24th
「・・・」
「・・・」
馬車の中は沈黙だけが支配していた。
ティアナは顔を見られないように俯き、ヴェルナーは窓の外を見ている。
「・・・」
どうして引き留めてしまったのだろうと、ヴェルナーは窓の外の景色を瞳に映しながら考える。
ティアナという女性に対して、ヴェルナーは自分でも驚くほど悪い感情を持っていない。
かつて自分を取り囲んだ令嬢たちのような香水の香りもしなければ、甲高い声を姦しく囀らせることもない。
仕事はまじめで丁寧であり、好感の持てる女性だ。
「・・・クライス様」
「ヴェルナーと呼べといったはずだが」
「っ・・・ヴェルナー様、降ろしてください」
「なぜだ。買い出しをせねばならないだろう」
ティアナはおろか、ヴェルナーですら気づいていないが、ヴェルナーからは敬語が取れていた。
それを心許す相手だけが知っていることを、ティアナは知らない。
「買い出しなんて、ヴェルナー様お一人でもできるでしょう? お願いです、降ろしてください」
怒りのせいか、頬を微かに赤くしているティアナを見て、ヴェルナーは本能的に駄目だ、と返した。
「っ・・・メモを書いてお渡しします。降ろしてください」
「駄目だ。私ではわからないこともある」
ヴェルナーの一言に、ティアナの目が潤んだ。
そしてキッと言わんばかりに睨み付ける。
「―――知りません!! それくらいご自分でお考え下さい!!」
「っ!? 私ではわからないといっているだろう!」
「~~~少しは私のことを考えてください!」
「考えているだろう!?」
「どこが!? 今、私は降ろしてほしいのです!!」
「どうして降りようとする!?」
その一言は言ってはいけなかった。
ティアナがヴェルナーの一言を理解した瞬間、怒りに顔を染める。
「告白をした相手から返事ももらわないまま、一緒に仕事ができるほど、私は豪胆ではありません」
「・・・し、仕事だろう」
「わかっています。やってはいけないことをしていることも、理解しています。でも、ヴェルナー様が悪いのです」
完全に怒っているらしいティアナは、目を据わらせながらヴェルナーを睨む。
淑女としてあるまじきその視線に、ヴェルナーはたじろいだ。
「わ、私が何をしたというのだ」
「・・・あんな、」
「あんな?」
ティアナは何度か口を開閉させ、そして顔を真っ赤にした。
「あんな、笑顔を見せられたら、勘違い、してしまいます・・・!」
「笑顔・・・?」
「無自覚だなんて・・・」
酷い人だとティアナは思う。
あんななかなか見ない笑みを向けられたら、誰だって勘違いしてしまうというのに。
しかも本人は無自覚。
ティアナは、腹をくくるしかないと思った。
「ヴェルナー様」
「な、なんだ」
たじろぐヴェルナーを見て、ティアナは少しだけ面白くなった。
いつも冷静沈着な彼が、自分の行動一つでこうも動揺するなんて。
「ヴェルナー様、私は、ヴェルナー様の妻になりたいと思っています」
「つ、つま・・・!?」
「はい。それは、ヴェルナー様が宰相だからではありません。
ヴェルナー様と短くない時間を共に過ごし、ヴェルナー様のお傍にいたいと感じたからです」
「な、てぃ、ティアナ嬢・・・っ」
ティアナはここぞとばかりに口説き落とさんばかりに話を続ける。
ここで止まってしまったら、自分がヴェルナーをどう思っているのか伝えられるか分からなかったから。
「酷く真面目なところも、融通の利かないところも、年老いてもきっと私よりずっと綺麗であろう美貌にも。
私は、貴方が好ましく思えてならないのです。
確かに、ヴェルナー様からすれば忙しい仕事を手伝う要員の一人でしかないだろうことはわかっています。
それでも、今までのヴェルナー様の態度を見て、少しくらい希望を夢見てもいいですか」
「ちょ、ちょっとまて、なにを・・・」
ティアナは、ヴェルナーが隠しているだろうことにも切り込みを入れることにした。
諸刃の剣でもあるそれを。
「ヴェルナー様が、イルミナ女王陛下を長年お慕いしていることは存じております」
「―――」
その瞬間、ヴェルナーの顔から表情が抜け落ちていくのを、ティアナは悲しく思った。
「見ていたら、わかります。
ヴェルナー様が、陛下をお慕いし、それを口にしないと決めているだろうことも。
それでも、私はっ・・・!」
「ティアナ嬢、人の心に土足で踏み入るつもりなのか?」
「!」
その冷たい声音に、ティアナは賭けに失敗したのだと気付く。
陛下をお慕いしていても好きなのだと伝えれば、何か変わるかもしれないと浅はかな夢を見た自分の、負けだ。
「・・・いいえ、失礼しました」
もう、何も言えなかった。
陛下を慕ったままでもいいから、自分を見てくれないだろうかと思った。
だが、ヴェルナーからすればお節介にも等しいのだろう。
ティアナは、泣きそうになりながらもそれを必死で我慢した。
泣くのは違う。
きっと、自分の言葉はヴェルナーを傷つけたのだから。
「・・・今日は、買い出しはいい。
このまま屋敷まで送ろう」
「・・・はい」
流石のヴェルナーも、もう一緒にいたくないと思っただろう。
ティアナはヴェルナーの提案を素直に受け入れた。
レネット家までの道中、馬車の中は重い沈黙に支配された。
******
「ヴェルナー、探した・・・どうしたんだ?」
「・・・アーサーか」
アーサーベルトは、書類の関係でヴェルナーを探していた。
宰相室に行けば、ティアナと外出しているが、そろそろ戻ってくるはずだと言われたのだ。
急ぎのものでもないし、迎えに行くついでに話をしようと歩いていると、廊下の向こうからふらふらと歩くヴェルナーを見つけ、驚いた。
「顔色が悪いぞ?
医務室に行くか?」
「いや、いい・・・」
「本当か・・・?
それよりもいつ戻ってきたんだ?
そろそろ戻ってくるだろうと言われて、そっちに行くところだったんだぞ」
「あ、あぁ・・・大分前に戻っている」
「そうか・・・。
ティアナ嬢は?」
「!」
その瞬間、ヴェルナーが息を呑んだのがわかった。
そして二人の間に何かがあったのだろうことも。
「・・・もう今日は仕事に戻らないほうがいいだろう」
「それはっ・・・」
「ヴェルナー、そんな顔色で言っても説得力はない。
それにそんなんで来られても奴らのほうが困るだろう」
アーサーベルトの言葉に納得せざるを得なかったのか、ヴェルナーにしては珍しく言葉を詰まらせる。
「そうだな・・・、おい、そこの者」
「はい!」
「宰相室に、クライス宰相が体調を崩したため戻らないと伝えてもらえるか?」
「かしこまりました」
「仕事中にすまんな」
「いえ、問題ありません」
ヴェルナーも異論はないのか、黙り込んだままだ。
「それでヴェルナーはこれから私の部屋に来い」
「・・・あぁ」
これからのことが想像つくのか、ヴェルナーは少しだけ嫌そうな表情をしつつも大人しくしている。
珍しいと思いつつも、相当やられていることがわかった。
「手のかかる宰相様だ」
「? 何か言ったか?」
「いや?」
そうしてアーサーベルトはヴェルナーを連れて自室へと向かった。
「それで?
ティアナ嬢と何があった?」
「・・・」
部屋に来て、対面でソファーに座りつつそう切り出すも、ヴェルナーはなかなか切り出そうとはしない。
埒があかないと判断したアーサーベルトは、秘蔵の酒を出すことにした。
口の重いヴェルナーにはこれが一番てっとり早い。
そして飲み始めて三十分もしないうちに、ヴェルナーはぼそぼそと話し始めた。
「・・・ティアナに、好意を告げられたんだ」
「・・・ほぉ?」
「それと・・・私が陛下をお慕いしていることを、知られていた」
「まぁ・・・そうだろうな」
「お、お前は長年の付き合いがあるからまだ理解できる・・・! だが、ティアナとは短い付き合いなんだぞ・・・!?」
「お前を見ていればわかる。むしろ気づかれていないと思っているお前に驚きだな。それで? なんて返したんだ?」
「・・・人の心に、土足で踏み入るつもりか、と」
「・・・ヴェルナー」
アーサーベルトはヴェルナーのその言葉に言葉を失った。
ヴェルナーがイルミナに対して想いを告げることはないとアーサーベルトは知っている。だが、それにしてもその返しはないだろうと思ってしまった。
アーサーベルトの言いたいことが分かったのか、ヴェルナーは表情を歪めながら酒を口にする。
「わかっている・・・! 私としても、彼女を傷つけたことくらい・・・! だが・・・!!」
「わかっているのであれば、どうしてそのことを伝えなかった? それでは、ティアナ嬢は何も言えないじゃないか」
「そんなこと・・・!」
ヴェルナーは小さくわかっているんだ、と零した。
アーサーベルトは、そんなヴェルナーに厳しく言う。
「告げないと決めたのはお前だ。その所為で区切りがつけられていないというのであれば、それはお前の所為であってティアナ嬢の所為ではない。それをお前は酷い物言いで傷つけたんだぞ?」
「わかって、いるんだ・・・。でも・・・」
いつになく力なく項垂れるヴェルナーに、アーサーベルトは声音を厳しくする。
「もし、お前が陛下のことを区切りがつけられないのであれば、区切りをつけるべきだ」
「・・・?」
本来のヴェルナーであれば気づくそれに、本当にポンコツだな、とアーサーベルトは感じながらも決定打を口にする。
「陛下に、想いを告げろ」
「!! そ、それは・・・!」
「お前があの御二方を思ってそれを口にしないと決めたことは知っている。だが、その所為でお前が自身の将来をちゃんと考えられないのだとすれば、終わりを決めるべきだ」
酷いことを言っている自覚はある。だが、そうでもしなければヴェルナーは前に進めないのだろう。
・・・どこからどう見ても、ティアナと想い合っているように見えたとしても、ヴェルナーが前に進めないのであれば仕方ない。
「丁度いい。陛下に会おう」
「ま、待て、アーサー!!」
アーサーベルトは善は急げと言わんばかりに部屋の前で警備をしている兵に声をかける。
「そこのお前、すまないが陛下に会えないか聞いてきてくれないか」
「は!! かしこまりました!!」
「アーサー!!」
アーサーベルトはヴェルナーの叫びを聞かなかった振りをした。




