第89話 サマー・バケーション(後編)
2022/11/30 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
「ホリー、焼けたよ」
「わ、美味しそう」
アネットが焼き上がったクロマス二串をお皿に乗せて渡してくれたので、さっそくかぶりつく。
熱々でほくほくした身と絶妙な塩加減が食欲をそそる。
「やっぱり美味いよな」
「うん」
ニール兄さんもアネットも熱々のクロマスの塩焼きにかぶりついている。
他の料理は直火で焼いたのではなく中のキッチンでアネットが作ってくれたクロマスのバターソテーとクロマスと野菜の塩スープだ。
付け合わせは他にも黒パンとバター、そして旬の終わりに差し掛かっているブルーベリーのジャムがついている。
どれもアネットの料理だけあって絶品だ。
「やっぱりサウナのあとはクロマスだよね」
「ねー」
「それにしてもアネット、料理上手くなったよな」
「え? な、何よ。いきなり……」
アネットはニール兄さんにいきなり褒められてたじろいでいる様子だ。
「いや、昔はこんなに上手くなかったじゃん」
「そ、そりゃあそうよ。私だって料理屋の娘だし……」
「でもさ。料理屋の娘でも料理しない人なんているだろ?」
「うん……」
「だからアネットは偉いなって思ってさ」
「……」
アネットは少し顔を赤らめ、嬉しそうにしている。
「アネットの将来の旦那は幸せ者だよな」
「え?」
「こんな美味しい料理を作れる奥さんなんて、そうそういないだろ」
「……」
「料理上手の奥さんと一緒に暮らしてたら、それだけで楽しそうだもんな」
「そうかな?」
「ああ。絶対そうだって」
そう言われ、アネットは満更でもない様子だ。
「ホリーもさ。なんか、こう、大人になったよな」
「何よ? いきなり。私は去年から大人だよ?」
「まあ、年齢はそうだけどさ。なんかこう、雰囲気が変わったよな」
「あー、いろいろあったもんね」
「そうだなぁ」
私たちは料理を食べながら、しみじみとそんな会話をする。
「ゾンビに戦争にって、結構修羅場だよね」
「ああ、そうだな」
ニール兄さんはちらりと義手に視線を落とす。
「そういえばさ。その義手って不自由しないの?」
「ああ。慣れればまるで自分の腕みたいだよ。いや、むしろ自分の腕よりも便利かもしれない。さすがはエルドレッド殿下だよな」
「そうなんだ」
私はエルドレッド様のことを思い出す。
ものすごくかっこいい魔族の王子様なのに、魔道具のこととなるとそれしか見えなくなるという子供みたいな一面も備えた不思議な人だ。
「ホリーはやっぱり、エルドレッド殿下みたいな人が好きなのか?」
「え? 私?」
ニール兄さんに突然聞かれ、私はエルドレッド様のことをどう思っているかじっくりと考えてみる。
「うーん、どうだろ。かっこいいとは思うけど、恋人にしたいかって言われたらちょっと違うかなぁ」
「そっか」
ニール兄さんはどこか安堵したような表情を浮かべる。
「なあに? ニール兄さん、私がエルドレッド様のことを追ってキエルナに行くとでも思ったの?」
「い、いや……」
「私にはおじいちゃんから受け継いだ大事なお店と患者さんたちがいるんだもん。ホワイトホルンから引っ越すなんて考えられないよ」
「そっか」
「そうだよ」
そう答えると、私はスープに黒パンを浸して口に運ぶ。ちょっと塩味強めのスープとバターが絶妙にマッチしていて、一度食べると手が止まらなくなってしまう。
こうして私たちは他愛もない会話をしながら外での夕食を楽しんだのだった。
◆◇◆
夜となり、寝巻に着替えた私たちは屋根裏部屋のベッドに腰かけた。
「ねえ、ホリーさ」
「なあに?」
「ホリーって、ニールのことはどう思っているの?」
「え? ニール兄さんのこと? ニール兄さんはニール兄さんかな。ずっと私の面倒を見てくれた大事なお兄ちゃんだよ。アネットがアネットで、私のお姉ちゃんなのと一緒」
「そうなんだ……」
「そうだよ。どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
アネットはそう言うと、ベッドの右半分にごろりと寝転がった。
「ホリーもそろそろ寝ないと。まだ明るいけど、もういい時間だよ」
「そうだね」
夏のこの時期は日が極端に長く、今は午後八時を回っているというのに外は明るい。あと一時間半ほどすれば日没を迎えるはずだ。
私は髪をまとめてからお気に入りのナイトキャップを被ると、アネットの横に潜り込んだ。
「切るよ」
「うん」
そうしてアネットは魔道具の明かりを切った。一気に屋根裏部屋は暗くなるが、小さな窓のカーテンの隙間から光が差し込んでくる。
「ねえ、ホリー」
「なあに?」
「楽しいね」
「うん」
「来年も、再来年も、ずっとずっと、こうして三人で遊びに来ようね」
「うん」
「約束だよ」
「うん、約束」
私がアネットの手をそっと握ると、アネットは私の手をそっと握り返してくれた。そんなアネットの手から伝わる温もりは私に安心感を与えてくれ、気が付けば意識を手放していたのだった。




