22th
「私は陛下のところで昼食を摂ってくる」
「わかりました」
昼休憩となった瞬間、ヴェルナーは逃げるように宰相室から出た。
少しだけ気まずくて、ティアナをちらりと横目で見るが、当人はバスケットから昼食を取り出していてヴェルナーのほうを一切見ない。
ヴェルナーもなぜか対抗するようにティアナから視線をそらし、さっさと執務室を後にした。
「お疲れ様、ヴェルナー。
問題はないかしら?」
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下。
何も問題はありませんよ」
「そう、よかった。
座って、食事を用意しているから、摂りながら話をしましょう」
通された応接間には、既に食事が用意されている。
それと同時に書類も。
「イルミナ、食事中に仕事をするんじゃない」
「グラン・・・、今だけ許して?
ヴェルナーに時間がないの、貴方も知っているでしょう?」
どうやら同じく呼ばれていたらしい、女王の夫、王配でもあるグラン・ロンチェスターも間をおかずして応接間にやってきた。
柔和な笑みを浮かべ、優しげに見えるその人だが、ヴェルナーとアーサーベルトの両名はいまだに頭が上がらないときがある。
「毎年やっていることだけど、王家の威信がかかっているもの・・・。
手は抜けないわ」
「それならちゃんと時間をとりなさい」
「その時間がないわね」
ぽんぽんと交わされる会話に慣れたのは、いつだろうかとヴェルナーは考える。
昔はそれを見るたびに痛んだ胸は、今では麻痺してしまったかのように何も感じない。
「さ、さくさくやるわよ」
「はい」
「仕方のない子だ」
片手で摂れる食事を手に、三人は書類に視線を落とした。
「ふぅ、大体はいいわね。詳細はまだ後日決めましょう」
「かしこまりました」
「ドレスはロッソに頼むのか?」
「迷っているのよね・・・。ずっと贔屓にしているけど、他のところにも目を向けないといけないかしらって」
「それもそうだな。ロッソも大分大きくなったしな」
「いっそドレスの大会なんていうのもいいかもしれないわね」
「ふむ・・・。一考する価値はあるかもしれないな」
ヴェルナーは食後の紅茶で喉を潤しながら、次から次へと話をする二人を見て、少しだけ感慨深くなる。
あの幼い姫が、ここまで成長したことに、何度でも感動してしまう。
「それでヴェルナー。ティアナに当たったって聞いたわよ?」
「ぶっ!?」
げほげほと咽るヴェルナーに、グランは少しだけ憐れみを含んだ視線を送る。
「な、なにを・・・」
「キリクに聞いたわ。もう、馬鹿ね」
「っ」
自分の恥ずかしい行動が女王に筒抜けなことを恥ずかしがればいいのか、それとも一臣下の行動を把握している女王を窘めればいいのか、混乱に陥る。
「全く・・・グランからもいってあげて」
「何をだい?」
「聞いていたでしょう?キリクから」
「・・・あぁ、あれか。ふむ・・・」
二人が何やら話しているが、ヴェルナーはそれどころではない。
というより何故その話をされるのか。
冷や汗を流しながら混乱していると、いつの間にか女王は退室していたらしく、目の前にはグラン一人が座っていた。
「へ、陛下は・・・」
「仕事に戻らせた。あの子がいたのでは、話しづらいだろう」
「っ」
いや、それよりもグランのほうが話しづらいなどと言えず、ヴェルナーはカップを手に取った。昔よりは苦手意識はなくなったし、身内として信頼もしている。
だがどうしても、若かりし頃のトラウマは深く根付いているらしく、グランと二人きりになると体が勝手に緊張した。
「・・・私からは、何も言わないよ、クライス」
「・・・は、」
グランはゆったりと背もたれに背を預けながら口角をあげた。
「女性はそういったことに首を突っ込むのが好きだからな。特にイルミナはそういった話が身近にない分、張り切っている節があるが・・・、それは私から何とかしておこう。馬に蹴られたくはないからな」
「は・・・はぁ・・・」
グランが何を話しているのか、いまいち理解の及ばないヴェルナーのその姿は、敏腕宰相という名からは程遠いところにあった。
そんなヴェルナーに気づいているのかいないのか。グランは話を続ける。
「しかし、私が言うのもなんだが、自分より若い女性を泣かせてはいけない」
泣かせた記憶などないと言いたかったが、反論すれば確実に潰されるので発言しない。
「クライスのそんな表情を見るのは久しいな・・・。
・・・年長者からのアドバイスを、一つだけやろう」
「アドバイス、ですか・・・?」
「ヴェルナー・クライス。自身を見つめなおせ、欲しいものは手を伸ばせ」
「それは・・・?」
戸惑うヴェルナーを余所に、グランは紅茶を口にする。
「私からはこれ以上言わない。そもそもお前も男を見せろ。
勝手に仕事に埋没しているのは構わんが、そんなお前を見ている周りがいることくらい気付け」
「どういうことですか」
何度も幼子のように聞き返すヴェルナーに、グランは初めて顔を歪ませた。
「・・・お前は、イルミナに似ているよ」
「は!?」
想像もしていなかったことを言われ、つい失礼な言葉を吐くヴェルナーだったが、グランに気にした様子はなかった。
「ふん・・・。と言っても、昔のイルミナだがな。揃って他人からの愛情に気づかず、自己犠牲上等の精神。お前たちを大切にしているものからすれば、腹立たしいことこの上ない。
イルミナは女性だから、可愛げもあるかもしれん。だが、お前にはない」
「・・・」
ヴェルナーは、これは新手の惚気なのだろうか勘ぐった。
しかしグランにはそのつもりが一切ないらしく、淡々と言葉を続ける。
一つだけと言っておきながら吐き出されるそれは、アドバイスなのが愚痴なのか判断が付きづらい。
しかし次の一言に、ヴェルナーは一瞬で血の気が引くのがわかった。
「・・・気づくのが遅れれば、手に入らないぞ」
「―――そ、れ、は・・・」
「馬鹿め、私が気づかないはずないだろう。
まさか当人が気づいていなかったというのは想定外だったがな。
ヴェルナー・クライス。
考えることをやめるな。なぜ、怒るのか、気になるのか、考えろ」
「・・・」
グランの言いたいことは、わかる。
だが、考えているとヴェルナーは思っていた。
そんな思いが表情に出ていたのだろうか。グランは鼻で笑う。
「お前は変わらないな。少しでも自信をつけるとすぐに天狗になる。
忘れたのか?」
「!!!」
忘れるはずもない。
自分とアーサーベルトにトラウマを植え付け、さらに高みを目指そうという目標も得られたあの日。
「で、ですが、考えておりますれば」
「違うな。簡単な理由をつけているだけだろう。
他のひとであれば、どうした?
かの令嬢でなければ、お前はそこまでしたのか?」
「・・・」
ヴェルナーは初めて、そのことに思い至った。
どうして、ティアナにそう思うのか。
どうして、心配したのか。
どうして、邪魔をしたのか。
「そ、れは・・・」
口籠るヴェルナーに、グランはここまでと言わんばかりに席を立つ。
「いい年をした男が、あまり阿呆なことをするなよ」
グランはそれだけ言うと、ヴェルナーを残してさっさと応接室を後にした。
残されたヴェルナーは、いろんなことが頭を駆け巡り、呆然とそれを見送るしかなかった。
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「今日の昼食も美味しいです、レネット嬢」
「そういってもらえて光栄です」
ヴェルナーが一人悶々としている時を同じくして、ティアナは持ってきた昼食をモーガンとバシュレーに振る舞っていた。
「ですが、いつも通りの量を用意してしまって・・・」
「あぁ、それなら間食としていただいてもいいですか?」
「悪くなってしまいますよ?」
「大丈夫でしょう。それに片手で食べられるものがあると助かります」
ティアナの用意する昼食は、基本的にカトラリーを必要としないものが多い。
忙殺される時だと、昼食をとる暇もないと聞いていたので、片手で簡単に食べられるものを用意しているのだ。
「昨日二人が頑張って資料をあげてくれましたからね。ここからは私たちの頑張るところなので、今日は遅くなりそうなんです」
「でしたら、厨房の方に頼んでおきますよ?」
「いいえ、せっかくレネット嬢が用意してくれたのですから、そちらを頂きたいです」
「そ、そこまで仰っていただけるのであれば・・・」
美味しいといわれて悪い気がする人はいない。
それは例にもれず、ティアナもだった。
「それにしても、もう舞踏会の時期になるんですね」
「そうですね」
「レネット嬢の時はどうでしたか?」
ティアナは問われ、自分のデビューの時を思い出す。
「・・・あの時は、薄ピンクをふんだんに使用された会場でした。
父と兄がはりきってドレスを仕立ててくれたのですが、そこで母と喧嘩になったりして」
「喧嘩、ですか?」
「はい。父と兄は露出を出来るだけしないように首元から手の甲までのドレスを作ろうとしていたみたいで。でも母がデビュタントにそれはあり得ないと義姉と連携して阻止したりしていました」
「ふふっ、仲がよろしいんですね」
「私もそう思います。私には婚約者がおりませんから、兄がエスコートをしてくれたのですが、自分の目にかなう男でないと踊らせないと鼻息を荒くしていまして、結局兄としか踊れなかったんです」
「そ、そこまで・・・」
ティアナはその時のことを思い出してくすりと笑った。
兄は父に頼まれたとおりに周囲を威嚇していた。
そのせいもあってか、誰も近寄ってくれなかった苦い思い出もあるデビューだった。
「そういえば、レネット嬢は結婚はされないのですか?」
不意に発せられたモーガンの問いに、ティアナの息は一瞬だけ詰まった。
「・・・私は、令嬢としては未熟ですから・・・」
「そんなわけないでしょう!あなたほどの才女、私は見たことがありませんよ」
「ありがとうございます・・・。でも、同じ位の貴族の方と結婚するとなると、私のように変に知識を持っている女は煩わしいと思います」
ティアナの言葉に、男たちは返答する言葉に詰まった。
たしかに、女性が社会に進出してきてはいる。
だが、それもまだほんの一握りだ。
特出した才能を持っていない限り、女性は家を守るのはヴェルムンドの在り方だ。
女王であるイルミナが女性進出を促すような政策を行っているが、それもまだまだ時間を要するだろう。
「・・・本当に惜しいですね・・・。貴女のような女性は、滅多にいないというのに」
心底残念そうにバシュレーが零す。
それを聞いていたモーガンが、少し考え込んだように目を伏せ、そしてティアナをまっすぐに見た。
「―――戻った、何か問題は・・・」
「レネット嬢、私は如何ですか?」
「・・・はい?」
ガチャリと扉が開かれ、ヴェルナーが入室すると同時に、モーガンはそれを言った。
「貴女とであれば、私も家庭を持てそうな気がします。
よければ、お考えください」
「・・・・・・えええええ!?」
それを聞いていたヴェルナーが、愕然とした表情をしているのに、誰も気づくことはなかった。




