祈る者の責任
ミラが祭壇へ上がると、通路に立っていた人まで頭を下げた。
その背中に、オーレリアンは叙階の日を思い出していた。聖典を抱えてこちらを見た少女は、今朝、誰に促されるでもなく祈りを始めている。司教からの便りを読んだあとも、今日の礼拝は休まないと言った。
オルカペルは、相変わらず狭かった。新しく来た者に席を譲り、入口に立っている顔もある。後ろへ下がったマルタが、外で待つ人にも声が届くよう戸を開けた。
ミラは、いつもと同じ言葉で人々を迎えた。
祈りが済んでも、帰る者は少なかった。今朝は司祭が話をする、と聞いてきたらしい。
「私を司祭にしてくださった方が、教会から説明を求められています。この町で行っていることも、問われるそうです」
前の席で、老人が顔を上げた。
「ご心配をお掛けします。でも、ここで祈ったことや、誰かのお葬式に来たことを、隠すようお願いするつもりはありません。病室も、これまでどおり使ってください」
終わりかけたところで、座っていた女が尋ねた。
「また、神父様を連れていかれるのですか」
隣のテオヴァルドが身を起こした。
「そのための兵を、ここへ入れることはない」
オーレリアンが答えると、幾つもの顔が入口を振り返った。
「教義を争う相手には、教会の席で答えればよい。人を連れ去る者は、領主である私が相手をする」
ミラは、礼を言う代わりに皆へ向き直った。今週も病室を手伝ってほしいと頼むと、いつも来ている女たちがうなずいた。
◇
司教の手紙には、庇ってくれとは書いていなかった。
司祭たちの訴えを教会会議まで預かると決めたこと。アッシュマークでの叙階。ここで印刷され、帝国内へ広まった反論。それらについて、本人が出頭して答えるという。
聖務官房から求められた条件も、同封されていた。反論の印刷を止め、追放された聖職者への聞き取りに協力すれば、争点を減らせるとある。
「聞き取りをする者に、身柄を預けることまで含まれています。私は、これを受けるべきではないと思います」
マルタは、自分に届いた召喚状も同じ書き方だったと言った。
ミラは手紙の末尾を読んでいた。
「司教様には、何とお返しすれば」
「必要なら、護衛も弁護に立つ人も出す。こちらで話してもらってもいい。そこまでは伝えよう」
「お断りになれば?」
すぐには答えられなかった。軍を出して解決できることなら、今頃こうして座ってはいない。
「何に困っているかを聞く。私が嫌だから、行くなとは言えない」
紙を置くと、ミラがこちらを見た。
「私も、手紙を書きます。お許しをいただいてから何をしていたか、まだ、お伝えできていませんでした」
病室で助かった者のこと。子どもが初めて聖典を読んだこと。彼女の口から出るのは、謝罪ではなかった。
肩書を取り消されてもここでは変わらない。昨夜は、そう慰めようとしていた。ミラは、それで済ませたくなかったのだ。
「その手紙も、一緒に届けよう」
◇
クレイドは、昼を過ぎてから聖堂へ来た。
オーレリアンを見つけても、しばらくミラの仕事が空くのを待っていた。膝には書きかけの紙を載せている。
「僕の話も、使えますか。研究所で何をされたか。助けてもらった後、どうなったか」
ミラは向かいへ座ったが、紙には手を伸ばさなかった。
「お話ししてもよいと思うところだけ、聞かせてください。全部でなくていいんです」
「ラザールさんへの返事とは、別に書きます。あの人たちだけが読んで終わるのは、嫌ですから」
「一度外へ出れば、読んだ人を選び直すことはできないよ」
オーレリアンが言うと、少年はうなずいた。分かっている、と即答はしなかった。
「名前は、まだ出したくありません。でも、なかったことにされるのも……」
隣へ椅子を寄せた。研究所の写しも、会の意見も、今日は持っていない。
「宛先から一緒に考えよう。まずは、君が見せたい相手に」
「ミラさんには、読んでほしいです」
差し出された数枚を、彼女は両手で受け取った。
「はい。ここで読んでも、いいですか」
クレイドが椅子を近づけた。ミラは最初の頁を開き、オーレリアンもその場に残った。




