第73話 戦いの前の休日(後編)
「ホリー様、ようこそ当店へお越しくださいました。私は当店カルヴィン&キャサリンの店主、カルヴィンでございます。こちらは妻のキャサリンでございます」
「ホリーです。こっちは友人のアネットです」
「よろしくお願いします」
私たちはお店に入ると、そのまま応接室へと通された。出された綺麗な色の紅茶が湯気を立て、とてもいい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「あの、どうして私たちを?」
「はい。実はホリー様の話題で町は持ちきりでしてな。奇跡の天使はどんな重傷者でも治療してしまう、とね。ですから、そんな噂の奇跡の天使にぜひ一度お会いしたかったのですよ」
「はぁ」
「どうでしょう? 何かご入用なものはございませんか? お近づきの印ということで、ぜひ当店よりお贈りさせてください」
「え? でも……」
「アネット様もお一つ、いかがでしょう? アネットさんでしたらこちらのネックレスなどお似合いだと思いますよ」
カルヴィンさんは青い小さな宝石のはめ込まれた金のネックレスを差し出してきた。
「えっ? 私にも? いいんですか? あ、でも……」
「もちろんお代は結構ですよ」
「本当ですか? あ、じゃあ……」
アネットはネックレスにおずおずと手を伸ばすと、うっとりとした様子で観察し始めた。
「ホリー様もいかがですか? ああ、そうだ。もしお持ちでなければ儀礼服を仕立てるというのはいかがでしょう?」
「儀礼服?」
「はい。お持ちではないですか?」
「はい」
「それでしたらぜひ、当店でお手伝いさせてください」
「でも、儀礼服って何に使うんですか?」
「儀礼服というのは軍に所属する方が式典などでお召しになる服のことです」
「でも私は兵士じゃないですよ?」
「ですがこれほど有名になっておられますからね。戦後はきっと、いえ、間違いなくお召しになる機会がございますよ」
「そうなんですか?」
「はい。間違いなく戦没者追悼式や戦勝記念パレードには呼ばれることでしょう」
「でも……」
私は困ってアネットをちらりと見るが、宝石に夢中になっていて頼りになりそうもない
「それにご自宅のある町に戻られてからも使えますよ? 正装の一種ですから」
ここまで言われるとなんだか持っていてもいいような気もしてくる。
「わかりました。じゃあ、せっかくですからお願いします」
「おお! それでは早速!」
こうして私は儀礼服を仕立ててもらうこととなったのだった。
◆◇◆
カルヴィン&キャサリンを出てからも、私たちは行く先々で様々なものを貰ってしまった。
果物や野菜などの食べ物のほか、帽子や布、さらにはアクセサリーからよく分からない工芸品まで様々なものがある。特にこの木彫りの熊が魚を咥えているこれは一体なんなのだろうか?
アネットにお願いして一部持ってもらっているのだが、さすがにもうこれ以上は持てそうもない。
というわけで私たちは今、このいただき物を整理すべくホテルの自室へと戻ってきた。
「ホリー、すごいね」
食べ物を整理してくれているアネットが突然そんなことを言ってきた。
「え? 何が?」
私は思わず工芸品を整理する手を止めてアネットのほうへと顔を向ける。
「だって、こんなに色んな人からお礼をされるんだもの。やっぱりホリーは特別だよね」
「でも、私は私のやるべきことをしただけだよ? きっとおじいちゃんだって同じ状況だったら自分のできるすべてを使って患者さんの治療をしたと思うもん」
「そうかもしれないけどさ。串焼き屋のおじさんみたいにホリーに大切な人を助けてもらって、それで感謝してくれてるんだからさ。やっぱりすごいよ」
「……うん」
「それにホリーの治療はさ。本物の奇跡だもんね。もう歩けないかもしれない人だって治せちゃうんでしょ?」
「そうだね……」
私が治療してきた患者さんで言えば、足の腱を切られた患者さんは比較的軽症の部類だったりする。
それこそ体が押しつぶされた患者さんや全身に火傷を負った患者さん、体中に刺し傷を負った患者さんなどのほうがよほど大変だったりする。それは重症ということもあるが……。
「あのさ、アネット」
「何?」
「きっと、これから行く病院でものすごいのを見ることになるかもしれないよ」
「どういうこと?」
「戦争で傷つけられた患者さんって、本当に酷い怪我をしているの。それこそ全身血まみれなんと普通だし、足が無かったり火傷がぐちゃぐちゃになってたりしてさ」
「……」
私の言葉にアネットはその様子を想像したのか、少し青い顔をした。
やっぱり、そんな現場に慣れていないアネットをそんなところに連れていくのは良くないのではないだろうか?
「だからさ、アネット。私と一緒に病院にいたら、そういう患者さんをたくさん見ることになるよ?」
するとアネットは少しムッとした表情になった。
「そんなのわかってるよ。でもさ。ホリーだけそんな辛い思いをして私だけホワイトホルンで待ってるなんてできないもん」
「アネット……」
「そりゃあ、治療の役には立てないけどさ。でも私だって食堂の娘だもの。故郷の料理で元気になってもらうくらいはさせてよ」
アネットはそう言って明るく笑ってくれた。その笑顔はおじいちゃんが調子を悪くしたときにいつもアネットがくれていたものと同じで、私はすっと心が軽くなるのを感じたのだった。




