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                     *



 それからの侵攻時間は突入開始から比べると、異様に時間がかかった。


 機械兵などが多い上に、敵は術法壁などの術法を多用し、ぼくらの進軍を邪魔したからだ。


 当然だろう。敵の親玉が、すぐ近くに居るのだから。


 それでもたった今、最後の抵抗を排除した。


 ぼくらはルイム十六世がこもっていると思われる、執務室の前まできた。


 が、ここの扉が、強力な術法で封印されていた。


 腕利きの盗賊や術法士の巫女でも、開けるのには時間がかかりそうだった。


 大階段付近は、既にぼく達が制圧しているとはいえ、今度は機械兵などがぼく達を集中攻撃していた。


 今や、立場があべこべになっていた。


 封印された、木製の重厚な扉を前に、ぼくらは迷う。


「もうちょっと時間かかるのかい?」


 シュレナが、扉を調べている術法士の巫女を覗きこむ。


「はい。封印術式が見事で、下手をすると罠術法が発動して被害が及びそうで……」


 彼女は振り返り、顔をしかめて答える。


 ここは時間をかけても正攻法で行くしかないのか。


 その時だった。


「そうですねえー。やっぱりここはあれをやるしかないですねえー」


 工兵担当の〈戦場工兵ウォー・エンジニア〉の巫女が出てきて、自信ありげな顔で言う。


 ああ。君がいたか。


 そうか。あれをやるのか。


「どうするの?」


 ケイトが、不思議そうな顔でぼくに尋ねる。


 ぼくは、ケイトの問いを無視して、周りのみんなに向かって言う。


「皆下がって」


「え?」


 不思議そうに顔を見合わせる皆。が、一部の巫女は、あ、という顔をする。


「下がろう。彼女に任せるんだ」


 動きやすい服に、たくさんの小箱などをくくりつけた戦場工兵の巫女が、小箱から粘土のようなものを取り出す。


 扉の近くの壁にそれを付けた。


 そして、その粘土のようなものに線をつなぎ、さらにその線を小さな箱につなぐ。


「さあー。壁部隊の皆さんー、壁を展開してー」


 言われるがまま、壁部隊は術法などを展開する。そして、


「いっきますよー」


 と言って戦場工兵の巫女は、箱の鈕を押した。


 次の瞬間、壁が爆発した。


 その爆風や煙が、術法壁にぶつかる。


 もわもわとした煙があたりに立ち込める。


「これって……」


「へっへー。これは錬金術など由来の、不定形爆弾というやつでしてー。普段は爆発しないんですがー。信管などを装着すると、かなり強力な爆弾になるんですよー」


「そういうことだ。じゃあ、ジョン・ドゥに会ってくるよ。ケイト、皆」


「え?」


 ケイトは、言われたことに少し戸惑いを見せる。ある意味で。


「ちょっと安全を確かめてからだ。いいね?」


「はっ、はい」


 未だに何かを飲み込めない顔で、ケイトは頷いた。


 いい子だ。


 そう思いながら、ケイトから離れる。


 ぼくは、瓦礫で覆われた床を乗り越え、壁に空いた大穴から、王の執務室に入った。


 王の執務室は、外で行われている激しい戦闘がまるで嘘のような、静けさだった。


 執務室は、庶民の家一軒に相当するような広さを持っていた。


 くるぶしまでのめり込む赤い絨毯。


 白い大理石の壁。


 来客用の何人も座れる大きな座椅子と、長い木製の机。


 その上には蝋燭立てなどが置かれている、少し豪華な空間。


 大きな透明硝子の窓と扉。


 その向こうには、演説などの際に使われる露台がある。


 大扉の前には、王の、硬い歴史物の木で創られた執務机と椅子。


 その大きな執務机の前に。


「……よく来たね」


 まるで遠くから来た訪問客を出迎えるかのように、髭面に、王族の豪奢な服を着た男が背を伸ばして立っていた。


 その胸には、女物の青い水晶がはめ込まれたペンダントが揺れている。


 ぼくは、笑って挨拶した。


 簒奪者であり、虐殺者である男に向かって。


「宮殿の弁償代、請求しに来ましたよ。ジョン・ドゥさん。あと黒豆茶代の支払いもね」


「ひどい損害賠償請求と支払いの仕方だな。壊したのは君だろう? ジャーヴィス、いやクロヴィス王子」


「だって、素直に通してくれなかった貴方が原因ですし」


「暴れん坊王子の異名を取るジャーヴィス王子に、そう言われちゃたまらんな」


「その二つ名で呼ばれるのは久しぶりですね。ぼくも忘れてましたよ。いや、本当はぼくじゃないですけれども。それに、貴方はこの宮殿を不法占拠しています。とっとと明け渡して、その上で弁償代を支払ってもらいましょうかね」


「……容赦無いな。君は」


「勿論ですとも」


 その時、巫女姫達と一緒に、ケイトやシュレナも部屋に飛び込んできた。


 そしてジョン・ドゥの顔を見るなり、二つの目を大きく見開く。


 口をパクパクさせ、何か言おうとしても何も言えない様子だ。


 ようやくのことで、絞り出せた言葉は。


「貴方は──、叔父様……! 貴方が、貴方が──!」


「そうだ。我々、いや私が、ルイム十五世《裏切り者》を殺した、ジョン・ドゥだよ。ケイティニア姫」


 そう。目の前にいる髭面で壮年の男性──ジョン・ドゥの正体は。


 ルイム十六世その人だった。


 ぼくはジョン・ドゥ、いや、ルイム十六世に術導銃を構えながら言う。


 シュレナや巫女達も、それぞれ厳しい視線で彼を見据え、杖銃や杖を構える。


「ぼくは貴方を殺しに来た。けれども、その前に質疑応答インタビューを申し込みたい。聞きたいことが色々ある」


「例えばどういうことだね?」


「例えば、あなたが一体何者かということだ。あなたはこの世界の人間ではない。それはわかっている。しかし、どういう世界で、なぜ、ぼくらの世界を侵略していることとかだ」


「言っただろう。君達の世界が侵略してきたのだと」


 ジョン・ドゥは相変わらず冷静な声で返す。


「しかし、ただしがつくな」


「ただしって、一体何だ」


「未来に、だ」


「未来?」


 聞いていたケイトが、首を傾げる。


 それはぼくも同じだった。


「前提として、この〈アークシャード〉と呼ばれる世界の他にも、様々な異世界があるのだよ」


 ルイム十六世は、画廊で見せたような、教師的な口調でまた説明しだした。


「そして、未来において、グレホニアを含むアークシャード世界は、他の異世界との大戦争を行い、他の世界に壊滅的な被害を与えたのだよ」


 未来には、そんなことが起きるのか。


 ジョン・ドゥは、かつて起きた歴史上の事件のように、未来のことを話していた。


 何かを懐かしむかのように。


「その内の一つが、私達の住んでいた『テラ』だ」


「わたくし達の世界が、そんなことをするなんて……」


「我々はその悲劇を回避するために、アークシャードの過去へと飛び、干渉することで、戦争を回避しようとした。その方法をめぐり、我々は二つの組織に分裂した」


 その言葉に、ぼくは思い当たることがあった。


 オアーズで、虐殺と戦乱を繰り広げている、二つの名を。


「『ジョン・ドゥ』と、『アラン・スミシー』だな……」


「正解だ」


 銃をつきつけられているのもかかわらず、ルイム十六世は嬉しそうな顔で言った。


「ジョン・ドゥやアラン・スミシーは、ある特定の人物の名前ではない。匿名の人の集合体を、一人の人間に例えた名前だ」


「名無し達の名前、というわけか」


「そのとおりだな」


 ジョン・ドゥは相変わらずの笑みで返す。


「ジョン・ドゥ《我々》は、このアークシャードを虐殺と戦乱で乱すことにより、その力をそごうとした者達、アラン・スミシー《彼ら》は、救世教やテクノロジーを通して、アークシャードの国々の上層部を支配することで、その力を押さえつけようとする者達のことだ」


「……」


「我々やアラン・スミシーは、様々な方法で君達の世界に干渉してきた。あるときは戦争で、ある時は政治で、ある時は文化で」


「文化……?」


 その言葉に、ケイトは首をひねる。


 ルイム十六世はケイトの疑問に、よくぞ気がついたという満面の笑みを浮かべた。


「そうさ。彼らと我々、特にアラン・スミシーは、我々の文化を君達の世界に持ち込み、その文化を浸透させることで、我々の世界と同化させようとしている」


 ジョン・ドゥはケイトに言う。


「ポミエ・リュビくん」


「え?」


 突然その名で呼ばれ、ケイトは戸惑いの色を見せた。


「君が書いている軽小説だって、スマウだって、元はといえば我々の世界にあったものだ。ピズザも、市場に流通している野菜などもね」


「え……。でも、オアーズ神話では……」


「歴史や神話などの『物語』はいくらでも書き換えられる。小説の文章を書き直すようにね」


「そんな……!」


「『物語』を書き換えることができるのが、我々の力だ」


 二人の会話に、ぼくは口を挟む。


 それに思い当たることがあったからだ。


「<ツール>の力か……」


「そうだ」


「お前達はそこまでして、ぼく達を支配したいのか……」


 ぼくは、術導銃を構え直す。


 それを無視するかのように、ジョン・ドゥは言葉を続けた。


「我々と彼らは、やり方の違いこそあれ、我々の世界を、君達の世界からの侵略に対して防衛しようとしているのだ。それだけはわかって欲しい」


「だからってこの世界に住む皆を苦しめていい道理じゃない。だから死ぬべきだ」


 ぼくは、引き金に指をかけようとした。


「待って」ケイトがそれを見て引き止める。


「ではあなたはどうやって、叔父さまになったの……?」


「心を殺した、といえば良いのかな。簡単な事だよ。そこにいる、術導人間と同じことだ」


「……」


 ルイム十六世は、ぼくをちらりと見る。


「簡単に言ってくれるな……。なら、お前も同じだ」


「ケイティニア」


 ジョン・ドゥはぼくの怒りを無視するかのようにケイトに言った。


「君の父上ルイム十五世は、ブリティアと救世教教会、そして、アラン・スミシーに通じていた。彼はまさに、『裏切り者』だったのだよ」


「……」


 ケイトはその言葉に、衝撃を受けたようだった。


 だが、気丈に返す。


「証拠はあるというのですか?」


「私を殺したあとにでも、この部屋を調べてみるがいい。面白いものが出てくるよ。ルイム十五世とアラン・スミシーの手紙とか」


「だからと言って、父上を殺したというのですか。あなた方には関係ないはずです」


「ルイム十五世、兄上を殺して王位に就き、人々を虐殺し戦争を起こせば、この国が、周辺国が乱れることがわかっていた。そうすればこの世界の力も衰える。チャンスだったのだよ。兄上の裏切りは」


「はじめから、あなたはこの世界を乱すつもりで!」


 ケイトの怒りが、次第にはっきりと現れるようになってきた。


 その怒りを受け流すように。


 いや煽るように。


 ジョン・ドゥは平然と答える。


「そのとおりだ。君達を、君達の世界の中で互いに戦わせれていれば、君達の力が我々の世界に向かわない。つまり我々にとっての平和が得られる」


「……!」


「我々《ジョン・ドゥ》は、君達ブリティアやタイクニアにとっても、我々のテラにとっても正しいことをしているのだ。これから起きるはずの、お互いの悲劇を止めるために」


「……!」


 彼がその言葉を言った途端。ケイトの感情の堰が崩れた。


 今まで貯まっていた、様々な感情の水が溢れ、すべてを飲み込むかのように。


 それは、ケイトとは、タイクニアの姫君とは思えないほどの感情の濁流だった。


「狂ってるわ! そんなの、絶対におかしいわよ!! どうしてこんなことをなさるのですか!? 憎しみ!? 怒り!? それとも絶望!?」


「いや、そのどれとも違う」


 ルイム十六世は、相変わらず平然と、氷のような表情で答える。


 ケイトの、炎のような怒りとは対照的に。


「じゃあ何よ!? なんなのよ!?」


「愛ゆえに、だ」


「あ、い……?」


 愛。ジョン・ドゥの言葉で、心に空いていた疑問に対する答えのかけらが、一つはまった。


 あの画廊にあった、最後の絵。


 もしその絵に描かれていたもの達が、目の前に居る人物に関わりがあるのなら。


 彼女らはもう、喪われたあとなのだろう。


 その喪われたものは、もう取り戻せないのかもしれない。


 が。


 もし、取り戻せるチャンスが有るとしたら。


 すがってみたくなるのは、だれでも同じことだろう。


 目の前に居る男は、その賭けにすがってみたくなったのだ。


 だからこの男になり、この世界にこんなことをした。


 怒りでも憎しみでも悲しみでもなく、愛。


 その感情自体には、共感できるかもしれない。


 でも、その愛ゆえにケイトに酷い事をした。


 それは許されるものではない。


 同じ愛を持つ者として。


それに、愛ゆえに、って。


 これもまた、なんというお決まりの言葉なんだろうか。


 安っぽい。


「私は私の世界を守りたかったのだ。ただそれだけだ。しかし」


 そう言ってジョン・ドゥは顔を伏せた。


 その声は、今までとは違った性質を持っていた。


「この世界の過去を変えたとしても、我々の未来は変わらない。過去を変えることは意味が無い。新しい未来が生まれるだけだ」


「……?」


 その言葉にケイトは首をひねる。


 ジョン・ドゥは、自分の胸にあるものと、ケイトの胸にあるものを交互に見た。


 そして、ゆっくりと告げる。


 弟子に免許皆伝を告げる、師匠のように。


「……ならば、新しい未来を、この世界の者に託してみよう。……これで私も『裏切り者』の仲間入りだな」


 ルイム十六世はそう言って、自嘲気味の顔を見せた時だった。


「おっと、そういうわけにもいきませんぜ」


 ブリティア訛りの声が、ジョン・ドゥの背後から聞こえてきた。


 続けて、杖銃の銃声。


 が、その術法は、ルイム十六世の背中に自動展開された、青い術法壁により防がれる。


 いつの間にか、露台に続く扉が開いていた。


 戦場となったパリスの風が吹き込める。


 そこに、ひとつの影が、輪郭を持ち、人の姿を取って現れる。遮蔽術法を解除したのだ。


 その黒い肌を持った大きな体躯を持った男は。


 ディレン、だった。


「やっぱ、ことはうまく行きませんなあ。俺もあんたも。クロヴィス王子」


 笑いながら、ディレンは露台から執務室内へと、銃を構えつつ入る。


 ジョン・ドゥは悠然と振り返り、闖入者に向かって言う。


「人の話し中に、背中に銃で撃ってくるとは。君も大概失礼な人だね。さすがはアラン・スミシーだな」


「いやあ、人が国王を訪問したいというのに、手荒い歓迎で出迎えるなんて、あんたも大概な人ですぜ。おかげで」ディレンは心からうんざりしたような表情で言った。「かわいい部下を、全員失っちまった」


「それはご愁傷さまだね」


 ジョン・ドゥは相変わらずの口調で言う。


「貴重な術導人間フォージドだったろうにね」


「……まあ、貴重な部下の犠牲のおかげで、俺はあんたと、そこの裏切り者を処分できるチャンスにありつけたというわけだがな!」


 言いながら、ディレンは片手で何かを投げた。


 本能でそれが危険だと感じる。


「皆伏せろ!」


 ぼくは叫んだ。


 ケイトとその場に居る巫女達も、全員その場に伏せる。


 空中でその投擲物が爆発する。


 次の瞬間、何かのオーラのような、きらめく粉のようなものがばらまかれる。


 窓枠にその物質について表示される。


 術力撹乱物質。術力を不安定化させ、一時的にその場の術法を使いにくくする物質だ。


 ディレンは、杖銃を落とし、腰の銃入れ《ホルスター》にぶら下げていたものを引き抜いた。


 あれは、火薬式銃か。術法が使えないのであれを使う気か。


 と思う間もなく、ディレンは、ぼくに向けて狙いを定めてきた。


 まずい。撃たれる。


 そしてディレンは、引き金を引いた。


 大きいが、あまりにも軽い銃声が聞こえた。


 だが、ぼくに衝撃は来なかった。


 しかし、近くで血が飛んだ。


 そちらの方を見ると。ルイム十六世が、その場に崩れ落ちるのが見えた。


 その時ぼくは、なぜかわからないけれども、頭に血が上った。


 立ち上がり、術導銃を構えようとした。


 撃てないというのはわかっているのに。


 しかし、それを予測していたのか、ディレンは既に銃の狙いをぼくに定めていた。


 まずい。今度こそ撃たれる。


 その時だった。


 体が誰かに突き飛ばされた。


 床に倒れる。


 銃声。


 きゃあっという愛しい誰かの声の悲鳴。


 すぐにぼくは起き上がる。


 そこには。


 ケイトが……。


 血を流して倒れていた。


 ぼくは次の瞬間、声にならない声を上げてディレンに突撃した。


 叫びは確かに上げていた。


 しかし、声にはならなかった。


 同時に、ぼくの体内の滅魂爆弾を起動する。


 ケイトを、ケイトを殺したな!!


 ケイトが死んだら。


 もう、この世にいる必要もない!


 迫るディレンの顔は、今まで見たことのない顔面蒼白な表情だった。


 慌てて小箱から何かを取り出す。


 妨害装置。


 鈕を押す。


 激痛が走る。


 動きが止まろうとする。


 けど、ここで止まったら意味が無いんだ!


 ぼくは、ぼくはケイトの!


 その時だった。


 背中から二つの青い光が輝くのが、ぼくには感じられた。


 その二つの温かく青い光に、ぼくは後押しされる。


 ディレンは、逃げようとあがいた。


 しかし、今度は奴の動きが止まっていた。


 青い奇蹟の光を凝視しながら、ぼくは脳内術式の窓枠内の、自爆鈕を押す。


 ケイト、ありがとう……!


 最後にぼくは、そう叫んだような気がした。


 体内で何かが破裂し、激しい痛みと体が飛び散ってゆく感覚が全身を襲う。



 そして。

 ぼくの視界は、真っ暗になった……。



                     *


                      *



 どこまでも続く、闇の中で。



 ぼくの心が、端からバラバラに砕けて、塵になっていくのを感じた。


 ああ、この心が全て砕け散れば、ぼくの魂は消滅するんだ。


 もう、よみがえることもないのだな……。


 思い残すこともな……。


 でも……。


 ケ……。



 その時だった。




 何処かから光を感じた。


 青く美しく、温かい光。


 海の底から海面を見るような、温かい青く白い光。



 ス……。


 ま……。


 ィス……。


 シアさま……。


 ヴィス……。


 メッシアさま……。


 どこかから、聞いたことのある声がいくつも聞こえてくる。


 この声は。


 美しく温かい声達に導かれ、ぼくは闇の中から水面へと浮かび上がる。


 その声は、君達なんだな……!


 ケイト! 皆!


 次の瞬間、ぼくは強烈な真っ白な光に包まれた。


 生まれる。


 また、生まれる。



 そう思うと、ぼくは光の中へと溶けこんでいった……。


 

                     *


 

 気がつくと、ぼくはさっきの、タイクニア王家宮殿の執務室の、窓際に立っていた。


 いや、地に足がつかない感覚だった。


 ふと、ぼくの体を見ると、ぼくはわずかに宙に浮かんでいて、青白い炎に包まれていた。


 そして、周りを見る。


 ケイトが。


 姫巫女達が、驚きを隠せない表情でぼくを見ていた。


 なんでだよ。


 ぼくだって、君が死んだと思っていたのに。びっくりだよ。


 ケイトの胸元には、青い光が輝いていた。


 金細工の施された、青い水晶が放つ柔らかく青白い光だ。


 そしてその光源を、もうひとつ感じ、そちらの方を見る。


 銃弾を受け、倒れたルイム十六世の胸元で、ケイトのものと同じ意匠のペンダントから、同じ光が輝いていた。


 と、その光が強くなったかと思うと、二つのペンダントの鎖が外れた。


 ふわふわと浮かんで漂い出す。


 漂いながら、ぼくの方へと向かって飛んでいき──。


 ぼくの体の中へと、入っていった。


 そして目の前の術式表示に、情報表示枠が現れる。


「世界情報制御機構を導入いたしますか? ……もちろんだよね? はい」


 また選択の余地はないのかよ。


 そんなことを思いつつ、はいを押す。


 展開される大量の術式。


 その痛みは相変わらずだけど、耐えられないものではない。


 しばらくして、導入が終わりましたとの表示。


 すぐに起動させる。


 その瞬間。周りにたくさんの表示枠が出現する。思わずめまいがする。


「なんだこれは……」


 思わずつぶやく。


 そのつぶやきに、苦しみながら応える声があった。


 ルイム十六世だった。


「それが、<ツール>だよ……。世界の情報を、制御し、完全な状態で、データが、有るなら、世界を、創造することさえ、できる……」


「今治療いたします!」


 神官の巫女の一人が慌てて駆け寄る。


 が、ジョン・ドゥはそれを制止する。


「いい……。君達は。私を、暗殺しに、来た、のだろう……?」


 その言葉に、巫女の手が止まる。


 ジョン・ドゥが死を受け入れたのを、知ったのだろう。


 巫女の動作を見たジョン・ドゥは、力なく笑って言った。


「執務机の、引き出しを、見てみるといい……。そこに、様々な、ツール用の、データや、呪文などが、収められた、クリスタルが、ある。使うといい……」


 シュレナ達が、大急ぎで机の引き出しを探る。


 彼女が顔を上げ、何かを見つけた様子で、ぼくに頷いた。


 それを見届けると、ジョン・ドゥは口から血を吐き出しながら笑う。


「これでいい……。これで、私は、みんなの、も、と……」


 最後まで言い終わることはなく、世界の虐殺者は、事切れた。


 クレリックの巫女が、死者に手向ける聖句をつぶやく。


 ぼくらは輪唱するように、それぞれの宗教の、死者への聖句をつぶやいた。


 そして、ジョン・ドゥの死体の腕を、胸の前で組ませる。


 これでよかったのだろうか。


 これで世界は救われたというのか。


 ぼくは、物言わぬ簒奪王の姿を見ながら、どこかやりきれないものを感じていた。


 それにしても。


「それにしても、ぼくは……。ケイト、君はどうして蘇ったんだ……」


「わかりません。ただ、爆発のあと、急に二つのペンダントが輝きだして……」


 巫女の一人が、本当に訳がわからないという顔で答える。


 その顔を見て、ぼくは納得がいった。わからないということに。


 しばらく、執務室を沈黙が支配した。


 外では相変わらず、術法の投射音や爆発音などが鳴り響いていた。


 爆発音の間隔は断続的に続き、激しさを増している。


 その音は、世界が滅ぶ時に奏でられる音楽にも思えた。


 いや事実、この世界は滅ぶのだろう。


 ならば。


 新しい世界を、創るべきだ。


 その時、机を探していたシュレナが、いくつかの水晶を手渡した。


 この水晶が、ルイム十六世が言っていた「データ」などなのだろう。


 ぼくが頷くと、その水晶は生きているかの上にぼくの体の中へと吸い込まれる。


 そして導入の表示。はいを押し、導入する。


 心地良い痛みとともに、<ツール>用のデータがインストールされる。


 目の前の導術表示に、様々な情報が表示される。


 それをひと通り見渡した後、ぼくは一つ首を縦に振った。


 これで、ぼくは。


 夢を、叶えられる。集めた夢を、現実にできる。


 ぼくは、ケイトに向かって言った。


「ケイト、君は世界を創りたい、夢を集めて、現実にしたいと言っていたよね」


「え?」


 いきなりそう言われ、面食らった表情をしたケイトだったが、すぐに思い出すと言った。


「え、ええ。わたくし、願っていました。新しい世界を創って、そこに行きたい、と」


「じゃあ行こう。その新しい世界に。ぼくと、君と、みんなで」


「え、行けるのですか……」


 ケイトの瞳は、喜び以上の何かをたたえていた。


 ぼくの瞳も、同じようなものを持っているに違いない。


「ああ」


 そう言ってぼくはケイトを抱きしめ、キスをした。


 ぼくとケイト、そして姫巫女達の間から、白い光が生まれ、あたりを満たす。



 その光は、新世界を創造する叡智の光だと、ぼくは知っていた──。



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