9 「は?証拠があるのか?ないだろ?そんなので動くわけねえよ。探偵気取りか、ああ?」
「やあ、よく来たなワトソン」
翌日の昼休み、六車の教室にいくと奴はもう廊下で待っていた。
「これから吉川の所に行くのか?」
「そうだな。奴の話を聞く必要があるだろう。しかし、その前に少し確かめたいことがあってね。1年3組の教室に行く。ついてきてくれ」
六車に言われるままついていく俺。そして目当ての教室についた中には六車は入らずに、前のドアから中をのぞき込む。
「なにやってるんだ?」
「しっ、あれを見ろ」声を潜めて指を指す六車
見ると、昨日部室に来た文芸部の文学少女、小林さんが自分の席で男子と何か楽しそうに話している。しばらくして話を終えると、小林さんは席を立って、後ろのドアから外に出て行った。
同時に六車は教室に踏み込み、小林さんと話していた男子にまっすぐに向かっていった。
「こんにちは、僕は探偵部の六車だ。君は?」
「高梨です」
「実は、小林さんについて聞きたいんだが」
何故か声を潜める六車。
「え?ど、どういうことですか」戸惑う男子。
「ちょっと場所を変えて話さないか?」
いきなり何を言い出すんだこいつは?と思ったが、高梨の答えは意外だった。
「…お願いします」
三人で廊下の端まで移動する。ここなら誰にも聞かれないだろう。六車は切り出した。
「実は今、彼女の所属する文芸部でちょっとした事件が起きてね。その捜査をしているんだ」
「はあ」
「小林さんと話をしていた君を見かけたので、聞きたいと思って」
「何ですか」
「彼女は、いじめを受けているのか?」
「え、誰からそれを?」
「捜査の過程で出てきた話だ。で、どうなんだ」
「そう…ですね。誰がやっているのかはわからないですが、物を隠されたりとか、壊されたりといったいじめを受けているみたいです。この前も、彼女の机の中にカッターの刃が入っていて、彼女はケガしてしまって、保健室に連れて行ったのですが」
絞り出すように言う高梨。
「さっきの様子だと彼女と大分親しいのかい」
「親しいなんてそんな…時々ああいう感じで読んだ小説の話をすることがあって。ただ、僕は彼女の書く詩を見せて貰ったことがあって、とても…いいなって思うんです」
そういって目を伏せた。
なんか、青春って感じじゃないか。畜生、うらやましいぞ。
「じゃあ、彼女を守ってあげないといけないな」
六車が言うと、彼は目を伏せたまま答えた。
「そうですね」
「次は吉川だな。奴は昼休みはいつも校舎裏にいるらしい。向かうぞ」
特に説明もなく次の目的地に向かう奴に、俺は説明を求めた。
「なんで、彼女がいじめられているって分かったんだ?」
「それか。昨日見た彼女の指の怪我、彼女は「紙で切った」と言ってたが、その程度のケガには見えなかったので、おやと思っていたら、彼女の友人の岡本さんが妙に彼女のことを心配していて、僕に何かを言いかけてやめたよね。それで、ピンときた。」
「なるほど」
「それに最初から気になっていたが、彼女の学校指定の鞄が変に新しかった。今はもう秋だ。1年生とはいえあんなに新品の新しい鞄を持っているのは妙だ。これも、いじめで鞄を傷つけられたりしたなら説明がつく」
「で、これはもしかしたら今回の件にも関係あるのか?」
六車は歩きながらこちらを見て首をすくめる。
「まだ分からない。しかし、強い感情というのは事件の原因になることがある。それから、いじめの証拠があるなら教師に告発することもしないといけないだろうね」
校舎の裏にやってくると、校舎裏の用具入れの側に、逆立てた金髪に着崩した制服の…まあ外見で決めるのもどうかと思うが、いかにもな不良生徒の男子が一人でしゃがんでスマホを弄っていた。
「君が吉川くんか」
挨拶もなく六車が声を掛けると、不良は顔を上げた。厳つい顔に両耳につけた耳のピアスがギラつく。
「あ?だったらなんの用だ?てめえら」
しゃがんだまま俺の顔と六車の顔を交互ににらみつけてくる。
正直、怖い。
「僕は探偵部の六車だ。文芸部の件で話を聞きたい」
一歩前に出て言う六車。
「文芸部の件?」
「文芸部のロッカーの備品に悪質ないたずらがされた件だ。君が関係しているかと思ってね」
「はぁ?なんで俺がそんなことするんだよ」
切れ気味の吉川。
「文芸部の鍵がかかっているロッカーにいたずらをしたなら、君だろう。君がロッカーの鍵を持っているのを見たという証言があってね」
もっともらしく言う六車。
しかし俺の記憶する限り、そんなことを言ってた人はいない。こいつカマをかけやがった。
吉川は立ち上がると、顔を近づけて六車を睨む。
「だったらどうだってんだよ?」
「認めるのかね?君がやったと」
全くひるまない六車。目をそらそうともしない。
「あの高橋って女、気取っててムカつくからな。ビビらしてやろうと思ったんだよ。机にカエル入れてやったこともあるし、ロッカーに虫をいれたこともあったかなあ」
にやつきながら言う吉川。さらっと認めやがった。
「ストーカー行為は立派な犯罪だぞ。教師に報告して問題にすることもできる」
「は?証拠があるのか?ないだろ?そんなので動くわけねえよ。探偵気取りか、ああ?」
さらにすごむ吉川。
「『気取り』じゃない。探偵部だ」
動じもせずに言う六車。
「あ?なめてんのか?」
吉川が顔を六車にズイッと近づけ、つかみかからん勢いで食って掛かる。
これはまずい。
六車は元柔道部でものすごく強いので、こんな不良にやられることはないことは俺は知っている。ただ問題は、六車は見た目が全く強そうに見えないことだ。もし相手が六車を舐めて手を出して喧嘩になって、相手を大怪我させたりしたら、色々ヤバい。
慌てて俺は二人の間に割り込んだ。
「あぁ?なんだお前。ボディーガード気取りか?」
「まあまあ。今回の件について君がやったということが分かれば、俺たちとしては」
なんとかなだめようとする俺。すると吉川は変なところにかみついてきた。
「今回?てめえ『今回』ってなんの話だ?」
「だから、今週文芸部のロッカーにいたずらがされてたんだよ。大切なノートがボロボロにされていた。お前がやったんだろ」
「は?何の話だ?俺はそんなことしてねえぞ」
「でも、さっきロッカーの鍵を持ってるのを認めたよな。ロッカーを開けられるのはお、お前しかいないだりょっ!」
精一杯の勢いで叫んだ俺は見事に噛んだ。
「さあ?鍵?そんなの知らねえよ。もしかしたら落としたかもなあ」
ニヤリと笑う吉川。
「そ、そんなこと信じられるか!」
食い下がる俺。
「だ、か、ら!俺がやった証拠でもあるってのか?ああ!?」
今度は俺に殴りかからんばかりの吉川。怖い。
しかし、やっぱりこいつの言ってることはおかしい。ここでは引き下がれない。歯を食いしばり吉川を精一杯にらみ返す俺。
が、後ろから凄い力で引っ張られた。
「おいなにするんだよ六車、こいつは…」
「はいはい、そこまでだ。ああ、僕は別に君がやったと決めつけるつもりはない。ただ、話を聞きたかっただけだ。もう失礼するよ。さあ行こう」
六車はいうと、俺の手を引いて歩き出す。
「おい待てよ、てめえら勝手に…」
「吉川くん。さっき、向こうにいた生徒が青ざめた顔で走って行ったよ。このまま僕らが揉めていると教師が来るんじゃないかね?」
追いかけてこようとした吉川に微笑しながら言う六車。
「・・・ちっ」
吉川はこちらに背を向けると、定位置?の用具入れの横に戻っていった。
「あれでいいのか?どう考えてもあいつが怪しいだろ」
校舎に戻ったら昼休みもほぼ終わりとなっていて、教室に戻りすがら、さっきのことに不満を漏らした俺に、六車は言った。
「まあ、現段階ではこれで十分だ、放課後また部室でな」