↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
16/108

よく似た紋章

 ブレーゲンの鐘が聞こえたのは、アシェンマークを出て三か月目の夕方だった。


 一つの鐘に、遠くの鐘が次々と応える。水の上を渡ってくるためか、音は空からではなく、地平そのものから湧くようだった。


 テオヴァルドの鎧が足を止める。


「知っている鐘?」


「はい。夕方の水門を閉じる鐘です。孤児院にいた頃、あれより遅く戻ると、夕食が冷めました」


「帰ってきたね」


「音だけは、昔のままです」


 丘を越えると、大河が何本もの水路へほどけ、その間を埋めるように赤い屋根が続いていた。帆船と平底船が家々の間を行き交い、橋から橋へ渡された祭りの布が夕日に透けている。鐘が鳴るたび遠い橋が上がり、船と人の流れが町全体で向きを変えた。


 ロート商会の隊商は城門で解散せず、そのまま二人を運河沿いの支店へ案内した。街道で一行を救った報告は、先に走った早馬が届けている。


 翌朝、オーレリアンとテオヴァルドが通されたのは、客間ではなく荷改め室だった。


 石床の両側に秤と検査具が並んでいる。ロート商会のブレーゲン支店を預かるエメリク・ロートは、白い騎士を見上げてから、その胸甲に刻まれた紋へ目を留めた。


「街道の報告は読みました。この騎士殿が、魔獣の群れを退けたと」


「我が家から、私の護衛として預けられた騎士だ。ヴェイル家の系譜は、ご存じであろうか」


 エメリクは机に置かれた男爵印と、鎧の紋を見比べた。


「ええ。公爵家の紋に、傍流を示す細い線が一本加わる。ヴェイル家の母方に、その血筋が入っていることも存じています」


「ならば、私がこの騎士を伴っていることにも、説明はつくはずだ」


「はい。お話の筋は通ります。ただ、商会が頼れるのは系譜ではなく、契約を保証する者の名が記された文書です」


 エメリクは男爵印を机へ戻した。


「公爵家が血筋を否定しなくても、代金や争いの責任まで負うとは限りません。騎士殿の強さと、契約の保証は別の話です」


 (彼が見ているのは、家から借りた騎士を頼みに来た子供だ。俺自身が何を作れるかまでは、まだ値に入っていない)


 包みから、証紙のある魔獣角と、礼拝堂の修復にも使った白い部材の見本が机へ並ぶ。見本は手のひらほどの長さだった。


「求めるのは、次の収穫までの食料だ。魔獣角は売るために、白い方は今後も取引を続けられるか見てもらうために持ってきた。領内で使っているものと同じ材で、同じ形と品質なら繰り返し供給できる」


 エメリクは白い見本を手に取り、指で縁をなぞった。角度を変えて光へ透かし、机へ戻す。


「工房と、ひと月の供給量を伺ってもよろしいでしょうか」


「今は明かせぬ。量も、領へ戻ってから定める」


「品質には興味があります。ただ、作り手も量も分からない品を、将来の支払いには数えられません。広く売れた後で、ヴェイル家や帝国の役所が権利を主張しても、当支店では退けられない」


「男爵領として、責任は私が負う。それでも難しいか」


「商会が見るのは、お覚悟ではなく、実際にどこまで責任を負えるかです。今のアシェンマークとは、大きな約束を結べません」


 エメリクは白い見本を包みへ戻した。


「手持ちのノミスで買える分の食料は、相場どおりにお売りします。運送も、今回の一便は手配しましょう。ただ、残りを後払いにすること、定期便を通すこと、ロートの名で他家へ紹介することは、今はお受けできません」


 (俺を嫌っているわけでも、試しているわけでもない。成功すれば上から奪われ、失敗すれば自分が損をする。大商会にとって、今の俺へ賭ける理由がない)


「承知した。では、今日は買える分だけお願いする」


 包みを閉じた。


「次に来る時は、見せられる過去を持ってくる」


「その時は、改めてお話を伺いましょう」


 荷改め室を出ても、テオヴァルドはしばらく口を開かなかった。運河へ出る石段の前で、ようやく兜がわずかに下がる。


「僕が、もう少し何かをお見せできればよかったのでしょうか」


「十分すぎるほど見せたよ。彼には、君が私の力ではなく、家から借りた力に見えている。秘密を守るための話としては、うまくいった」


「でも、取引は」


「失敗したね」


 そう言うと、兜の奥から小さな息が漏れた。笑ったらしい。


 街道で救った隊商の男が、倉庫の軒下で二人を待っていた。深く頭を下げる。


「お力添えすると申し上げながら、申し訳ございません」


「面会は得た。そなたは約束を果たしている」


「でしたら、もう一つだけ。今度はロート商会ではなく、私個人の名で、紹介させていただけませんか」


 男が差し出したのは、商会印のない小さな封書だった。


「リンデ商会という、小さな店です。商会を切り盛りしているのは、私がまだ若い頃からの友人です。規模はロートに及びませんが、彼女は、誰のものでもない新しい道を自分の目で確かめようとする人です」


「友人なら、なおさら心配ではないか」


「ですから、危険であることも隠さず書きました。その上で読むか、断るかは、彼女が決めます」


 封書の表には、聞いたことのない商会の名と、運河を二本越えた先の住所が記されていた。


 日が水路へ沈むまで、まだ少しある。オーレリアンは封書を外套へ収め、白い騎士とともに、二本先の運河へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。