第81話 魔族の言い分
シェウミリエ帝国が敗北し、ズィーシャードが魔族によって占領された。その報は瞬く間に世界中を駆け巡り、人族の各国の王たちを震撼させた。
なぜなら魔族がコーデリア峠よりも南に橋頭保を確保するのは、実に三百年前の人魔戦争以来の出来事だからだ。
各国が情報収集に追われているころ、ボーダーブルク南砦に捕らわれた将司をはじめとする人族の捕虜たちは教育を受けさせられていた。
そんな捕虜たちの中でも将司は魔力が高いため外には出されず、個室での授業を受けている。
「こんにちは。私はメレディスと申します。お名前はなんとお呼びすれば?」
「将司です」
「ではショーズィさん、あなたは今回の戦争で捕虜となりましたが、我々はあなたがた人族と違い、捕虜を人として扱うことにしております」
「……」
「ですのでこちらでは食事の心配もありませんし、劣悪な環境に置かれることはありません。また、侵略者であるシェウミリエ帝国による賠償金の支払いが確認され次第、あなたはズィーシャードにて解放されることとなります」
「……はい」
将司はそう言って小さく頷いた。
「さて、あなたに限らず捕虜の皆さんに尋問をした結果、どうやら人族の皆さんには大きな勘違いがあることが判明いたしました。我々はこのような勘違いによる無益な争いを避けるため、皆さんに今一度歴史と事実について理解をしていただくべく、このような場を設けることとなりました」
将司は無言のまま頷いた。
「はい。それではまずあなたがた人族と魔族の領域がどのようにして決まったのか、ということについてお話しましょう。遥か昔よりコーデリア峠を含む山の北側が魔族、南側が人族という形で自然に住み分けておりました。ですが三百年前、人族の多くの国が同盟を結び、コーデリア峠、皆さんの言うところのジャミー峠を越えて攻め寄せて参りました。これが人魔戦争の始まりです。この戦争はご存じですか?」
「いえ」
「そうですか。ではぜひ覚えておいてください。そしてその人魔戦争の結果、魔族は今のズィーシャードだけでなく、かなり広い範囲にまで人族を押し込みました。その際、当時中立を貫いていた人族の国の一つであるリリヤマール王国が停戦を仲介し、人魔不戦条約が結ばれました。この条約はご存じですか?」
「いえ、知りません」
するとメレディスは小さなため息をついた。
「そうですか。人魔不戦条約において、魔族は戦争が始まって以降に占領した土地を放棄することが定められました。その対価として人族は侵略の事実と敗戦を認めて賠償金を支払い、さらに人族は魔族の領域に侵攻してはならず、また許可を得ずに立ち入ってはならないとされたのです」
「……つまり、人族が先に約束を破ったというのですか?」
「我々魔族からすればそういうことになります。もっとも人族の理屈としては、今回攻めてきたシェウミリエ帝国は人魔戦争当時は小さな島国であり、人魔不戦条約の締結国ではない。よって今回の侵攻は正当である、という主張をしていますがね」
「……」
「この件について我々の主張をあなたに押し付けるつもりはありません。ですがそのような事情がありますので、我々魔族は人族が条約を反故にして攻めてきたと感じています。つまり、この戦いは自衛であったということは覚えておいていただきたい」
「……でも、不戦条約なんですよね? 魔族だって攻めているじゃないですか」
「いえ、違いますよ。我々ではなく、人族が一方的に侵攻してはならないと定めたのが人魔不戦条約です。我々魔族が占領した土地をすべて放棄する代わりに人族は賠償金を支払い、二度と条約で定められた土地を侵さない。これが条約の内容です」
将司はその言葉に絶句した。
「そもそも、我々は一度として領土的野心を持って人族の地を侵略したことなどないのです。よろしいですか?」
「……はい」
将司がなんとか絞り出したその言葉を聞き、メレディスは満足そうに頷いた。
「続いてもう一つ、ゾンビについて大きな誤解があるようですので訂正します。ゾンビは我々が何かをしているのではなく、自然現象です。なぜゾンビが生まれるのかは解明されておりませんが、ゾンビが発生するのは遺体を燃やさないことが原因です。ですから我々は火葬を義務付けており、さらに動物のゾンビを駆除するために定期的に森へ入っております」
将司はメレディスをじっと見つめている。
「そもそも、ゾンビについては人族のほうが解明が進んでいるのではありませんか? 今回の戦争の発端はシェウミリエ帝国兵がゾンビを発生させる魔道具を魔族領に設置したことにあります」
「でもハロルドさんは! ゾンビは魔族の生み出したものだって!」
「それは完全な間違いです。そもそもゾンビを生み出す魔道具を持っているのが人族で、さらに人族の聖女はゾンビを浄化する力を持っているのですよね? そのような状況でなぜ、我々魔族がゾンビを生み出していると考えるのですか? もし人為的にゾンビを生み出しているのだとしたら、それは人族が生み出していると考えるほうが自然ではありませんか?」
「……」
将司は唇を噛み、地面を見て黙り込んだ。
「ともかく、ゾンビを我々が生み出しているというのは完全なる誤解、いや濡れ衣と言っても差し支えないでしょう」
将司は唇を噛んだまま、メレディスの話にじっと耳を傾けるのだった。




