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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
1章 大嫌いな野球の神様は
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俺を呼んだ理由

 職員室に連行された俺は会議室に案内される。パイプ椅子と長机とホワイトボードが置いてあるだけで普通の教室だ。その教室に三者面談みたいに俺の正面に真理子先生と凜子が座っている。

「改めまして松葉俊哉さん。このたびは星美高校女子野球部のコーチの受けてくださってありがとうございます。私は女子野球部の顧問の滝川真理子だよ」

「もうすぐ、40歳の独身」

「林田さん余計なこと言う必要ないんだよ」

 笑顔だけどなんか怖い。

 つか、コーチをやるなんて一言も言っていないなんて今更言えないな。

「でも、コーチとして早速やらかしたよね」

「……すみません。少し感情的になってしまって」

 正直に反省する。

「まぁ、感情的になる気持ちはわからないわけじゃないよ。あなたがどういう人物なのかは綾元さんとここにいる林田さんから聞いているんだよ。悔しかっただろうね。将来を約束されうほどの才能を発揮してと結果を残しておきながら怪我でそれをすべて棒に振ってどん底人生を送っている」

 傷をえぐるな。

「君の記事は2年位前からぱったりなくなってるからもう野球はしていないもんだと思っていたんだよ」

「俺だってやるつもりはありませんでしたよ。ただ、そこの凜子に引っ張りまわされてここにいる感じですよ。後、理由があるとするなら……有紗ですかね」

「……綾元さんが気になる感じなんだね。異性として?犯罪者だよ」

「異性として見てるわけないだろ!」

「変態!だから有紗に手を出したのか!」

「大きな声でそんなこと言うな!勘違いされるだろ!」

「でも、実際に振るってるように見えたよ。言葉の暴力って奴だね」

 さすが先生だけあっていろいろ見えていろいろようだ。

「確かに俺は有紗に言いすぎたかもしれない」

「過去の自分と姿を重ねたのかな?」

「え?」

 心でも読まれてると一瞬焦った。常に笑っているから感情が読み取れん。適当に言ったのか、それともわかっていっているのか?

「私のお父さんが少年野球の監督をしててね」

 何であなたのお父さんを女子野球部のコーチにしなかったんだよ。

「私もそれなりに野球のことを知ってるからわかるよ。綾元さんってすごいよね」

「……すごいの一言で片付けていいかまだ分からないけど、あの1球わかる。あの球は普通に野球をやっているも早々投げられるようなものじゃない」

 ボールのノビというのはいわゆる速度とは少し違う。マウンドからキャッチャーまでの距離約18メートルに投じたボールは少なからず重力によって減速して落下する。しかし、ノビがあるというのは重力によって減速落下しずらい球を示す。ボールの回転数をあげることでこのノビというものが生まれる。俺もノビが欲しくて何度も練習した。そして、手に入れたのがあの剛速球だった。その剛速球が今の怪我に繋がってしまったんだが。

「有紗は何か特別な練習をしていたかどうか定かじゃありませんが、15歳であのボールを投げられるのは努力の賜物だけとは考えられない」

「つまり、あれは才能だって言いたいのかな?」

「そのとおりです。才能です。凡人が持っていないものを有紗は持っている。それなのに、有紗は今まで何をしていたんですか?確かに女子野球はマイナーですけど、プロもありますし、小規模でも大会とかも開催されているでしょ。なんであいつは何もしていないんだよ」

「何もしていないんじゃない。何もできなかったんだよ」

 凜子が今までとは違ったトーンだった。

「できなかった?」

「そう」

 うつむいたままそれ以上は口を開かない。

 なんで何も話さない。

「林田さんは小学生の頃から綾元さんと仲が良かったみたいだからいろいろ知っているんだよ。知っている上で何も話さないんだよ。私も話を聞いて無理言って学校に女子野球部の設立をお願いしたんだよ。野球ができるだけの部員と面倒を見られる監督者をつけることを条件にしてね」

 それで(コーチ)が必要だったのか。

「つか、真理子先生には話して俺には話せないのか?」

「……ここに有紗はいない。有紗のことを勝手に話せない。それに、あの話をこれ以上他の人には知ってほしくない。有紗が嫌がる」

「ここに本人がいればたぶん話したと思うけど」

「絶対に話させない!」

 凜子が感情的になる。

「もう、思い出させない!有紗は今があるんだから過去なんてどうでもいい!過去を知ってどうするの!」

 涙をぼろぼろとこぼしながら訴える。

 どうするのって……どうするんだろうな。

 だが、少なからず凜子の反応でわかる。有紗は過去に何かあった。そのせいで野球をすることに消極的になっている。だから、誰も彼女の才能に気付かなかった。もったいないというか才能を持て余していることにやっぱり腹が立つ。

「女ってずるいよな」

「何よ!」

「俺の過去は洗い出すだけ洗い出して公にしておいて、そっちは思い出したくない過去があるから話すわけにはいかないって、ずるいと思わないか?」

 真理子先生は視線を外す。凜子は何か言いたそうだったが、言葉が見つからないようだ。

「俺だって過去のことを思い出したくないよ。甲子園の熱気と歓声。強打者から三振を奪ったときの感触と快感を思い出すだけで涙が出そうになる。昔の映像を見ただけでその画面を蹴り割りたくなる。昔の写真を見ただけでその写真を燃やしたくなる。栄光だった過去と没落する現在。惨めで泣きそうになる。だから、必死に野球を忘れようとしていた。離れようとしていた。なのに、あんたら!」

 俺は机を強く叩いたパイプ椅子を倒して立ち上がる。

「俺に野球を強要した。忘れたくて仕方なかった過去を思い出させた。そんな俺にもう一度同じことが言えるか?なぁ?」

 凜子はもう言い返すことはない。

「真理子先生。すみませんが、コーチのお話はなかったことにしてください。元々、引き受けたつもりもないことですから」

「……わかったよ。こちらもいろいろ迷惑をかけたみたいだね」

 真理子先生は止めようとはしなかった。これでまた野球と離れた生活に戻れる。清々した。が、それはほんの一瞬だけだった。

 会議室から出ようと戸を開けるとそこには有紗の姿があった。俺が睨むと肩をびくつかせて怯える。でも、今までと違うのはそこで上を向いたことだ。

「そうですよね。先生の辛い過去ばかりを思い出させて自分のことを話さないなんて卑怯ですよね」

 その目には強い決意を感じた。

「有紗」

「ありがとう。凜子ちゃん。大丈夫だから」

 有紗に押されるように会議室に戻る。戸を閉めると有紗はゆっくり深呼吸をする。

「女の子は野球をしちゃダメなんですか?って先生に最初に聞きましたよね」

「あ、ああ」

 その言葉の意味をここにこればわかるといわれた。その興味もここに来た理由のひとつだ。

「その言葉の意味を教えてあげます。座ってください。少しだけ長くなります」

 才能を持った少女が才能を持て余すことになってしまった過去を重く聞き入れるために心得てさっきまで座っていたパイプ椅子を戻して座る。

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