第94話 戦争再開
魔族が聖女を洗脳し、手駒として利用している。聖女を解放し、本来あるべき場所へ戻す。
そのためには魔族を滅ぼすべし。
そう檄を飛ばした聖導教会に賛同し、多くの国が兵を派遣した。
前回手痛い敗北を喫したシェウミリエ帝国はもちろんのこと、サンプロミトを挟んで反対側にある大国ヴェルヘイゲン王国、そして数々の小国も兵を派兵してきた。
その数はおよそ二十万。そんなすさまじい数の兵がズィーシャードに終結したのだ。
彼らは宣戦布告をすることなく先の和平合意で決められた境界線を破り、放棄されていたゾンシャールを占領した。
だがこの状況を予期していた魔族たちはすぐさま行動を起こした。
まずボーダーブルクからはすぐさまブライアン将軍をコーデリア峠に派遣し、防備を増強した。
さらにキエルナに援軍の派遣をすぐさま要請し、キエルナもそれに応える形でエルドレッドを総大将とする総勢五千名もの軍隊を派遣した。もちろんその中にはホリーとニールも含まれている。
一方で魔族側は軍の派遣だけでなく防衛設備もしっかりと準備していた。
コーデリア峠から連なる山々の尾根伝いには高さ十メートル以上にもなる高い城壁が数十キロメートルにわたって建築されているのだ。
これは前回のシェウミリエ帝国による侵略の際、密かに越境したシェウミリエ帝国兵によって民間人をターゲットにした虐殺が行われ、ゾンビを発生させる魔道具を仕掛けられたということに対抗するために建てられたものだ。
こんなことができるのは魔族の強力な魔法があってこそである。
さらに兵員や物資の輸送を行う道路もきっちりと整備され、魔族側の準備は万全かに思われた。
だが……。
◆◇◆
小雪が舞う中、ゾンシャールから人族の兵士たちが大挙してコーデリア峠に向かって軍を進めていた。
その先頭には将司の姿があり、さらにその隣には白髪に髭をたっぷりと蓄えた老剣士の姿がある。
彼こそが、教皇たちが流れの剣聖と呼んでいた将司の剣の師匠マックスである。
「師匠、いよいよですね」
「うむ。じゃが、油断はするでないぞ?」
「もちろんです。俺は絶対、あの娘を助けるんです」
「魔族に洗脳された聖女、じゃったか?」
「はい。俺はあの娘に助けられたんです。でも魔族に騙されて、操られているなんて可哀想です。だから、俺は絶対にあの娘を助けなきゃいけないんです」
そう力強く言う将司だったが、その瞳はどこか虚ろなように見える。
「……操られた者がどうしてショーズィ殿を助けたんじゃろうな?」
「え? それは……」
将司は一瞬答えに詰まったが、その瞬間に将司の身に着けているネックレスの赤い宝玉が鎧の下で淡い光を放った。
「それは俺たちを懐柔するための罠ですよ。現にそのあと俺たちに嘘八百を教えて、人族同士を対立させようとしていましたからね」
自信満々な様子で将司はそう答えた。
「……ショーズィ殿、ワシの教えは覚えておるな?」
「もちろんですよ。教えてもらったこの剣術で、一匹でも多くの魔族を狩ってやりますよ」
その返事にマックスは眉をひそめた。
「ショーズィ殿、まずは生き残ることじゃ。命を懸けるのは、死んででも守るべき大切な者ののためだけ、じゃぞ?」
「分かってますよ。だからこそ、俺は一匹でも多くの魔族を狩らなきゃいけないんです。あの娘を助けるためにも……」
そう答えたショーズィをマックスは厳しい表情で見つめている。
「そうだ。魔族がいるから……魔族を……女と子供を……」
ショーズィはまるで憑りつかれたかのようにぶつぶつとそんなことを小さく呟いている。
そうして歩いていると、やがて開けた場所にやってきた。
ここはガーニィ将軍が勝手に出撃した魔族たちを罠に嵌めた場所であり、コーデリア峠にある砦の様子が良く見える。
「師匠、行きましょう! 全軍! 突撃!」
「なっ!? ワシの言ったことを聞いておったか?」
突然の突撃命令に兵士たちには動揺が走るが、将司は気にした様子もなく一人で突っ込んでいく。
「ゆ、勇者を一人で行かせるな! ワシらも続くぞ!」
マックスは大声で叫ぶと将司の後を追って走り始め、それを見た他の兵士たちも次々と後に続く。
こうして人族の連合軍は結果として将司を先頭とした突撃陣形を取ることとなった。
当然砦からは矢が飛んでくるが、将司は薄いバリアのようなものを展開し、その矢をすべて弾いていく。
「と、止めろ!」
続いて大量の火の玉が将司に向かって放たれた。しかし将司は聖剣エクスニヒルを抜き放つと、横に一閃した。
次の瞬間、飛んできていたすべての火の玉が一瞬にして消滅する。
「なっ!?」
「嘘だろ?」
「なんだあれは?」
砦の守備兵たちに動揺が走る。
その間に将司は砦の扉の前までやってきた。そして扉に手を当てて魔法を発動する。
すると扉は一瞬にして粉々になった。
「進め! 魔族を殺すんだ!」
どことなく虚ろな目でそう叫んだ将司は、集まってきた魔族兵に斬りかかるのだった。
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