28th
「おはよう、ございます・・・」
「おはよう、レネット嬢・・・どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」
「え、えぇ・・・夢見が悪くて・・・」
「大丈夫なのか?」
「はい」
翌日、ティアナは行きたくないという気持ちを何とか押し殺して宰相室に姿を現した。ちらり、と奥の机を見れば、珍しいことにヴェルナーがいない。
その視線に気づいたガードナーが、ティアナの疑問に答える。
「あぁ、クライス様な。なんか体調を崩したようで、今日は大事をとって休みを取られたんだ」
「体調を・・・? 大丈夫なのでしょうか?」
正直、体調を崩してでも絶対に仕事をしていそうな印象を持っていた分、よほど悪いのかと心配になる。そして、自分の所為なのか、とも勘繰って。
「あぁ、朝早くにアーサーベルト様がいらっしゃってな。一応様子を見てくれたみたいで、酷いものではないって」
「そう、なんですか・・・」
ガードナーの言葉に、ティアナは気落ちする。会ってしまえば何とかなると、正直思っていた。そう思っていないとやっていけなかったというのもあるが、出鼻を挫かれた感じだ。
「そうだ、よかったらクライス様の様子を見てきてくれないか?」
「え!?」
「ほら、クライス様、独り身だろう? 何かと不自由しているんじゃないかな」
「で、ですが・・・」
正直、二人きりで会って何を言えばいいのか分からない。
謝罪したいという気持ちはもちろんあるが、一歩が踏みだせなかった。
いつになく歯切れの悪いティアナを見て、ガードナーはふむ、と肘をついた。
「レネット嬢、クライス様と何かあったんだね?」
「!!」
「あ、当たりだ」
「な、どうして・・・!?」
「そんなに分かりやすければ、ねぇ? まぁ、モーガンなら気づかないかもしれないけれどね。で、どうしたの? 俺には話せない? 良かったら、相談に乗るよ?」
「・・・」
ティアナは、ことの全てを正直に話すべきか迷った。
「・・・ガードナー様は、ヴェ・・・クライス様が、どうして今もお独りなのか、ご存知ですか?」
迷いに迷ったティアナは、まずそれを確認することにした。もし知っていれば、ティアナは相談できるし、知らないのであれば、うまく回避しながら話をしなければならない。
「あぁ・・・もちろん、というより、この城に長く勤めているものは知っているよ。クライス様が、女王陛下を想われていることは」
そして返された言葉に、やはりとティアナは思った。
それほどまでに長く秘めてきた想いを、ティアナは荒らしたのだと。
「ふぅん・・・? レネット嬢、それは、クライス様から聞いたのかな?」
「いいえ、ですが、見ていればわかりました」
「そう。ならわかると思うけれど、クライス様は陛下とどうこうなろうという気持ちはない。俺も聞いただけの話だが、陛下とアーサーベルト様、そしてクライス様はずっと苦楽を共にしてきたこともあり、互いがとても大切過ぎてしまうんだ」
「?」
ティアナには、ガードナーの言うことがいまいち理解できなかった。
「これは、俺・・・というか一部の者の考えなんだけれどね。陛下は、ロンチェスター卿と共に生きることを決意した。アーサーベルト様は、そんな陛下のお傍で、生涯を生きられるとお決めになられた。でも、クライス様は、どちら付かずなんじゃないかってね」
「え・・・!? そんなはずありません。だって、クライス様は、今もこうして宰相として陛下のお傍に在られると・・・」
「そうだね。でもクライス様は未来のことをお考えにはなられていない」
「みらい・・・?」
彼の言うことが、ティアナには分からなかった。
「で、でも、クライス様は宰相として国の将来の為にとても頑張られておいでで・・・」
「うん、国の将来の為、ね。それは、クライス様個人の未来ではないよ」
そう言われて、そうかもしれないとティアナは思った。
確かに、ヴェルナーは国にとても献身的だ。それこそ、自身の私的な時間全てを使ってでも仕事をしようとしているように見受けられる。
だが、ヴェルナーの私的な部分は、どうなのか。
仕事に全てを費やし、共に生きる相手もなく、ただただ手の届かない想い人の思い出を抱えていく、彼は。
考え込んでしまったティアナに、ガードナーは笑みを浮かべた。
「レネット嬢。俺たちは、クライス様と共にずっと頑張ってきた。だからこそ、わかることがある」
「わかること、ですか?」
「あぁ。今まで、クライス様は、貴族のご令嬢を誰一人として近づけることはなかったんだよ」
「それは、聞いたことがあります」
「うん、まぁ、理由としてはクライス様の見た目や、その御立場に惹かれたご令嬢方があまりにも鬱陶しいというのがあってね。クライス様が宰相補佐だった時代からのものだから、相当根深いんだ」
確かに、父や知人たち誰一人からもヴェルナーの浮いた話を聞いたことはない。
だが、補佐時代からというのは相当な筋金入りだし、それと同時にそんなに前から女王陛下を想い慕っていたのかとも思う。
「だからこそ、最初レネット嬢がクライス様に連れられてきたとき、俺たちは驚いたんだよ」
「驚いた?」
「そう、本当にね。だって、あのご令嬢嫌いのクライス様が、自らご令嬢を連れてきたんだから」
「それは、父のこともあって・・・」
「うん、でも、それだけじゃクライス様が連れてこられるなんて、あるはずないんだ。ここは国の将来を決めるとても重要な部屋だ。そこに、安易な気持ちで連れてくるはずはないんだよ、レネット嬢」
ガードナーの言葉に、ティアナの沈んだ気持ちが少しだけ浮上しそうになるが、ふと考えてしまう。
「でも・・・それはクライス様が私のことを女性として見ていないからでは・・・?」
「あっはっは! それこそあり得ない! レネット嬢、俺からはこれ以上言えない。でも、俺・・・いや俺たちは、二人がとてもお似合いだと思っているんだ」
「そっ、そんな」
「とりあえず、見た感じでは気まずい感じなんだろう? なら、早く会って、話をしたほうがいい。じゃないと拗れるかもしれないからね」
「そ、そんなにわかりやすいですか・・・?」
ティアナの不安そうな声音のそれに、ガードナーはにっと笑みを浮かべた。
「ここは宰相室。俺たちは狸や魑魅魍魎にも似た奴らを相手にしているんだよ?」
*******
「・・・はぁ~~~」
ヴェルナーは、自室の寝台の上で深い深いため息をついた。
初めて、仕事を休んでしまった。
体調が悪い、というのは本当だ。頭痛がして、身体が重い。若干だが熱もあるようだ。医師に薬を持ってきてもらったが、まだ効いてこない。
食欲もなく、鬱々と色んなことを考える。
そんな時、扉が小さく叩かれる音が耳に入った。
「―――誰だ」
「・・・ティアナ・レネットです」
「!?」
誰何をし、その答えを聞いたヴェルナーは慌てて身を起こし、そして転がり落ちそうになった。
「てぃっ・・・!?」
昨日の今日で、まさか会いに来るとは思っていなかったため、ヴェルナーの頭は一瞬で混乱状態になる。
しかしティアナはヴェルナーが動けないほど重症だと思ったのか、大丈夫ですか!?と小声で叫びながら入室してきた。
「あ、あぁ・・・すまない、見苦しいところを見せた・・・」
「いいえ、薬はもう飲まれましたか?」
「あぁ」
「お食事をされていないと聞きましたので、厨房の方に頼んで胃に優しいものをお持ちしました。少しでもいいので召し上がってください」
「すまない・・・」
ティアナのいつもと変わらない様子に、ヴェルナーは何と声をかけていいのか分からず、返答が短いものばかりになる。
そんな時。
「っ!?」
「―――少し熱があるようですね。あとで氷嚢をお願いしておきます」
ティアナの少しだけ冷たい手が、ヴェルナーの額に触れた。
その急な接触に、ヴェルナーは固まってしまう。
「あっ・・・失礼いたしました・・・。弟が風邪を引いたときによくしてしまっていて・・・」
「い、いや、構わない」
ヴェルムンド宰相形無しの姿だった。
そうしてヴェルナーはティアナの監視下の元、消化によさそうな食事を摂る。とてもよく煮込まれ、味も優しい。食欲が全くないと思っていたが、身体は案外栄養を欲していたようだ。
しかし半分も食べると腹が膨れたのか、匙を進める手が遅くなったことにティアナが気付き、皿をヴェルナーから受け取る。
「でもあまり酷くないご様子で安心いたしました。これでしたらあまり長引くこともなさそうですね。私がいたらお休みいただけないと思うので、これで失礼します」
ほぼほぼ話すことなく、ただヴェルナーの容態を案じるティアナは、本当に様子を見に来ただけらしく寝台の横につけた椅子から立ち上がろうとする。
その瞬間、ヴェルナーの体は自身の意志とは無関係に動いていた。
「? どうかされました?」
「っ、すまない」
ヴェルナーの右手が、ティアナのドレスの裾を掴んだのだ。
自分でもどうしてそうしてしまったのか分からないヴェルナーは、熱とは別に頬が熱くなるのを感じながらも慌ててその手を放す。
何とか落ち着こうと別のことを考えようとしたとき、不意にあることに気づいた。
「・・・どうして私の名を呼ばないんだ?」
「!」
ティアナの気づかれるとは思っていなかったと言わんばかりの表情に、自分のそれは気の所為ではなかったことに気づく。
どうしてだ、と視線に含ませながらティアナを見上げると、ティアナは観念したように一度目を瞑り、椅子に再度腰かけた。
「・・・昨日は、ヴェルナー様のお心を踏みにじるような真似をして、大変申し訳ありませんでした・・・」
「それは・・・」
「ですが、私の気持ちはあの時お話したとおりです。もし、ヴェルナー様がそんな私を厭うのであれば・・・私は宰相室から辞させて頂きたいと思っています」
「!?」
ティアナの最後通牒のような言葉に、ヴェルナーの頭は一瞬で真っ白になった。
「そうしたほうが、ヴェルナー様にもよろしいでしょう・・・?」
泣きそうな、でも薄い笑みを浮かべたティアナに、ヴェルナーは駄目だと思った。
そしてそれはそのまま、行動に反映された。




