第77話 魔族の同胞
ホリーが退出していった扉を、将司は熱をはらんだ目でじっと見つめていた。
「ホリーさん……」
うわ言のようにその名をぼそりと呟いた将司は、彼女に治療をしてもらった時のことを思い返していた。
驚くほど長いウェーブかかった美しい金髪、今まで見たどんな宝石よりも美しい水色の瞳、CGと見まごうほどに整った顔、鈴が鳴るかのように美しい声。
そんな美しい少女が自分とさして年齢が変わらないはずなのに、医者として真剣に自分を治療してくれた。
しかも彼女は見たこともないような魔法を使い、怪我を治療していたのだ。
その美しい金髪が神々しく金色に輝き、瞳まで金色に変化していた。
それはまさに女神としか言い表せないほどの美しさで、降り注ぐ金色の輝きは将司の脳裏に焼きついている。
「ああ、ホリーさん……」
将司は熱っぽい口調で再びそう呟いたのだった。
◆◇◆
あの黒髪の患者さんを治療してから五日が経過した。
継続的に患者さんが運ばれてはきているものの、なんと今や魔族の患者さんよりも人族の患者さんのほうが多くなっている。
私は魔族の患者さんの治療が最優先で、時間が余ったら人族の患者さんの中でも割と傷の深い患者さんの治療をしている。
それ以外の人族の患者さんは薬を使った通常の治療を受けてもらっている。
そんなわけなのでもう魔族用の病棟にはほとんど患者さんがおらず、人族用の病棟は常に満床に近い状況だ。
それでも満床にならずに済んでいるのは、治療が終わった人族の中でも魔法が使えない人を別の捕虜収容所に移しているからだ。
私は詳しくないのでよく分からないが、人族用の病棟は魔法で破壊できないように特殊な魔道具が使われているらしい。
だから魔力の強い人はこの病棟に閉じ込めて、それ以外の人は別の場所に閉じ込めているのだそうだ。
ただ、私としては人族が魔法を使えない人を兵士として戦争に送り出しているという事実にショックを受けた。
魔法が使えないのに、彼らは一体どうやって戦うつもりなのだろうか?
きっと身体強化くらいは使えるのだろうとは思うけれど、それでもそれ以外の魔法が使えない程度しか魔力のない人を兵士として前線に送り込んで役に立つのだろうか?
はっきり言って、死にに行っているようなものだと思うのだけれど……。
そんなことを考えつつも、私は食堂にやってきた。するとアネットが厨房から出てきてくれる。
「ホリー、お疲れ様」
「あ、アネット。いいの? 厨房を抜けて」
「もうお昼の忙しい時間は終わったから。ねぇねぇ、一緒にお昼食べよう?」
「うん。いいよ。今日のメニューは何?」
「ポークソテーのベリーソース」
「え? もうベリーの季節なんだ」
「うん。もう採れるようになってきたみたい」
「そっか……」
ということは、ホワイトホルンの雪はもう完全になくなっているころだろう。
「ほら、ホリー。行こうよ」
「うん」
そうして私はアネットと一緒に少し遅いランチをいただく。
「ねぇ、ホリー。お仕事はどう? 最近は人族も治してるんだよね? 何か変なこと、されてない?」
「うーん、特にないかな。ギョッとはされているけど、ニール兄さんやヘクターさんが守ってくれてるから」
「そっか。なら良かった……」
「あ、でもね。私、つい聞かれて名前を教えちゃったんだ」
「え? 大丈夫なの?」
「わかんない。でもニール兄さんには怒られちゃった」
「そりゃそうだよ。私たちの町に攻めてきている人たちなんだから、怖いことされるに決まってるよ」
「そうかなぁ。そんなに悪い人じゃなさそうだったけど……」
「え!? もしかしてホリー、その人族が好きになっちゃったの?」
「え? どうして?」
質問の意味がさっぱりわからない。どうしてそんな話になるんだろうか?
「ああ、良かった。ホリーは人族だからやっぱり人族を見ると素敵に見えるのかなって……」
「やだ。そんなわけないでしょ。ずっと魔族と一緒に育ったんだもん。男の人だって魔族がいいに決まってるよ。相手にされるかわかんないけど……」
「そっかぁ。じゃあ、いなくなったりしないのね?」
「そんなわけないよ。私、早くホワイトホルンに帰ってお店を開けたいんだから」
「うん。そうだよね。うん。早く帰ろうね」
「うん」
それから他愛のないおしゃべりをしてから、私はアネットと別れて食堂を出た。
今日のこれからの予定は……ああ、そうだ。人族の病棟で治療をするんだった。
そういえばあの黒髪の患者さんに口止めをまだしていなかったし、ついでにそれもしてしまおう。
そんなことを考えながら、私は人族用の病棟へと足を運ぶのだった。
◆◇◆
「失礼します」
私はいつもどおりの挨拶をして、黒髪の患者さんの病室へと入った。
「あ! ホリーさん!」
すると患者さんは満面の笑みを浮かべ、私を歓迎してくれた。
「こんにちは」
「は、はい! こんにちは!」
どうやら患者さんは少し緊張しているようだ。やはり突然訪ねたのは良くなかったかもしれない。
「あの、あれから体調にお変わりはありませんか?」
「はい! 大丈夫です! お腹の傷も綺麗に治ってて!」
患者さんは全身を使って元気であることをアピールしてくる。
「それは良かったです」
「はい! ホリーさんのおかげです!」
どうやら本当に元気なようだ。
「あの、実はですね。お願いがあってきたんですけど……」
「お願いですか? もちろんです! 俺にできることならなんでも!」
「本当ですか? それじゃあ、私の名前を秘密にしておいて欲しいんです」
「え? なんでですか?」
どうやらそのお願いがかなり意外だったようで、キョトンとした表情を浮かべている。
「あの、本当は名前を教えちゃいけなかったみたいなんです。その、あなたたちの国から暗殺者が来るかも知れないって……」
「え? なんでそんなことを?」
患者さんはまたしてもキョトンとした表情を浮かべている。
「えっと……だって、魔族を治療していますから……」
「え? それが理由ですか? じゃあ俺と一緒に人族の国に帰ればいいじゃないですか。俺は捕虜交換で帰れるそうですから、一緒に帰れるようにお願いしてあげますよ」
「はい?」
この患者さんは一体何を言っているんだろうか?
「どうして私が人族の国になんか行かないといけないんですか?」
「え? だって魔族は人族の敵じゃないですか。人族が魔族と一緒にいるなんて危ないですよ」
患者さんはあっけらかんとそう言い放った。だが表情は真剣そのもので、その瞳にはどこか狂気が宿っているように見える。
「危ない目に遭ったことなんてありません。ゾンビのほうがよほど危険です」
私は怒りをぐっと堪え、冷静に反論する。
「でも、魔族は人族にゾンビをけしかけて滅ぼそうとしているじゃないですか」
「は? 何言ってるんですか?」
「それに今回の戦争だって魔族たちがシェウミリエ帝国の兵士を殺したせいで起きたんですよ? いつも攻撃してくるのは魔族なんですよ?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
あまりの言い草に私は頭に血が上り、つい大声を出してしまった。
「勝手なこと言わないでください! ゾンビを発生させる魔道具を持ち込んだのはあなたたち人族じゃないですか! あなたは私たちがどれだけゾンビ退治に苦心してるか分かってるんですか!?」
「え?」
私の剣幕に患者さんは驚いているようだが、私は言葉を続ける。
「それにあなたたちシェウミリエ帝国はラントヴィルで女性を乱暴して! 村人を全員虐殺したそうじゃないですか!」
「そ、そんなことするわけ! それに魔族だってゾンシャールの町を!」
「ホリー」
怒りをぶちまける私の肩をニール兄さんがそっと叩いてくれた。
「あ……」
「ホリーちゃん、ここで言い争っても仕方ないよ」
「そうですね」
さらに同行しているヘクターさんがそう言ってくれ、ようやく冷静になれた。
ヘクターさんは患者さんに厳しい表情を向ける。
「君がどこまで知らされているかは分からないが、彼女の言っていることは事実だ。そしてゾンシャールというのは我々魔族が奇襲を仕掛けた平原にある砦のことだな?」
患者さんはコクリと頷いた。
「その作戦と結果については聞いているが、我々は兵士と軍に協力している者のみを殺害したはずだ。君たちがラントヴィルでやったような虐殺とは違う」
「そんな……はずは……」
「信じる信じないは君の自由だが、それが事実だ」
患者さんはショックを受けているようで、がっくりとうなだれている。
「君がもしこの娘に感謝しているのなら、その願いを聞いて名前を秘密にしておいてやってくれ」
患者さんは長い沈黙ののち、小さく頷いたのだった。




