第90話 引き渡し要求
短い夏が終わり、そろそろ冬の準備だと思っているとキエルナから手紙が贈られてきた。
差出人はなんと魔王様だ。
何があったのかと慌てて中身を確認すると、それはなんと出頭依頼書だった。
私にはまるで理解できない話だが、なんでも聖導教会なる組織が私の身柄の引き渡しを要求してきたのだそうだ。
この聖導教会はこの前の戦争で人族側と協力して兵士を派遣していた組織で、人族の国々で聖女の管理をしているのだそうだ。
私の同胞は魔族であり、人族の家族はおろか友人だっていないのだから人族のところになんか行きたくない。
ではなぜ魔王様が私にキエルナまで来いと言っているのかというと、魔王様は私が引き渡しを拒否した場合は再び戦争が起こる可能性が高いと考えているからだそうだ。
そのため、ホワイトホルンが雪に閉ざされる前に私をキエルナに呼び、再び治療をして欲しいらしい。
もちろんこれは命令書ではなくて依頼書なので、出頭を拒否することはできる。
だがまた戦争が起きるのであれば、私が行って治療したほうが助かる人が増えるはずだ。
であればヘクターさんに事情を話し、冬の準備を先にやってもらえないか相談してみよう。
そう考えた私はお店の営業時間が終わった後、衛兵の詰め所へと向かった。
「おや? ホリーちゃん、どうしたの?」
「はい。実は――」
私はヘクターさんに事情を説明した。
「ふうん? つまり、ホリーちゃんが人族だから引き渡せってこと?」
ヘクターさんは怪訝そうな表情でそう聞き返してきた。
「みたいです……」
「それでホリーちゃんはどうするんだい?」
「もちろん断りますよ。でもそうすると戦争になりそうだから来てほしいって魔王様が……」
「……」
ヘクターさんはため息をつき、頭を抱えた。
「あの、だから先に冬の準備をしに行けないかって相談に来たんです」
「え?」
「だから、冬の準備です。また去年みたいにゾンビの大群が襲ってきたら困るじゃないですか」
するとヘクターさんは虚を突かれたかのようにポカンとした表情になった。
「ヘクターさん?」
「あ、ああ。まさかそんな相談だとは思わなかったからね。でもね。今年はたぶんだけど、ホリーちゃんがいなくても大丈夫だよ」
「え? どういうことですか?」
「うん。なんだかゾンビの目撃情報がほとんどないんだ。去年のあれで周りのゾンビどころか他の動物もかなりゾンビになっていて、それを根こそぎ倒したみたいでね」
「……そんなことって。それでも今年死んだ動物たちの遺体だってありますよね?」
「でも事実だからね。この感じだと数回ゾンビスモークを焚けば終わるんじゃないかな?」
「そうですか」
「そう。だからホリーちゃんは気にせず行っておいで。ああ、もちろん護衛はつけるよ。ニールでいいよね?」
「え? いいんですか?」
「もちろんだよ。ホリーちゃんは大事なうちの町の一員だからね」
「ありがとうございます」
こうして私は冬の準備に参加せず、ニール兄さんとキエルナを目指すこととなったのだった。
◆◇◆
それから三日後の朝、旅行の準備を終えてお店の中で待っていると一台の魔動車がやってきた。
だが前回乗ったものとは違ってずいぶん小型で、しかも前の車輪が一つしかない。
しかもその運転席からニール兄さんが降りてきたではないか!
私は慌てて店を出るとニール兄さんの許へと駆け寄った。
「ニール兄さん?」
「ああ、ホリー。おはよう。今回はこれでキエルナまで行くぞ」
「え? あ、うん。おはよう。それで、その魔動車は何? どうしたの?」
「これか? これは衛兵隊に導入した新型の魔動車だ。魔道具研究所が寄贈してくれたんだ」
「魔道具研究所? もしかしてエルドレッド様やニコラさん?」
「ああ。ホリーがすぐにキエルナに行けるようにってさ。ホリー、特別研究員なんだろ?」
「え? あ! そういえば……」
すっかり忘れていたが、特別研究員にしてもらって、エルドレッド様とニコラさんの研究に協力していたんだった。
私はエルドレッド様とニコラさんの顔を思い出す。
二人は元気にしているだろうか?
少なくともニコラさんは相変わらずやっていそうな気はするけれど……。
「ホリー、もう準備は?」
「大丈夫。荷物持ってくるね」
「ああ、持つよ」
「ありがと」
お店の中から荷物を運んでもらい、魔動車の後部座席の後ろにある狭いスペースへ積み込んでもらった。そして私は戸締りを確認すると、魔動車の後部座席に座った。
後部座席は男性でも詰めれば二人は座れそうだ。
前の運転席は明らかに一人用なので、どうやらこの魔動車は三人乗りのようだ。
ニール兄さんは運転席に座ると、ハンドルを持って魔動車を起動した。するとブゥン、というわずかな振動音が伝わってくる。
「行くぞ」
「うん」
ニール兄さんはゆっくりと魔動車を動かした。私たちを乗せた魔動車はゆっくりと慣れ親しんだホワイトホルンの町を進んでいく。
「あれ? そういえばニール兄さん、運転大丈夫なの? ものすごい魔力がいるんじゃないっけ?」
「ああ。これは新型らしくてさ。衛兵になれるくらいの魔力があれば一日運転できるらしい」
「すごいね」
「ああ。徹底的な軽量化と動力効率の改善で、今までの十分の一くらいの魔力で運転できるってニコラさんの手紙に書いてあった」
なるほど。言われてみれば小型だし、外気が入ってくるようなことはないが天井は幌だ。
「そっか。いつか私も運転できるかな?」
「きっとあの二人が奇跡の力で動かせる魔道具を作ってくれるよ」
「うん。そうだね」
こうして私たちはキエルナへと向かうのだった。




