29th
ようやくここまで来ました…!
長らくお待たせしてしまって本当に申し訳ありません…!
大変な世の中となっておりますが、ご自愛ください…!
くん、と袖が何かに引っかかったような気がしたティアナは、何に引っかかったのだろうと袖元を見て、驚きのあまり思考を停止させた。
どうして、と思いながらヴェルナーを凝視すれば、本人は自分でも気づいていないのか、どこか心もとなさそうな表情でティアナを見上げている。
「・・・ヴェ、ヴェルナー様・・・?」
ティアナが恐る恐る声をかけると、ようやく自分がティアナの袖を引いていることに気づいたのか、慌ててその手を離した。
「す、すまない・・・!」
体調を崩したことで、気持ちが不安定なのだろうか。その気持ちは、ティアナにも覚えがある。
「よろしければ、眠られるまで誰かについてもらいましょうか?」
だが、今の関係性を考えて、自分ではないほうがいいだろうと判断したティアナは、ヴェルナーにそう提案した。
「いや・・・大丈夫だ・・・」
「ですが」
「本当に、大丈夫だ」
頑なな様子のヴェルナーに、ティアナはつい溜め息を零してしまう。その瞬間、ヴェルナーの肩が跳ね、ティアナを凝視した。
「あ・・・申し訳ありません・・・。ヴェルナー様がそう仰られるのであれば、誰も呼びません。では、ゆっくりとお休みください」
「・・・な」
「はい?」
ティアナはそう言い、今度こそ部屋を後にしようとするとヴェルナーが小さな声で話しかけてきた。あまりにも小さな声で、ティアナはつい聞き返してしまう。
「・・・ぃ、かないで、くれ・・・」
「っ!」
それはヴェルナーが初めてティアナに吐露した弱音にも似たものだった。そのあまりの弱弱しい声に、ティアナは惚れた弱みでつい椅子に座りなおしてしまう。
ティアナが離れて行かないとわかったヴェルナーは、小さく息を吐くと枕に背を深く預けていた。心細いのだろうか。
「・・・君に、話しておかなければならないことが、ある」
「はい」
ヴェルナーは腕を目元に置くと、まるで独白するように言葉を紡ぎ始めた。
「・・・以前、酷いことを、言った」
それは、ティアナが女王陛下との関係に踏み入ったからだ。だが、ヴェルナーの声音からしてティアナの言葉を求めているわけではないようだった。
「私が、陛下をお慕いしていると知ったのは・・・陛下になってからのことだった」
「陛下が殿下だったころから知っていたのに・・・その気持ちに気づけたのは、随分と後のことだった・・・」
「自分の気持ちにすら、ろくに気づけなかったんだ・・・」
「その時にはもう、陛下にはロンチェスター卿が、傍にいた」
「私は、陛下に幸せになって欲しかった・・・だから、言うまいと決めたのだ」
ティアナは、ヴェルナーの口から初めて語られるそれに、キリキリと心を痛めつけられながらも黙って聞いた。
「だが・・・結局、言う勇気がなかっただけだったんだ・・・」
ぐ、とヴェルナーの拳に力が込められる。それが女王陛下への想いの深さのように思えて。
「あのまま、一生独り身でもいいと思っていた。陛下への想いだけを抱えて生きていこうと・・・」
「そう、ですか・・・」
ティアナは、遠回しに振られているのだろうと思った。きっと、ヴェルナーはこのまま独り、女王陛下だけを想って生きていくのだろうと。
「だが、違ったんだ」
「・・・?」
「アーサーに同じことを言われても、何も感じない。だが、君だけが、ティアナ、君だけが・・・」
「ヴェルナー様・・・?」
ヴェルナーは目元を覆っていた腕を放すと、身を起こした。そしてティアナに真正面から向き直り、手を握った。その熱さに、ティアナは息を呑む。熱が移ってしまいそうだ。
「女王陛下に、想いを告げた」
「そ、れは・・・?」
「もちろん、応えて頂こうなどと思ってなどいない。だが、私の中では区切りとなった」
まさか、とティアナは思った。
勝手に心が期待してしまう。でももし、自分の思っていることと違ったら。そんな恐怖心が沸き上がる。
「ティアナ・・・君と同じだけの気持ちかどうかは、わからない・・・。だが、傍にいるのであれば、君がいいと、思う」
「ヴェ・・・ヴェルナー、様?」
ヴェルナーのブルーグレーの瞳が、光に反射している。少し膜が張ったように見えるのは、ティアナの気のせいだろうか。
「っ・・・ティアナ、私は、君、が・・・」
ティアナの心臓はどくどくと耳元で鳴っているかのように大きく跳ねた。
まさか、本当に・・・?
頬が熱を持ち、目が勝手に潤んでくる。
「陛下をお慕いしていると言った舌の根が乾かぬうちに、こういうことを言うのもなんだが・・・。
ティアナ・レネット嬢・・・私と共に、生きていくつもりはないだろうか・・・?」
その少しだけ消極的な言い方に、ティアナは目をぱちくりとさせた。反応できずにいると、ヴェルナーは何を勘違いしたのか、必死に言葉を重ねてくる。
「その、やはり陛下を慕わないというのは出来ない・・・!だが、女性として、隣にいて欲しいと思うのは君だけだ。確かに、私の今までの態度で愛想が尽きたかもしれない・・・それだけ酷いことを言ったのは分かっている・・・、だが、もし少しでも可能性があるなら・・・!」
「ふ、ふふっ・・・」
「ティアナ?」
ヴェルナーの慌てた様子を見たティアナは、つい笑い声を漏らしてしまっていた。彼が、このように慌てているのを見たことがある人は、どれくらいいるのだろうか。そして自分が、彼をそうさせているのだと考えたら、何故だが笑いたくなってしまったのだ。
「もう・・・仕方のないお人ですね」
「う・・・」
ティアナは、ヴェルナーに握られた手に力を込めた。
「ヴェルナー・クライス様。私、ティアナ・レネットは、貴方様をお慕いしております。どうか、生涯を共に歩んで頂けませんか?」
「―――っ!!」
ティアナのあまりにもはっきりとした言葉に、ヴェルナーはその瞳から涙をぽろりと零した。そのことに驚いたティアナは、慌ててヴェルナーの手を解こうとする。だが、それを阻止したのもヴェルナーだった。
「・・・情け、ないな」
「ヴェルナー様?」
ヴェルナーは涙を零しながら苦笑した。
「君より年上で、宰相という立場にある人間だと言うのに・・・君に言わせてしまった」
ヴェルナーは寝台から降りると、椅子に座ったままのティアナの足元に膝をついた。
「ティアナ、酷いことばかり言って、本当にすまない。私は、きっと・・・いや、君が好きなんだ」
「!」
ヴェルナーから初めて示された好意の言葉に、ティアナはぼろぼろと泣き出してしまう。
ずっと、ずっとその言葉が欲しかった。
立場が違うと、生き方も違うと思い、諦めたくすらなった。
それでも、叶うのであれば自分と同じ想いを向けて欲しいと、願った。
泣いているティアナの目尻に、ヴェルナーが恐る恐る指先で涙を拭う。
「結婚、してくれないだろうか」
「・・・は、ぃ・・・!はい・・・!」
ティアナはこくこくと何度も頷いた。
そんなティアナを見たヴェルナーは、恥ずかしそうに目尻を赤く染めながら微笑みを浮かべた。それは、いつも宰相室で見るようなものではなく、心から浮かべられたものだと、ティアナにはわかった。
「・・・私の敬愛は、女王陛下のものだ。だが、ヴェルナー・クライスという個人の・・・あ、い・・・は、ティアナ、君に捧げる」
その情緒のない言葉も、酷く拙い愛の言葉にも、ヴェルナーらしさを感じてティアナはくすりと笑ってしまう。ほろりと、涙が頬を伝った。
「本当に、仕方のない人、ですね」
「す、すまない・・・!だが、出来るだけ嘘を吐きたくなくて・・・!?」
知っている、とティアナは心の中で囁いた。そして込み上げる愛しさのままにヴェルナーに抱き着いた。驚いたヴェルナーは、初めこそ固まっていたものの恐る恐るティアナの背中へと手を伸ばした。少しずつ込められる力に、ティアナも力をもっと込める。
ずっと、こうしたかった。
ずっと、こうしてほしかった。
それが当然として出来る立場が、欲しかった。
「好き、です」
「―――私も、だ」
ティアナは、想いが通じ合う奇跡を、初めて知った。




