第82話 帰郷
久しぶりの我が家に帰ってきた。本当は雪解けまでには戻ろうと思っていたのに、戦争のせいでこんなに遅くなってしまったのだ。
とはいえ、心配していた春のゾンビ退治はなんの問題もなく終わったと聞いている。もっと正確に言うならば、ゾンビが一匹も現れないという驚くべき結果に終わったのだそうだ。
去年の冬の大惨事を思えば、あのときに近隣に存在するすべてのゾンビを退治し終えたのだろう。
それでも冬に死んだ動物がゾンビになっていそうなものだが、それもなかったらしい。
その理由はよく分からないが、ゾンビが出なかったのは本当に素晴らしいことだ。今後ともゾンビが二度と出ないことを願いたいものだ。
それとおじいちゃんから受け継いだお店の状態なのだが、何か月も家を空けていたわりには意外とそこまで酷い状態にはなっていなかった。
どうやら私が出発してしばらくの間はアネットが、アネットが出征してからはシンディーさんが最低限の掃除をしてくれていたようなのだ。
もちろん一部の薬はダメになってしまっているだろう。
だがハワーズ・ダイナーに置いてもらっていた薬はもう無くなっているそうなので、患者さんたちのためにも早くお店を開ける必要がある。
「よしっ! がんばろう!」
私は一人で気合を入れると、在庫の確認作業を開始するのだった。
◆◇◆
気が付けば日が傾いて来ていた。今の季節は日が長いのに薄暗くなっているということは、もう寝なければいけない時間だ。
だがダメになってしまった薬の整理が終わり、アネットやシンディーさんでは手を入れられなかった部分の掃除も終わった。
明日の午前中で必要な薬を調合すれば、午後にはお店を再開できるだろう。
私は戸締りをすると、ハワーズ・ダイナーへとやってきた。もう閉店間際なようで、お客さんはほとんど入っていない。
「こんばんは」
「あっ! ホリーちゃん! お帰り! もう! 心配したのよ!」
シンディーさんが駆け寄ってきて、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ただいま、シンディーさん。あ、お掃除してくれてたんですよね? ありがとうございます」
「いいのよ。さあ、おかけなさい」
「はい」
シンディーさんは近くの席を勧めてくれたので、素直に着席する。
するとすぐにシンディーさんがディナープレートを持ってきてくれた。
「はい。今日の夕飯よ」
そういって私の前にプレートを差し出すと、シンディーさんは向かいの席に着席した。
今日のディナープレートはハンバーグ、ソーセージと野菜のグリル、オニオンスープ、そしてパンだ。
これはハワーズ・ダイナーの人気メニューの一つだ。
「さ、召し上がれ」
「ありがとうございます」
私はさっそく夕食に手をつける。久しぶりのハワーズ・ダイナーの夕食はどこかホッとする味で、故郷に帰ってきたという安心感のようなものを覚えるのだ。
「ホリーちゃん、大活躍だったそうね」
「あ、はい。でも私はおじいちゃんの教えてくれたとおり、やるべきことをやっただけですから」
「そう。でも、勲章までいただいたんでしょう?」
「はい」
「それは本当にすごいことなのよ。グラン先生にもちゃんと報告した?」
「あ……まだです。お店を早く開けなくちゃって……」
「そう。でも、長旅だったんだからちょっとくらい休みなさい? あまり無理をして、倒れた困るのはホリーちゃんだけじゃないのよ?」
なるほど。言われてみればそうかもしれない。困っている患者さんのために早く開けなければって思っていたけれど、もう一日くらい休んでもいいかもしれない。
「わかりました。じゃあ明日はおじいちゃんのお墓参りに行くだけにして、ゆっくり休みます」
「うん。そうしなさい」
そう言ってシンディーさんは優しく微笑んでくれたのだった。
◆◇◆
翌日はシンディーさんの言うとおりおじいちゃんのお墓参りだけでゆっくりし、さらにその翌日の午後から私はお店を開けた。
素材も一部ダメになっていたが、ボーダーブルクからの帰り道でちょっと仕入れておいたので今すぐに品切れになってしまうことはないはずだ。
そうしてお店を開けていると、全裸四人組の一人であるアンディさんがお店にやってきた。相変わらずの筋肉を見せつけるかのようなタンクトップ姿で、どこか悪いところがあるとは思えないのだけれど……。
「アンディさん、いらっしゃいませ」
「やあ、ホリーちゃん。元気そうだね」
アンディさんは私の腰よりも太そうな逞しい二の腕の筋肉が見えるポーズを取りながら私のいるカウンターに近づいてくる。
「どうしました? 二日酔いのお薬ですか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっとうちの農場で育てている麦の調子が悪くてね。見てほしいんだけど……」
「ああ、はい。いいですよ。いきなりお休みにしちゃうと皆さんに心配されちゃいますから、今度の土曜日でもいいですか?」
「もちろん。ありがとう。あ、じゃあ、二日酔いの薬も貰っていこうかな」
「え? あ、はい。十ソルです」
どうやら二日酔いでもあったようだ。
ちなみにこのソルというのは補助通貨で、百ソルで一リーレの価値がある。そしてこのソルはそれぞれの町で勝手に発行しているものなので、他の町に持って行っても使うことはできない。
「いつも思うんだけど、そんなに安くていいの?」
「大丈夫ですよ。原価も安いですから。それに長く保存できますし」
私は十ソルを受け取ると棚から二日酔いのお薬を取り出し、アンディさんに手渡した。
「お大事にどうぞ」
こうして私は笑顔でアンディさんを見送るのだった。




