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 第三部




「やあ、ディレン」


 ぼくは学友に挨拶するような声で言った。


「何もかも知ったよ。憎むべき暗殺対象の手でね」


「知ってしまいましたか」


 燃え盛るパリスの街の夜空を背景に、ディレンは笑った。


「ならば、なおさらこちらに来てもらえませんかねえ。俺達のクラブ、秘密主義なんすよ」


「秘密主義ね。その秘密主義を傘に、世界を操ってたというわけか。そしてぼくをこんな姿にした」


「おや、その口ぶり、入会お断りというわけですかい?」


「当たり前だ。ぼくを利用して、人を殺し、殺そうとした。そんなの御免だ」


「それって、任務放棄というわけですかい? ならますます許してはおけませんや」


 ディレンが片手で杖銃を構える。


ぼくらは、声が届く程度には離れて向かい合っていた。


 術法を撃たれても、回避できる時間はあるし、防御術法も間に合う。


 ぼくはゆっくりと、自信ある声で言う。


「いや、ぼくはルイム十六世を、ジョン・ドゥを暗殺する。これはぼくの意志だ。この仕事はぼくがやる」


「あらあ、人形に自立意識が芽生えちゃいましたか……。こりゃいけませんな」


 言いながらディレンは、空いている方の片手で、小箱から何かを取り出した。


 そしてその小さな箱のようなものについた鈕を押す。


「処分しないと」



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い




 全身に、耐え切れないほどの痛みが走る。


 ぼくは、地面に転がった。


「こ、れ、は……」


「こいつはあんた用の身体妨害装置でさあ。あんたの体に痛みを走らせることで、あんたの動きを妨害する、ってわけさね」


「ジャービス!」


 ケイトの悲鳴。一斉に杖銃を構える音。


「じゃ、さよなら」


 銃声。


 その時だった。直近で強烈な光。術法が吸収される音。


 かろうじて眼を開けると、ぼくらを、術法の光の壁が覆っている。


「助けに参りました、救世主メッシア様!」


 多数の足音、金属同士のぶつかる音。


 雑多な音と共に、ぼくは誰かに起こされる。


 そばを見ると姫巫女が二人、ぼくを支えていた。


 その内の一人は、昼間、ぼくらと行動を共にした姫巫女の一人だ。


 あの時よりさらに武装した姫巫女が、やわらかな顔でぼくに向かって言う。


「この御恩、体でお支払いいたしますと、言ったでしょう?」


 そう言って、その巫女姫は笑った。


 そういうことか。ぼくは下のほうかと、てっきり。それよりも、だ。今は戦わなければ。


 前を見ると、大勢の姫巫女達が、ぼくとディレン達の間を遮っていた。


 姫巫女達は、術導仕掛けの強化鎧や装束などに身を包んでいた。


 手には大剣や大型の杖銃や盾などを持っている。


「あたしらは救世主メッシア様の姫巫女衆さっ! 救世主様の敵よ、あたしらを恐れぬならば、かかってきやがれ!」


 武装した姫巫女の一人が勇ましく叫ぶ。長い黒髪。蛇のように細く逞しい体。


 シュレナだ。


 そのときの声を聞き、その数を見て、


「ちっ、ここは退くしかねえな……。撤退だ!」


 ディレンがそう言うと、特殊部隊の騎士達は何かを投げた。


 その何かが眩しく光り、煙などを同時に撒き散らす。その閃光にぼくらは、目を細める。


 一瞬の後、ディレン達は、逃げ出していた。


救世主メッシアさま、追いますか?」


「いや、いい。またあとで会えるだろうし。その時こそ、決着をつけるさ」


 尋ねてきた武闘派系神格の〈聖騎士パラディン〉の巫女に、ぼくは自分につぶやくように言った。


「それより、早く宮殿に突入しないと」


 立ち上がったぼくは、巫女達といくらか会話をし、今の状況を整理した。


 パリスの術法管理機構は、ディレン達により機能を停止し、街では革命勢力や反政府勢力が一斉蜂起した。


 街では革命の波が激しさを増している。それはある意味、自殺的であった。


 そして国の内外でも、危機は迫っていた。


 巫女達が言うには、各国で戦闘が激化しているらしい。


 一部では、戦略級の術法が使用されたとも言われている。


 まるで、世界の終わりの始まりのようだ。


 そこでぼくとケイトは、この戦乱の首謀者である、ジョン・ドゥとルイム十六世を暗殺すべく、王室の宮殿に侵入しなければならない。


 だがそう簡単には、宮殿に入れそうもなかった。


 そこでケイトが、地下の迷宮を通って宮殿に侵入する方法を提案してきた。


 ぼくは、そうしようかと思うけれども。


 ぼくは、周囲であたりを監視している、大勢の姫巫女メイデン達の姿を見た。


見ると、巫女達の多くは、自分がクロヴィスだった頃に本を読んで知った、伝説の武具や防具や道具を身につけていた。


 さらに、タイクニアの各工廠で開発中だったドレッドノートの術導鎧などを装備している。


 まさに、伝説武具や新型兵器の博覧会じゃないか。


 どれもレプリカに近い存在だけど、能力などは本物と同じ筈。


 たしかこれらの武具は、タイクニア王国の武器庫などに、封印されてたはず。


 ともかく。巫女達は武装しているけれども、強いけれども。


 この巫女達を、巻き込んでもいいものだろうか。


 そう迷っていたその時、一人の巫女が、ぼくの前に進み出た。


 シュレナだ。


 その長い黒髪と蛇のような美しさを持った美女は、神妙な面持ちでぼくを見つめる。


「救世主様。今迷っているんだろ? 自分の戦いに、あたし達を連れて行っていいものかと」


「……そうだ」


「ならば、お連れになって」シュレナは、真っ直ぐな目で言った。「あたし達の力を存分に使ってよ。それが、救世主メッシアさまに仕える巫女の役目なのさ。あたし達は、その過程で受ける痛みや辛さの覚悟は、できている」


 その表情には、嘘がなかった。言葉通りの、覚悟を秘めた顔だった。


 ならば、その多様性を持った力達を借りたほうが、借りないよりもずっと目標は達成しやすいだろう。


 よし。徹底的に、すべての力を使いこなそう。


「わかった。皆も、一緒に連れて行く。……こんなぼくのわがままに、これから、いや、一生付き合ってもらうけど、いいかい?」


 ぼくの言葉に、シュレナはわずかに目に何かの感情を浮かべながら応えた。


「……構いませんとも、救世主さま。あたしらパンテオンの巫女達は、そのために居るのですから」


 その言葉に、巫女達の間からわあっ、と歓声が上がる。


 待ち望んでいたのか。この時を。いい笑顔だ。


 女の子がぼくのために皆笑顔でいるのは、やっぱり、気持ちがいい。


 うん。連れて行くことにしてよかったな。


 そんなことを思っていると。


「……というわけで、救世主さま。契約の儀式をいたししましょうか?」


 シュレナがそう言うと、突然、脳内術導表示に何やら表示が出た。


「〈巫女契約術式〉を導入いたしますか? はい」


 はい、だけって。選択の余地ないじゃないか。


 そんなことを思いつつ、はいの鈕を脳内で押す。


 すると、何やら大量の術式が、脳内に流れ込んできた。


 一つの術式だけじゃなかったのかおい。ものすごい術式の量だ。


 大量の術式が脳内で展開され、脳が痛くなる。いてて……。


 しばらくその痛みに耐えていると、


「術式の導入が終了いたしました」


 と表示が出ては消え、なにやら、術式が起動し始めた。


 それも一つではない、多数の術式だ。


 これらの術式って。ぼくは術導表示を操作し、確認する。


 巫女達の頭の上に、何やら紋章とか表示されてる。


 それに目を合わせると、何かの意味を持った数字や、体を単純化したものなどが表示された。


 名前などが神殿ごとに表示されている。


 ふむ。これで大量にいる巫女達を管理できるというわけか、と思った時。


 下の方の表示枠に、


「救世主さま、見えますかー?」


「はいはーい! 救世主さまー。元気ー?」


「テステス」


「類人猿様、私の書いた文字がお見えになりますでしょうか?」


 などという文字術式通信が。


「見えるよ」


 と文字を入力すると、今度は脳内に、


「救世主さまー、聞こえますかー?」


「お聞こえになりますか-?」


「フフッ、あたしの声、よく聞こえる?」


「類人猿様、聞こえていますわね?」


 脳内術式通信が聞こえてきた。


「なるほど。この大量の術式は、巫女達を管理するためにあるのか」


 と脳内でつぶやくと、巫女の一人の顔が表示され、


「それだけじゃあありませんっ。救世主さまご自身の術法をご覧くださいませっ」


 と告げる。


 自分自身の術法……。


 と首をひねりながら、術導表示で、自分が脳内に記憶している、術法の項目を表示する。


 すると、明らかに術法が増えていた。それも大量に増えていた。


「これは」


「はいっ。契約時に、救世主さまにわたし達の覚えている術法を、導入させていただきましたっ。同時に、それらの術法を使えるようにする術式も導入いたしましたっ。剣術なども同様ですっ」


 ということは、ぼくは強化されたということか。


「はいっ」


 巫女が笑顔で答える。


 なるほどね。

 これなら、ジョン・ドゥ達とも対抗できそうだ。


 ぼくは、導術表示を色々と切り替えながら、右手を開いたり閉じたりする。


「ありがとう。大いに助かるよ」


「どういたしましてっ」巫女達が声を揃え、ぼくに頭を下げた。


 ぼくは巫女達を改めて見渡した。


 巫女達は、男の匂いをいくつもまとわせた、まさに遊女という女から、まだまだ初々しい少女まで、様々だった。


 しかし彼女らに共通しているのは、ぼくとケイト、神々と人々、そして世界のために戦うという、忠誠心と覚悟だった。


 巫女達はお互いに様々な術法をかけあい、自らの能力を強化・補強していた。


 時折、その術法の効果がぼくにも及び、様々な力が流れてくるのを感じる。


 うん、力がみなぎってくる。まるで食事を沢山摂った時のようだ。


 ふと、そばにいるケイトに視線を合わせると、彼女も契約済みのようだった。


 長距離通信術を持った巫女を使い、誰かと通信している様子だ。


 誰だろう、と思ったが、まあ後で教えてくれるだろうと思い、遠くを見る。


 街は未だに燃えていた。鬨の声も続いている。


 早くしないと、パリスの街は灰燼と化すだろう。準備を終えたら、早く突入しないと。


 そんな時、ふとくだらないことが思い浮かんだ。


 これから名前を、どうしよう。自分はジャーヴィス王子なのか。クロヴィス王子なのか。


 体はジャーヴィス王子だけれども、魂はクロヴィス王子。そしてどちらでもない心。


 ぼくは、どちらを名乗るべきなのだろう。


 その時だった。通信を終えたらしいケイトが、ぼくの顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「これから、ジャーヴィスとクロヴィス。どちらを名乗ろうか悩んでいたんだ」


「そうね。そうだわ。両方の名前の下の部分をとって、ヴィス。ヴィス・シルバっていうのはどうかしら?」


「ヴィス、か……。いいかもね」


「じゃあ、決まりね」


 案外、たやすく決まってしまった。


 ぼくはこれから、ヴィス・シルバとでも名乗ることにしよう。


「さて、行こうか。入り口は?」


 ぼくは遊びに行くような声で言った。とても暗殺をしに行くような声じゃないな。と我ながら思う。


「あちらですわ」


 ケイトの返事とともに、矢印が視界に表示される。


 そこは神殿街の入り口とは逆の、奥の方を指していた。


 ぼくはその方向へと、一歩足を踏み出した。


 さて、始めよう。世界を救う暗殺とやらを。



                     *




 地下に入るなり、ぼくらは意外な再会を果たした。


 いや、それは必然であったけれども。


「ジャーヴィス王子、ケイティニア姉上。お待ちしておりました。これより我々は殿下らとともに行動し、ご支援いたします」


「ザウエナード皇太子殿下……」


〈術法光〉の術法で照らされた、地下の隧道で出会ったのは。


 昨日ぼくらが助けた、ルイム十五世の息子であり、ケイトの弟君、ザウエナード皇太子と、その侍従達。そしてその親衛軍であった。


「先程ケイトが通信していたのは、殿下達でしたか」


「おや、姉上にお聞きにならなかったのですか?」


「誰かと話しているのは知っていたけど、誰と話しているかは、あとで聞こうかと思ってたのでね。あと、誰に会うのか、予想して気持ちを高揚させたかったのでね」


 余裕風吹かせてそう答えると、ケイトが術式通信で枠内の顔をしかめながら言う。


「ただ単に聞くのを忘れただけでしょう……?」


「そんなことないってば……」


 弁明を言いながら、もう一方でザウエナード皇太子に言う。


「ともかく、ご支援感謝いたします。皇太子殿下。で、王宮の位置は」


「距離的にはさほど遠くないはずです。ジャーヴィス殿下。ですが、王宮へのルートの重要な地点では、簒奪王の機械兵や機械兵器が展開しており、戦闘は避けられない様子です」


「なるほどね……。それは巫女達にも説明して欲しい。我が方でも偵察して、状況を確認し、情報を整理する。作戦は移動しつつ、検討しよう」


「了解いたしました。殿下。……姉上と、仲が良さそうですね。見習いたいものです」


 見ると、ザウエナード皇太子の周りにも、武装した女性達が控えていた。


 あれは、皇太子の巫女達か。


「なかなかの美少女達じゃないか」


 納得したぼくは皇太子の肩を叩いた。


「君の方がよくやって行けると思うよ」


「そうですかね。なかなか癖が強い娘達で、苦労させられております」


「苦労したほうが、仲の良い相方でいられると思うよ。……さて、行こうか」


「ええ」


 ぼくはザウエナード達から離れると、巫女達に移動開始の号令をかけた。


 そのときだった。


「パルテナ! みんな!」


 ケイトが大きな声を上げ、洞窟のある方を見た。


 見ると、暗闇の中からたくさんの女性達が駆け寄ってきた。先頭の女の長い黒髪が揺れる。


「ケイティニア王女様! ご無事でしたか!」「王女様!」「お元気でおられましたか……」


「あの人達は」


「わたくしの侍女達よ。生きてたのね、よかった……」


 ケイトは侍女達に取り囲まれ、お互い挨拶したり、抱き合ったりした。


 それから、侍女達は一斉に跪き、先の長い黒髪の、大人びた眼鏡の侍女が告げる。


「王女様。これより我々も行動を共に致します。私達は粉骨砕身して、王女様をお守りいたします」


 どうやらパルテナという娘が、ケイトの侍女長らしい。


「わかったわ。ありがとう……」


 ケイトの目が緩む。


 見れば、彼女らも剣や杖銃など、それなりの装備をしているようだ。


 戦力としては巫女達に劣るかもしれないが、王宮の案内など、色々と役に立つだろう。



 ぼくは、ケイトの侍女達が行動を共にすることを許可し、進軍を開始した。



                     *



「救世主さま、こちら第二偵察隊。情報通り、三区画先に敵機械兵大隊を確認」


「よし、部隊を派遣する。そのまま待っててくれ」


 ぼくは会話表示枠を開き、〈瞬間移動術士ウェイファーラー〉を呼び出す。


「瞬間移動術士、主力部隊を前線までテレポートさせてくれ」


「了解いたしました。救世主メッシアさま」


 ぼくらは術法陣に囲まれ、景色が変わる。


 次の瞬間には、遠くに影がうごめいている風景に変わっていた。


 ぼくらのそばで待機していた、<盗賊>の偵察隊隊長巫女に、文字会話で話しかける。


「あれか」


「はい。情報通りに、巡回行動をしております」


「素直に通してはくれなさそうだな……。突撃準備!」


「了解!」


 周囲で武器を構える、重装備の巫女達。ぼくは、静かに機会を図る。


「三……、二……、一……。行け!」


 次の瞬間、術法士の巫女の一人が、大規模な電気術法を投射する。


 網のような雷撃に触れ、次々と感電する機械兵達。


 別の術法士が、威力を最大化させた大火球の術法を撃ちだす。


 爆発。数体の機械兵が吹き飛ばされる。


 その爆発を合図に、隠れていた巫女達は突撃した。



 ぼくらは、<森僧ドルイド>や<召喚士>などの召喚系のしもべ、<野伏レンジャー>や<偵察兵スカウト>の職能を持つ巫女、その上級職などの偵察部隊の偵察や、ザウエナード達がもたらしてくれた情報により、宮殿への最短距離を算出した。


 それでも、幾度かの戦闘は不可避だった。


 転移術法で宮殿真下に行くのは、敵部隊の中に術法士がいて、術法妨害術法を持っているらしいと推測できたので、それは危険だった。


 そこで、いくつかの偵察部隊を先行させ、敵部隊や障害と接触した場合、その敵や障害にあった巫女達でそれらを排除していく、という方式を取った。


 武器戦闘系や術法戦闘系、支援系の巫女や、その上級職の巫女達が戦闘の主力だ。


 戦術は極めて単純だった。先手を取り、巫女達の大火力で押しつぶす。それだけだった。


 それだけだったが、効果は絶大だった。



「状況、終了しました」


 幾条も昇る煙の中、巫女達が報告する。


 敵は全滅していた。


 まったく、これだけの威力を持つ術法群が封印されてたなんて。


 ある意味で、パリスの街に術法制御塔が設置されていたのは、正しかったのかもしれない。


 そんなことを思いながらも、ぼくは告げた。


「よし、急ぐぞ! 進軍再開! 早く宮殿下を確保するんだ!」


「はいっ!」


 巫女達の、元気な了解が返ってきた。


 同時に、戦闘に参加した主力部隊と偵察隊を下がらせ、別の主力と偵察隊に交代させる。


 こうすることで、戦闘に参加した巫女達を休ませ、負担を下げさせることができた。


 ぼくの巫女達は、一般の軍隊ほど数が多いわけではなかったが、そうするだけの余裕はあった。


 それに、ザウエナード軍の援護もあるので、その点も大いに役立っていた。


 さてぼくは、巫女達を引っ張っていかなきゃ。


 ぼくは心を引き締めて、傍に控えるケイト達に向かって言った。


「時間がなさそうだな。急ごう」


「ええ」


 ぼくは、ケイトと言葉を交わすと、その場を後にした。



                     *



ぼく達は宮殿の近くまで来た。


 迷宮の奥まったところに、大きな階段が一つ上の方に伸びている。


 階段はその先、天井で行き止まりになっていた。


 が、ケイトやザウエナードなどの、承認された人間の術法的操作により、その天井が開き、出口となるはずだ。


「メッシアさま。宮殿近くの出口です」


「着いたか。で、状況はどうなっている」


「透視術法で見てみましたが、上はどうやら激戦のさなかみたいですね……」


 術法士の巫女がそう言う間にも、大きな振動が続けざまに降り注ぐ。


 宮殿の近くまで、革命勢力が押し寄せているのか。


 ここは常套通りに行くか。まあ、この戦術、ディレンの受け売りだが。


 ぼくは通信窓枠で、全巫女達に伝える。


「よし、まず入り口から制圧用の術法を投射。続けて防御術式や、盾を装備しているものから順に突入。展開地点を確保してから、本隊を投入する。いいね」


「はいっ! メッシアさま!」


 巫女達の元気な声を聞きながら、ぼくは続ける。


「ケイトの侍女達はここで護衛とともに待機して、術法通信で逐次宮殿内の地図などの情報を送ってほしい。多分ルイム十六世は、執務室あたりにいる。逃げ出していなければの、話だけど」


「了解いたしました。救世主メッシア様」


 それからぼくは、ケイトと数名の巫女とともに、暗い階段を登る。


「いよいよ突入するぞ。守ってあげるけど、気をつけてな」


「はい、あなたこそ」


 その言葉に、ぼくは内心どきりとした。


 あなた、とケイトはぼくのことをはじめてそう呼んでくれたのだ。


 そんなぼくに、ケイトはただ微笑んだ後、天井を見上げ、真剣な表情になる。


「さて、これから出口の封印を解除いたします」


「投射班、術法用意」


「了解」


 ケイトが天井近くまで昇る。その後ろで、術法士達が呪文詠唱動作に入る。


 そのさらに後ろに控えるのは、機甲剣士や聖騎士、騎士、戦士達。


 その間に何度も、巨人が集団で歩く時のような音と震えが降る。


 ケイトは天井に触れ、何事か囁く。まるで睦言の囁きのようだ。


 さて、いよいよだ。


 囁きが終わった瞬間、ケイトは勢い良く天井から離れ、術法士達の後ろへと下がる。


 その間に、石の天井が幽霊が消えるときのように消えていく。


 代わりに黒煙に汚された朝焼けの空が見えてきた。地獄にも空があるのだとふと思った。


「今だ、投射!」


 ぼくは、遊戯の投擲で的に当てろと指示するかのように叫んだ。


 その一言で、既に詠唱を終えていた術法士達が一斉に術法を投射する。


 光が、一斉に放たれる。光の尾が、四方八方へと飛んでゆく。


 続けざまに、爆発の轟音と、爆風、振動が入り口へと雪崩れ込む。


 ぼくはそれを無視するかのように、


「突入班、突入!」


 と叫ぶ。その一言で機械の鎧に包まれた、乙女の機甲剣士達が入り口へと殺到する。


 突入班には、戦士や騎士系だけでなく、防御系の術法を専門とする術法士の巫女なども加わっている。


 彼女らが術法を帯びた盾、あるいは術力や召喚した壁などを構築し、入口付近を確保する。


 程なくして、


「突入班、突入口周辺の安全確保しました!」


 という術法通信が流れてきた。ぼくはその報告を聞き、


「よし、本隊突入!」


 大きな身振りで、後ろに控えていた巫女達を促し、突入開始を告げる。


 ぼくとケイトは階段を登りきった。山を登りきった時のように。


 周りはすっかり高い壁で覆われ、まるで小さな城塞と化していた。


 その壁が術法士達によって、少しずつ前進し、範囲を広げてゆく。


 後ろから、次々と完全装備の巫女達と、ザウエナード軍の兵士達が雪崩れ込んでくる。


 それぞれ武器などを構え、壁などの隙間から術法などを放つ。


 ここの安全は確保できたな。さて、地図を確認しよう。


 窓枠で地図を確認すると、宮殿の庭の隅の方に、この隠された入り口は存在していた。


 王族などの緊急脱出用にだ。


 実際、ケイトやザウエナード達がこの入口を使って、宮殿の外へと逃れたのだ。


 近くには宮殿の裏口があり、そこから宮殿内へと侵入できる。


 だが、簒奪王側、革命側ともそこは重視していて、攻防戦が展開されている一箇所になっていた。


 なのでここは今や、術法飛び交う激戦区と化していた。


 ぼくは壁の隙間からその入口の方を見た。


 数多くの機械兵達が、入り口を守りながら銃撃の雨を浴びせていた。


 まともな方法では近づけそうにない。


 ここは。ケイトに謝っておくか。


 ぼくはそばにいるケイトに向かい、言った。


「ケイト。君の宮殿をちょっと壊すけど、いいかい……」


「え? ち、ちょっとだけなら……」


 恐る恐る答えるケイト。


 そんなケイトに、ぼくはニッコリと笑う。


 よし、言質は取った。


 ぼくは術力を込め、剣状態の術導銃を振り上げる。


 そして、一気に振り下ろした。


 次の瞬間、前を守っていた壁ごと、嵐のような電撃を纏った術力と衝撃波が飛んでゆく。


 その衝撃波は、宮殿の裏口付近ごと、機械兵の群れをぶち壊した。


 もうもうと上がる煙。焼き焦げる臭いが一斉にぼくらを襲う。


 それを見るや否や、ぼくと巫女達は一斉に、かつて裏口だった方へに向かって走りだす。


 後を追いながら、ケイトが悲鳴を上げる。


「ちょっと、ちょっとだけって言ったでしょおー!?」


「だからちょっとだけって言った……」


「あなたのちょっと、って、一体どれくらいの規模よ!?」


「ピズザ一皿ぶんぐらいかな。本音言えばおかわりしたかった」


「あれ、本当に美味しかったんだ」


「当たり前だ。君が選んでくれたピズザだからな」


「たく。ヴィスのバカ……」


「気をつけろ。次の小隊が来たぞ。またピズザ一緒に喰おうな」


「それよりも宮殿の壊れたぶんあとで直してよね! 弁償よ!」


「ジョン・ドゥに弁償代を請求するさ。……行くぞ」


 ぼくらは空けた突入口付近を確保。


 そこに主力部隊を突入させる。


 壁部隊が壁を展開しながら、術法部隊や戦闘部隊が機械兵と戦闘し、排除していく。


 瓦礫だらけの床に足を踏み入れる。


 ぼくはあたりを一瞬見渡した。


 きれいな白を基調とした壁に、大きなガラスの窓。


 あちらこちらに飾られた彫刻や絵画。


 平和なときに訪れたら、とても綺麗で、平穏な場所だろう。


 しかしそんな感傷に浸っている暇はなかった。


 ぼくは剣をふるい、杖銃を構える機械兵達を吹き飛ばす。


「王の執務室は」


「三階です」


 突入口の地下で待機しているケイトの侍女の一人が答える。


「ヴィス様の近くに大階段がありますので、それを登ればすぐです」


 ぼくはあたりを見る。遠くに大階段のサルレー《ホール》があった。


 そこは数多くの機械兵達が、卓や椅子などを積み上げて守っていた。


 あの階段を登っていけば、執務室はすぐらしい。


「わかった。火力を集中して、そこへの順路を確保する。ありがとう」


 ぼくは通信を終え、展開する壁の間から、大階段の方を見た。


 あそこに行けば、ルイム十六世に会える。


 そして……。


 ぼくはあることを確信しながら、術導銃に術法の弾薬を装填し、次の敵へと構える。


 これで、終わらせる。


 なにも、かも。



                     *


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