第九話 虎の尾を踏む(ここまでやるのか!?)
別所響に対するイジメは、それが発生してから凡そ二か月で決着した。これも、道明寺大吉を始めとした大多数の人間が協力してくれたお陰だろう。
俺、月見里栄太は響を守った。これからは、彼女を目一杯幸せにしたい。それを叶える機会は、高校生活には存外に多い。
俺達は校内の文化祭、「山之上祭」に備えて様々な活動を行っていた。
山之上祭。文化祭ではあるものの、その規模は学校行事の枠を超える。町全体の活性化を企図している為、自治体からの支援も受けていた。
期間中、近隣の住民の校内への出入りは自由。校内で売れ残った商品も、「お土産」とばかりに売れ行きが伸びる。この機会に便乗しない手は無い。
俺が所属する文芸部も「今年こそは」と張り切っているところだ。
文芸部の出し物は、例年通り文集即売会。
部室を会場にして、既刊や新刊の文集を売り出している。尤も、売れ行きは芳しくない訳だが。不本意ながら、毎年沢山有る。創立時に作った文集も、未だに残っている始末。
素人の文集に興味を示す一般人は、今も昔も多くは無い。その事実を目の当たりにする度、部員一同涙目で苦笑している。しかし、それも去年までのこと。
今の文化部には「俺」という、郊外にも名の知れた客寄せパンダがいる。
水前寺静香部長を始め、皆「今年は違うぞ」と息巻いている。その中に、当事者の俺も、俺の彼女の響も含まれていた。
俺達は、可能な限り店番を務めることを約束した。その際、二人が一緒になるよう融通を利かせて貰っている。その気遣いは有り難い。
しかしながら、互いに「ずっと一緒」という訳にはいかない。俺も、響も、クラスの出し物に参加している。そちらの方にも顔を出す必要が有る。俺達には制約と制限が有った。
しかし、今の俺達には味方が多数いる。文芸部だけでなく、クラスの方でも融通を利かせて貰っていた。
俺と響の自由時間は殆ど同じだった。この機会を利用しない手は無い。
俺達は、店番だけでなく、一緒に会場を回ることを約束している。
待ち合わせ場所は文化部の部室。店番が終わった後で一緒に出掛ける予定だ。
俺は「どこに行こうか?」と想像を巡らせながら、少し早めに文化部に顔を出した。部室の中に響の姿は――未だ無い。
俺はパイプ椅子に座って、響の到着を待った。ご機嫌な鼻歌を奏でながら、一人寂しく店番をしていた。
このとき、俺は「時間になれば響は来る」と思い込んでいた。ところが、俺の期待は裏切られた。
時間になっても、響は現れなかった。
暫く待ってみたものの、一向に来る気配がない。その事実を目の当たりにして、俺の首が斜めに傾いだ。
流石に、これはおかしい。
山之上祭の最中は、校内でのスマホの使用が許可されている。遅れるにしても連絡する手段が有る。しかし、俺のスマホは一度も鳴っていない。
響は、普段の格好(学校指定の制服)からも分かる通り、クソ真面目な性格だ。しかも、俺のことを「神作家」と崇めている。
真面目な信者が、神に対する冒涜的な行為を容認できるはずが無い。その可能性を想像すると、俺の脳内に最悪の可能性が閃いた。
何かトラブルに巻き込まれているのでは?
俺はスマホを取り出して、響のスマホに連絡を入れた。
直ぐに呼び出し音が鳴った。しかし、出ない。その事実を目の当たりにした瞬間、俺の背筋に悪寒が奔った。その変調を意識するや否や、俺はスマホの地図を表示した。
俺は、イジメの件で響と位置情報を共有していた。これに付いては、響本人だけでなく、響の保護者の了解を得ている。
俺はGPSを活用して、響の現在地を確認した。すると、地図上に響の位置が表示された。それを見た瞬間、俺の目が一杯に開いた。
「何で――外?」
響の位置は校外(郊外)だ。それも、結構離れている。そこから、更に移動――学校からドンドン離れていた。
この事実を目の当たりにして、俺の頭から血の気が引いた。
まさか――誘拐、拉致かっ!?
俺は直ぐ様スマホのラインを開いた。そこに登録しているグループに、響の状況を発信した。続け様に、イジメ事件で契約していた興信所に連絡を入れた。
俺の連絡は、様々な人に届いた。その中の殆どの人間が、即応で動いてくれた。
俺も、直ぐ様響の後を追った。その際、俺はスマホから「響の位置情報」を送信し続けた。
結構な距離を走らされた。どこまで走るのか? 夢幻に走っているように錯覚した。しかし、それは有限だった。ゴールは有った。
響は、或る一点で止まっていた。
そこは、町内のカラオケボックス。
旧態依然、廃業寸前といった店で、風聞の宜しくない人達の溜まり場になっている。その事実を知っている為、山之上高校の生徒達は寄り付かない。俺も響も、一度も行ったことが無い。その事実が、俺に最悪の可能性を想像させた。
恐喝、暴行、殺人。
俺の額と背中に冷汗が滴った。それと同時に、俺の全身から血の気が引いた。居ても立っても居られなかった。
俺は半狂乱になって、全力でカラオケボックスに向かって走った。その最中、自転車に乗った生徒に追い越された。
その生徒はヘルメットを着用していた。しかし、その正体は擦れ違い様に直感している。
ヘルメットの下から覗くウェーブの掛かった髪と、タレ目のイケメン顔。それらの特徴には見覚えが有った。
一年生の文芸部員、道明寺大吉。
俺は大吉に響き救出の使命を託した。しかし、残念ながら(或いは幸運にも)大吉に活躍の場は無かった。
大吉が現場に到着したとき、既に事は収まっていた。
カラオケボックスには、複数名の警察官の姿が有った。それは、興信所のお手柄だった。
興信所の所長、風見酉之助さんが、知己の警察官に「様子を見にいって」と頼んでいた。
その知己の警察官達が響を救出していた。しかし、響は無事ではない。彼女の姿はボロボロだった。
一体、中で何が行われようとしていたのか? それに付いては、警察から響の保護者に説明が有った。
響は、地元のヤンキー達から暴行を受けていた。警察の動きが迅速であった為、響の貞操は守られている。だからと言って、無事ではない。
響は顔が変形するほど殴られている。眼鏡も割られた。制服も、滅茶苦茶に破られた。それらの行為によって、響の心に強烈なトラウマが刻み付けられた。
響は暫く入院することになった。その事実を目の当たりにして、俺の蟀谷にミミズのような血管が浮いた。髪の毛も逆立った。
「絶対に、許さん」
このとき、俺達の脳内には響をイジメた陽キャ達の顔が閃いていた。その推測を、現場に居合わせた道明寺大吉が強力に保証した。
「俺、聞いちゃったんですけど」
大吉は、俺に「カラオケボックスで遭遇した出来事」を教えてくれた。
大吉が到着したときには、加害者達は警察と一緒に外に出ていた。その際、奴らは大声を上げて何事か叫んでいた。その内容は――
「山之上高校の奴に頼まれたんだっ!」
暴行犯達は、山之上高校の生徒に依頼されて凶行に及んだ。その情報を大吉から聞いた瞬間、俺の腹は決まった。
あのイジメ加害者達を、社会的に抹殺してやる。
俺は直ぐ様響の保護者達に大吉の情報を伝えた。その際、俺は警察に訴えることを強く主張している。
この後に及んで、響の保護者達も首を横には振らなかった。
翌日、俺達は警察署に赴いた。そこで響がイジメられていた証拠を提示して、加害者達の悪行を伝えた。
俺達の訴えに対して、警察は「事件性有り」と認めた。その際、担当の刑事に結構な量の被害届を書いて貰っている。
かくして、イジメ加害者達は刑事裁判の被告人となった。しかし、これだけで済ませる気は無い。俺達は民事裁判でも訴えた。
俺も、響の保護者達も、全ての裁判で勝つまで争うつもりでいた。しかし、俺達は大きな思い違いをしていた。
イジメの加害者達は、暴行事件には関与していなかった。依頼者は別の生徒だった。
その生徒の正体を知ったとき、俺は「まさか」と驚いた。俺も知っている女子だったからだ。それも、半生の殆どを共に過ごした――幼馴染だった。




