れたい。
娘を溺愛するレネット男爵に泣かれ、妹を溺愛する兄アルベルトに決闘を挑まれそうになり、姉を慕うベルンハルトからは本当に姉でいいのかと問われ続けた。夫人とアルベルトの妻は手放して喜んでくれたが、泣かせたら承知しないと言われた。
本来、男爵位である彼らが、国の宰相位にいるヴェルナーにそういったことを言うなんてことは考えられない。他の家であれば、手放しで喜んで終わり、だろう。
だが、レネット家は特殊だったようで立場や名誉よりも娘の幸せを何よりも望んでいた。
渋々認められ、そのことに落ち込んでいたらアーサーやまさかのグランに慰められた記憶は懐かしい。
そうこう思い出していると、思ったより時間が経っていたのか、ティアナが戻ってきた。
「寝たのか?」
「えぇ」
「それで、話とは?」
結婚が決まったティアナは、すぐに宰相室補佐を辞した。
モーガンはじめとする補佐達には酷く惜しまれたが、ティアナはすっぱりと辞めた。
「実は・・・」
少しだけ言い淀む妻に、ヴェルナーは内心で驚いた。結婚してからはいつもはっきりきっぱり話す彼女が、言い淀むなんて。
そして、何かしてしまったのだろうかと不安に駆られる。
ヴェルナーは、性格もありあまり好意や感謝を口にすることがない。内心では思っていても、言葉にしなければ伝わるはずもないだろう。
それは、女王陛下にも言われていた。
そして、まさかと思う。
家のことはティアナに任せっぱなしだ。そして自分は、宰相という立場もあって中々帰れない時もある。寂しい思いをさせていることも分かっていた。
「ま、まさか・・・」
「・・・」
ヴェルナーが恐る恐る言えば、ティアナは小さく笑みを浮かべた。
「!! てぃ、ティアナ、考え直してくれ!」
「え?」
「いつも寂しい思いをさせているのは悪い・・・! これからはもっと帰れるようになるはずなんだ! 子供たちも君に任せっぱなしで本当に悪い!! だから、実家に帰るなんて言わないでくれ!」
「え、実家?」
ティアナはきょとんとしているが、ヴェルナーは悪い想像から脱することが出来ずにさらに言葉を重ねる。
「君の献身の上に胡坐をかいてしまっているのは分かっているんだ・・・! でも、もう君たちがいない生活なんて考えられない!」
「・・・そう、ですか?」
「あぁ! ティアナ、私は本当に君をっ・・・あい、しているんだ!」
「ヴェルナー様・・・」
ヴェルナーは畳みかけるように言う。
「陛下とは違う・・・君を、異性として、本当に大切に思っているんだ・・・! だから・・・!」
「ふっ・・・ふふふ!」
「ティアナ・・・?」
ヴェルナーが縋りつくように話していると、ティアナは何故か笑みを零し始めた。
「落ち着いてください、あなた。私は実家に帰るなんて一言も言っていませんよ?」
「だ、だが、話があると・・・」
「少しは落ち着いてくださいな。話というのは・・・」
「というのは・・・?」
ティアナはヴェルナーの手を取って、自身の腹に当てた。
そしてようやく、ヴェルナーはティアナが何を話したかったのかが分かった。
「・・・いる、のか・・・?」
「はい。医師殿曰く、四か月です」
「―――」
その言葉を聞いたヴェルナーは、茫然とした。まさに頭の中が真っ白だ。
そして実感がじわじわと押し寄せてくると、湧き上がる感情のままティアナを抱きしめた。
「あぁ・・・なんていうことだ・・・幸せに上限はなかった・・・」
「喜んでくださいますか?」
「っもちろんだ! あぁ! 安静にしていないといけないではないか! 家のことはメイドに任せるように言っておこう・・・そういえば悪阻は!?」
「まだそこまで酷くないみたいです」
「そうか・・・欲しいものは? あぁ、昔は酸味のある果実をよく食べていたな、すぐ手配しなければ・・・栄養価の高いものを作るよう料理人でも話をしなければ・・・!」
今すぐにでも話をしそうになるヴェルナーを、ティアナは苦笑しながら止めた。
「もう遅いですから、明日にしましょう?」
「そ、そうだな・・・。ではもう休もう、無理は駄目だ」
ティアナは夫の過保護ぶりにこそりと笑みを零した。ハンスの時も、ヴェロニカの時も、いつも冷静でいる夫は酷く戸惑い、そわそわとしていたことを思い出す。
ハンスの時は本当に酷かった。腹が大きくなってからは歩かせようとせず、何もさせようとしなかったのだ。それをたまたま聞いたらしい女王陛下に一喝されて帰ってきた夫は、言ってはいけないが面白かった。
世界が違うと。立場も違うと思っていた。
絶対に一緒になれないと泣いた夜もあった。
だが、現実はどうだろうか。
愛しい人と結婚して、可愛い子供たちを授かった。
あまり愛情を込めた言葉を言ってくれないが、今のように言ってくれることもある。
それがどれほど自分を喜ばせているのか、夫は知っているのだろうか。
「ヴェルナー様」
「なんだ、ティアナ」
「愛していますわ」
「っ!」
いきなりの自分の言葉に、真っ赤になる夫が愛しい。
初恋は実らないと聞くが、自分のは実った。
願わくば、自分の子供たちにもいつかこの幸せを知って欲しいと思う。
ヴェルムンド国宰相であるヴェルナー・クライスには四人の子供が生まれた。
長男は父の気質を受け継いだのか、文官としての頭角を現す。そして長女は第二王子であるダレン・ヴェルムンドと長年にわたる攻防(いや、ダレンの一方的なものだが・・・)の結果、結婚。次女は結婚よりも服飾の仕事がしたいとロッソ服飾店に弟子入りをし、そして跡取りと結婚をする。次男は何故かアーサーベルトに心酔し、騎士を目指す。結果、近衛騎士団に入隊するも、生涯結婚はしなかった。
ヴェルナー・クライスは、生涯を宰相として駆け抜ける。
そんな彼を献身的に支えたティアナ・クライスは、貴族の妻たちにもお手本と呼ばれるほどに有名となった。
しかし、家ではティアナのほうが圧倒的に強かったことを知る者は少ない。




