13
第三部
「やあ、ディレン」
ぼくは学友に挨拶するような声で言った。
「何もかも知ったよ。憎むべき暗殺対象の手でね」
「知ってしまいましたか」
燃え盛るパリスの街の夜空を背景に、ディレンは笑った。
「ならば、なおさらこちらに来てもらえませんかねえ。俺達のクラブ、秘密主義なんすよ」
「秘密主義ね。その秘密主義を傘に、世界を操ってたというわけか。そしてぼくをこんな姿にした」
「おや、その口ぶり、入会お断りというわけですかい?」
「当たり前だ。ぼくを利用して、人を殺し、殺そうとした。そんなの御免だ」
「それって、任務放棄というわけですかい? ならますます許してはおけませんや」
ディレンが片手で杖銃を構える。
ぼくらは、声が届く程度には離れて向かい合っていた。
術法を撃たれても、回避できる時間はあるし、防御術法も間に合う。
ぼくはゆっくりと、自信ある声で言う。
「いや、ぼくはルイム十六世を、ジョン・ドゥを暗殺する。これはぼくの意志だ。この仕事はぼくがやる」
「あらあ、人形に自立意識が芽生えちゃいましたか……。こりゃいけませんな」
言いながらディレンは、空いている方の片手で、小箱から何かを取り出した。
そしてその小さな箱のようなものについた鈕を押す。
「処分しないと」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
全身に、耐え切れないほどの痛みが走る。
ぼくは、地面に転がった。
「こ、れ、は……」
「こいつはあんた用の身体妨害装置でさあ。あんたの体に痛みを走らせることで、あんたの動きを妨害する、ってわけさね」
「ジャービス!」
ケイトの悲鳴。一斉に杖銃を構える音。
「じゃ、さよなら」
銃声。
その時だった。直近で強烈な光。術法が吸収される音。
かろうじて眼を開けると、ぼくらを、術法の光の壁が覆っている。
「助けに参りました、救世主様!」
多数の足音、金属同士のぶつかる音。
雑多な音と共に、ぼくは誰かに起こされる。
そばを見ると姫巫女が二人、ぼくを支えていた。
その内の一人は、昼間、ぼくらと行動を共にした姫巫女の一人だ。
あの時よりさらに武装した姫巫女が、やわらかな顔でぼくに向かって言う。
「この御恩、体でお支払いいたしますと、言ったでしょう?」
そう言って、その巫女姫は笑った。
そういうことか。ぼくは下のほうかと、てっきり。それよりも、だ。今は戦わなければ。
前を見ると、大勢の姫巫女達が、ぼくとディレン達の間を遮っていた。
姫巫女達は、術導仕掛けの強化鎧や装束などに身を包んでいた。
手には大剣や大型の杖銃や盾などを持っている。
「あたしらは救世主様の姫巫女衆さっ! 救世主様の敵よ、あたしらを恐れぬならば、かかってきやがれ!」
武装した姫巫女の一人が勇ましく叫ぶ。長い黒髪。蛇のように細く逞しい体。
シュレナだ。
そのときの声を聞き、その数を見て、
「ちっ、ここは退くしかねえな……。撤退だ!」
ディレンがそう言うと、特殊部隊の騎士達は何かを投げた。
その何かが眩しく光り、煙などを同時に撒き散らす。その閃光にぼくらは、目を細める。
一瞬の後、ディレン達は、逃げ出していた。
「救世主さま、追いますか?」
「いや、いい。またあとで会えるだろうし。その時こそ、決着をつけるさ」
尋ねてきた武闘派系神格の〈聖騎士〉の巫女に、ぼくは自分につぶやくように言った。
「それより、早く宮殿に突入しないと」
立ち上がったぼくは、巫女達といくらか会話をし、今の状況を整理した。
パリスの術法管理機構は、ディレン達により機能を停止し、街では革命勢力や反政府勢力が一斉蜂起した。
街では革命の波が激しさを増している。それはある意味、自殺的であった。
そして国の内外でも、危機は迫っていた。
巫女達が言うには、各国で戦闘が激化しているらしい。
一部では、戦略級の術法が使用されたとも言われている。
まるで、世界の終わりの始まりのようだ。
そこでぼくとケイトは、この戦乱の首謀者である、ジョン・ドゥとルイム十六世を暗殺すべく、王室の宮殿に侵入しなければならない。
だがそう簡単には、宮殿に入れそうもなかった。
そこでケイトが、地下の迷宮を通って宮殿に侵入する方法を提案してきた。
ぼくは、そうしようかと思うけれども。
ぼくは、周囲であたりを監視している、大勢の姫巫女達の姿を見た。
見ると、巫女達の多くは、自分がクロヴィスだった頃に本を読んで知った、伝説の武具や防具や道具を身につけていた。
さらに、タイクニアの各工廠で開発中だったドレッドノートの術導鎧などを装備している。
まさに、伝説武具や新型兵器の博覧会じゃないか。
どれもレプリカに近い存在だけど、能力などは本物と同じ筈。
たしかこれらの武具は、タイクニア王国の武器庫などに、封印されてたはず。
ともかく。巫女達は武装しているけれども、強いけれども。
この巫女達を、巻き込んでもいいものだろうか。
そう迷っていたその時、一人の巫女が、ぼくの前に進み出た。
シュレナだ。
その長い黒髪と蛇のような美しさを持った美女は、神妙な面持ちでぼくを見つめる。
「救世主様。今迷っているんだろ? 自分の戦いに、あたし達を連れて行っていいものかと」
「……そうだ」
「ならば、お連れになって」シュレナは、真っ直ぐな目で言った。「あたし達の力を存分に使ってよ。それが、救世主さまに仕える巫女の役目なのさ。あたし達は、その過程で受ける痛みや辛さの覚悟は、できている」
その表情には、嘘がなかった。言葉通りの、覚悟を秘めた顔だった。
ならば、その多様性を持った力達を借りたほうが、借りないよりもずっと目標は達成しやすいだろう。
よし。徹底的に、すべての力を使いこなそう。
「わかった。皆も、一緒に連れて行く。……こんなぼくのわがままに、これから、いや、一生付き合ってもらうけど、いいかい?」
ぼくの言葉に、シュレナはわずかに目に何かの感情を浮かべながら応えた。
「……構いませんとも、救世主さま。あたしらパンテオンの巫女達は、そのために居るのですから」
その言葉に、巫女達の間からわあっ、と歓声が上がる。
待ち望んでいたのか。この時を。いい笑顔だ。
女の子がぼくのために皆笑顔でいるのは、やっぱり、気持ちがいい。
うん。連れて行くことにしてよかったな。
そんなことを思っていると。
「……というわけで、救世主さま。契約の儀式をいたししましょうか?」
シュレナがそう言うと、突然、脳内術導表示に何やら表示が出た。
「〈巫女契約術式〉を導入いたしますか? はい」
はい、だけって。選択の余地ないじゃないか。
そんなことを思いつつ、はいの鈕を脳内で押す。
すると、何やら大量の術式が、脳内に流れ込んできた。
一つの術式だけじゃなかったのかおい。ものすごい術式の量だ。
大量の術式が脳内で展開され、脳が痛くなる。いてて……。
しばらくその痛みに耐えていると、
「術式の導入が終了いたしました」
と表示が出ては消え、なにやら、術式が起動し始めた。
それも一つではない、多数の術式だ。
これらの術式って。ぼくは術導表示を操作し、確認する。
巫女達の頭の上に、何やら紋章とか表示されてる。
それに目を合わせると、何かの意味を持った数字や、体を単純化したものなどが表示された。
名前などが神殿ごとに表示されている。
ふむ。これで大量にいる巫女達を管理できるというわけか、と思った時。
下の方の表示枠に、
「救世主さま、見えますかー?」
「はいはーい! 救世主さまー。元気ー?」
「テステス」
「類人猿様、私の書いた文字がお見えになりますでしょうか?」
などという文字術式通信が。
「見えるよ」
と文字を入力すると、今度は脳内に、
「救世主さまー、聞こえますかー?」
「お聞こえになりますか-?」
「フフッ、あたしの声、よく聞こえる?」
「類人猿様、聞こえていますわね?」
脳内術式通信が聞こえてきた。
「なるほど。この大量の術式は、巫女達を管理するためにあるのか」
と脳内でつぶやくと、巫女の一人の顔が表示され、
「それだけじゃあありませんっ。救世主さまご自身の術法をご覧くださいませっ」
と告げる。
自分自身の術法……。
と首をひねりながら、術導表示で、自分が脳内に記憶している、術法の項目を表示する。
すると、明らかに術法が増えていた。それも大量に増えていた。
「これは」
「はいっ。契約時に、救世主さまにわたし達の覚えている術法を、導入させていただきましたっ。同時に、それらの術法を使えるようにする術式も導入いたしましたっ。剣術なども同様ですっ」
ということは、ぼくは強化されたということか。
「はいっ」
巫女が笑顔で答える。
なるほどね。
これなら、ジョン・ドゥ達とも対抗できそうだ。
ぼくは、導術表示を色々と切り替えながら、右手を開いたり閉じたりする。
「ありがとう。大いに助かるよ」
「どういたしましてっ」巫女達が声を揃え、ぼくに頭を下げた。
ぼくは巫女達を改めて見渡した。
巫女達は、男の匂いをいくつもまとわせた、まさに遊女という女から、まだまだ初々しい少女まで、様々だった。
しかし彼女らに共通しているのは、ぼくとケイト、神々と人々、そして世界のために戦うという、忠誠心と覚悟だった。
巫女達はお互いに様々な術法をかけあい、自らの能力を強化・補強していた。
時折、その術法の効果がぼくにも及び、様々な力が流れてくるのを感じる。
うん、力がみなぎってくる。まるで食事を沢山摂った時のようだ。
ふと、そばにいるケイトに視線を合わせると、彼女も契約済みのようだった。
長距離通信術を持った巫女を使い、誰かと通信している様子だ。
誰だろう、と思ったが、まあ後で教えてくれるだろうと思い、遠くを見る。
街は未だに燃えていた。鬨の声も続いている。
早くしないと、パリスの街は灰燼と化すだろう。準備を終えたら、早く突入しないと。
そんな時、ふとくだらないことが思い浮かんだ。
これから名前を、どうしよう。自分はジャーヴィス王子なのか。クロヴィス王子なのか。
体はジャーヴィス王子だけれども、魂はクロヴィス王子。そしてどちらでもない心。
ぼくは、どちらを名乗るべきなのだろう。
その時だった。通信を終えたらしいケイトが、ぼくの顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「これから、ジャーヴィスとクロヴィス。どちらを名乗ろうか悩んでいたんだ」
「そうね。そうだわ。両方の名前の下の部分をとって、ヴィス。ヴィス・シルバっていうのはどうかしら?」
「ヴィス、か……。いいかもね」
「じゃあ、決まりね」
案外、たやすく決まってしまった。
ぼくはこれから、ヴィス・シルバとでも名乗ることにしよう。
「さて、行こうか。入り口は?」
ぼくは遊びに行くような声で言った。とても暗殺をしに行くような声じゃないな。と我ながら思う。
「あちらですわ」
ケイトの返事とともに、矢印が視界に表示される。
そこは神殿街の入り口とは逆の、奥の方を指していた。
ぼくはその方向へと、一歩足を踏み出した。
さて、始めよう。世界を救う暗殺とやらを。
*
地下に入るなり、ぼくらは意外な再会を果たした。
いや、それは必然であったけれども。
「ジャーヴィス王子、ケイティニア姉上。お待ちしておりました。これより我々は殿下らとともに行動し、ご支援いたします」
「ザウエナード皇太子殿下……」
〈術法光〉の術法で照らされた、地下の隧道で出会ったのは。
昨日ぼくらが助けた、ルイム十五世の息子であり、ケイトの弟君、ザウエナード皇太子と、その侍従達。そしてその親衛軍であった。
「先程ケイトが通信していたのは、殿下達でしたか」
「おや、姉上にお聞きにならなかったのですか?」
「誰かと話しているのは知っていたけど、誰と話しているかは、あとで聞こうかと思ってたのでね。あと、誰に会うのか、予想して気持ちを高揚させたかったのでね」
余裕風吹かせてそう答えると、ケイトが術式通信で枠内の顔をしかめながら言う。
「ただ単に聞くのを忘れただけでしょう……?」
「そんなことないってば……」
弁明を言いながら、もう一方でザウエナード皇太子に言う。
「ともかく、ご支援感謝いたします。皇太子殿下。で、王宮の位置は」
「距離的にはさほど遠くないはずです。ジャーヴィス殿下。ですが、王宮へのルートの重要な地点では、簒奪王の機械兵や機械兵器が展開しており、戦闘は避けられない様子です」
「なるほどね……。それは巫女達にも説明して欲しい。我が方でも偵察して、状況を確認し、情報を整理する。作戦は移動しつつ、検討しよう」
「了解いたしました。殿下。……姉上と、仲が良さそうですね。見習いたいものです」
見ると、ザウエナード皇太子の周りにも、武装した女性達が控えていた。
あれは、皇太子の巫女達か。
「なかなかの美少女達じゃないか」
納得したぼくは皇太子の肩を叩いた。
「君の方がよくやって行けると思うよ」
「そうですかね。なかなか癖が強い娘達で、苦労させられております」
「苦労したほうが、仲の良い相方でいられると思うよ。……さて、行こうか」
「ええ」
ぼくはザウエナード達から離れると、巫女達に移動開始の号令をかけた。
そのときだった。
「パルテナ! みんな!」
ケイトが大きな声を上げ、洞窟のある方を見た。
見ると、暗闇の中からたくさんの女性達が駆け寄ってきた。先頭の女の長い黒髪が揺れる。
「ケイティニア王女様! ご無事でしたか!」「王女様!」「お元気でおられましたか……」
「あの人達は」
「わたくしの侍女達よ。生きてたのね、よかった……」
ケイトは侍女達に取り囲まれ、お互い挨拶したり、抱き合ったりした。
それから、侍女達は一斉に跪き、先の長い黒髪の、大人びた眼鏡の侍女が告げる。
「王女様。これより我々も行動を共に致します。私達は粉骨砕身して、王女様をお守りいたします」
どうやらパルテナという娘が、ケイトの侍女長らしい。
「わかったわ。ありがとう……」
ケイトの目が緩む。
見れば、彼女らも剣や杖銃など、それなりの装備をしているようだ。
戦力としては巫女達に劣るかもしれないが、王宮の案内など、色々と役に立つだろう。
ぼくは、ケイトの侍女達が行動を共にすることを許可し、進軍を開始した。
*
「救世主さま、こちら第二偵察隊。情報通り、三区画先に敵機械兵大隊を確認」
「よし、部隊を派遣する。そのまま待っててくれ」
ぼくは会話表示枠を開き、〈瞬間移動術士〉を呼び出す。
「瞬間移動術士、主力部隊を前線までテレポートさせてくれ」
「了解いたしました。救世主さま」
ぼくらは術法陣に囲まれ、景色が変わる。
次の瞬間には、遠くに影がうごめいている風景に変わっていた。
ぼくらのそばで待機していた、<盗賊>の偵察隊隊長巫女に、文字会話で話しかける。
「あれか」
「はい。情報通りに、巡回行動をしております」
「素直に通してはくれなさそうだな……。突撃準備!」
「了解!」
周囲で武器を構える、重装備の巫女達。ぼくは、静かに機会を図る。
「三……、二……、一……。行け!」
次の瞬間、術法士の巫女の一人が、大規模な電気術法を投射する。
網のような雷撃に触れ、次々と感電する機械兵達。
別の術法士が、威力を最大化させた大火球の術法を撃ちだす。
爆発。数体の機械兵が吹き飛ばされる。
その爆発を合図に、隠れていた巫女達は突撃した。
ぼくらは、<森僧>や<召喚士>などの召喚系のしもべ、<野伏>や<偵察兵>の職能を持つ巫女、その上級職などの偵察部隊の偵察や、ザウエナード達がもたらしてくれた情報により、宮殿への最短距離を算出した。
それでも、幾度かの戦闘は不可避だった。
転移術法で宮殿真下に行くのは、敵部隊の中に術法士がいて、術法妨害術法を持っているらしいと推測できたので、それは危険だった。
そこで、いくつかの偵察部隊を先行させ、敵部隊や障害と接触した場合、その敵や障害にあった巫女達でそれらを排除していく、という方式を取った。
武器戦闘系や術法戦闘系、支援系の巫女や、その上級職の巫女達が戦闘の主力だ。
戦術は極めて単純だった。先手を取り、巫女達の大火力で押しつぶす。それだけだった。
それだけだったが、効果は絶大だった。
「状況、終了しました」
幾条も昇る煙の中、巫女達が報告する。
敵は全滅していた。
まったく、これだけの威力を持つ術法群が封印されてたなんて。
ある意味で、パリスの街に術法制御塔が設置されていたのは、正しかったのかもしれない。
そんなことを思いながらも、ぼくは告げた。
「よし、急ぐぞ! 進軍再開! 早く宮殿下を確保するんだ!」
「はいっ!」
巫女達の、元気な了解が返ってきた。
同時に、戦闘に参加した主力部隊と偵察隊を下がらせ、別の主力と偵察隊に交代させる。
こうすることで、戦闘に参加した巫女達を休ませ、負担を下げさせることができた。
ぼくの巫女達は、一般の軍隊ほど数が多いわけではなかったが、そうするだけの余裕はあった。
それに、ザウエナード軍の援護もあるので、その点も大いに役立っていた。
さてぼくは、巫女達を引っ張っていかなきゃ。
ぼくは心を引き締めて、傍に控えるケイト達に向かって言った。
「時間がなさそうだな。急ごう」
「ええ」
ぼくは、ケイトと言葉を交わすと、その場を後にした。
*
ぼく達は宮殿の近くまで来た。
迷宮の奥まったところに、大きな階段が一つ上の方に伸びている。
階段はその先、天井で行き止まりになっていた。
が、ケイトやザウエナードなどの、承認された人間の術法的操作により、その天井が開き、出口となるはずだ。
「メッシアさま。宮殿近くの出口です」
「着いたか。で、状況はどうなっている」
「透視術法で見てみましたが、上はどうやら激戦のさなかみたいですね……」
術法士の巫女がそう言う間にも、大きな振動が続けざまに降り注ぐ。
宮殿の近くまで、革命勢力が押し寄せているのか。
ここは常套通りに行くか。まあ、この戦術、ディレンの受け売りだが。
ぼくは通信窓枠で、全巫女達に伝える。
「よし、まず入り口から制圧用の術法を投射。続けて防御術式や、盾を装備しているものから順に突入。展開地点を確保してから、本隊を投入する。いいね」
「はいっ! メッシアさま!」
巫女達の元気な声を聞きながら、ぼくは続ける。
「ケイトの侍女達はここで護衛とともに待機して、術法通信で逐次宮殿内の地図などの情報を送ってほしい。多分ルイム十六世は、執務室あたりにいる。逃げ出していなければの、話だけど」
「了解いたしました。救世主様」
それからぼくは、ケイトと数名の巫女とともに、暗い階段を登る。
「いよいよ突入するぞ。守ってあげるけど、気をつけてな」
「はい、あなたこそ」
その言葉に、ぼくは内心どきりとした。
あなた、とケイトはぼくのことをはじめてそう呼んでくれたのだ。
そんなぼくに、ケイトはただ微笑んだ後、天井を見上げ、真剣な表情になる。
「さて、これから出口の封印を解除いたします」
「投射班、術法用意」
「了解」
ケイトが天井近くまで昇る。その後ろで、術法士達が呪文詠唱動作に入る。
そのさらに後ろに控えるのは、機甲剣士や聖騎士、騎士、戦士達。
その間に何度も、巨人が集団で歩く時のような音と震えが降る。
ケイトは天井に触れ、何事か囁く。まるで睦言の囁きのようだ。
さて、いよいよだ。
囁きが終わった瞬間、ケイトは勢い良く天井から離れ、術法士達の後ろへと下がる。
その間に、石の天井が幽霊が消えるときのように消えていく。
代わりに黒煙に汚された朝焼けの空が見えてきた。地獄にも空があるのだとふと思った。
「今だ、投射!」
ぼくは、遊戯の投擲で的に当てろと指示するかのように叫んだ。
その一言で、既に詠唱を終えていた術法士達が一斉に術法を投射する。
光が、一斉に放たれる。光の尾が、四方八方へと飛んでゆく。
続けざまに、爆発の轟音と、爆風、振動が入り口へと雪崩れ込む。
ぼくはそれを無視するかのように、
「突入班、突入!」
と叫ぶ。その一言で機械の鎧に包まれた、乙女の機甲剣士達が入り口へと殺到する。
突入班には、戦士や騎士系だけでなく、防御系の術法を専門とする術法士の巫女なども加わっている。
彼女らが術法を帯びた盾、あるいは術力や召喚した壁などを構築し、入口付近を確保する。
程なくして、
「突入班、突入口周辺の安全確保しました!」
という術法通信が流れてきた。ぼくはその報告を聞き、
「よし、本隊突入!」
大きな身振りで、後ろに控えていた巫女達を促し、突入開始を告げる。
ぼくとケイトは階段を登りきった。山を登りきった時のように。
周りはすっかり高い壁で覆われ、まるで小さな城塞と化していた。
その壁が術法士達によって、少しずつ前進し、範囲を広げてゆく。
後ろから、次々と完全装備の巫女達と、ザウエナード軍の兵士達が雪崩れ込んでくる。
それぞれ武器などを構え、壁などの隙間から術法などを放つ。
ここの安全は確保できたな。さて、地図を確認しよう。
窓枠で地図を確認すると、宮殿の庭の隅の方に、この隠された入り口は存在していた。
王族などの緊急脱出用にだ。
実際、ケイトやザウエナード達がこの入口を使って、宮殿の外へと逃れたのだ。
近くには宮殿の裏口があり、そこから宮殿内へと侵入できる。
だが、簒奪王側、革命側ともそこは重視していて、攻防戦が展開されている一箇所になっていた。
なのでここは今や、術法飛び交う激戦区と化していた。
ぼくは壁の隙間からその入口の方を見た。
数多くの機械兵達が、入り口を守りながら銃撃の雨を浴びせていた。
まともな方法では近づけそうにない。
ここは。ケイトに謝っておくか。
ぼくはそばにいるケイトに向かい、言った。
「ケイト。君の宮殿をちょっと壊すけど、いいかい……」
「え? ち、ちょっとだけなら……」
恐る恐る答えるケイト。
そんなケイトに、ぼくはニッコリと笑う。
よし、言質は取った。
ぼくは術力を込め、剣状態の術導銃を振り上げる。
そして、一気に振り下ろした。
次の瞬間、前を守っていた壁ごと、嵐のような電撃を纏った術力と衝撃波が飛んでゆく。
その衝撃波は、宮殿の裏口付近ごと、機械兵の群れをぶち壊した。
もうもうと上がる煙。焼き焦げる臭いが一斉にぼくらを襲う。
それを見るや否や、ぼくと巫女達は一斉に、かつて裏口だった方へに向かって走りだす。
後を追いながら、ケイトが悲鳴を上げる。
「ちょっと、ちょっとだけって言ったでしょおー!?」
「だからちょっとだけって言った……」
「あなたのちょっと、って、一体どれくらいの規模よ!?」
「ピズザ一皿ぶんぐらいかな。本音言えばおかわりしたかった」
「あれ、本当に美味しかったんだ」
「当たり前だ。君が選んでくれたピズザだからな」
「たく。ヴィスのバカ……」
「気をつけろ。次の小隊が来たぞ。またピズザ一緒に喰おうな」
「それよりも宮殿の壊れたぶんあとで直してよね! 弁償よ!」
「ジョン・ドゥに弁償代を請求するさ。……行くぞ」
ぼくらは空けた突入口付近を確保。
そこに主力部隊を突入させる。
壁部隊が壁を展開しながら、術法部隊や戦闘部隊が機械兵と戦闘し、排除していく。
瓦礫だらけの床に足を踏み入れる。
ぼくはあたりを一瞬見渡した。
きれいな白を基調とした壁に、大きなガラスの窓。
あちらこちらに飾られた彫刻や絵画。
平和なときに訪れたら、とても綺麗で、平穏な場所だろう。
しかしそんな感傷に浸っている暇はなかった。
ぼくは剣をふるい、杖銃を構える機械兵達を吹き飛ばす。
「王の執務室は」
「三階です」
突入口の地下で待機しているケイトの侍女の一人が答える。
「ヴィス様の近くに大階段がありますので、それを登ればすぐです」
ぼくはあたりを見る。遠くに大階段のサルレー《ホール》があった。
そこは数多くの機械兵達が、卓や椅子などを積み上げて守っていた。
あの階段を登っていけば、執務室はすぐらしい。
「わかった。火力を集中して、そこへの順路を確保する。ありがとう」
ぼくは通信を終え、展開する壁の間から、大階段の方を見た。
あそこに行けば、ルイム十六世に会える。
そして……。
ぼくはあることを確信しながら、術導銃に術法の弾薬を装填し、次の敵へと構える。
これで、終わらせる。
なにも、かも。
*




