第72話 戦いの前の休日(前編)
第五会議室に行くと、そこには懐かしい人たちがたくさん集まっていた。
「おや? ホリーちゃん?」
「あ! ホリー!」
入ってきた私を見つけるなり、なんと衛兵服を着たアネットが駆け寄ってきた。
「え? アネット? どうして?」
「どうしてって、ホリーが心配だったからだよ。まさか戦争に行くだなんて! だから雑用係として一緒に来たの」
「そんな……」
「ホリー一人にそんな危険なこと、させられないもの」
「でも!」
アネットは戦う力もなければ治療をする技術もない。そんなアネットがこんなところまで来るなんて!
「ホリー、それくらいにしておいてやれよ」
「ニール兄さん……」
「俺だって怒ったけど、でも仕方ないよ。それに、魔王陛下からホワイトホルンの衛兵隊にさ。ホリーの警護と身の回りの世話をする部隊を出してくれっていう依頼が来たらしいんだよ。それでこういう人選になったらしいんだ」
「魔王様が……」
言われてみて見れば、たしかに衛兵隊の人たちは見知った顔ばかりだ。
「それに、男だけだと、ほら。何かとさ。あるだろ?」
「うん……」
「基本的に安全な後方での任務だし、戦争に負けでもしない限りアネットもホリーも危険な目には遭わないはずだから」
病院は別の場所に移動すると聞いたけれど、患者さんのいる場所が最前線になることはないだろう。
「……わかった」
「ああ。それじゃあ、明日はアネットと二人で息抜きでもしておいで」
「え?」
「明後日から出発って聞いてるからさ」
「じゃあニール兄さんたちも」
「いや、俺は隊長と色々と詰めないといけないからさ。それに俺はホリーと違ってほとんど何もしてないようなもんだから」
「そっか。うん、わかった」
こうして私は久しぶりにお休みを貰えることになったのだった。
◆◇◆
「ほら、あそこが名物の噴水だよ」
「ホントだ。すごいね。魔道具?」
「違うんだって。自然に流れる水の力を使ってああやってるらしいよ」
「へぇ」
私たちがまず最初にやってきたのは町庁舎からほど近い場所にある公園の広場に設置された噴水だ。
勢いよく水が噴き上がっており、夏になると子供たちが水浴びをしているらしい。
「おーい、そこのお嬢ちゃんたち」
私たちが噴水を見物していると、広場の隅で屋台の準備をしていたおじさんが声をかけてきた。
「はい?」
「そこの人族のお嬢ちゃん、奇跡の天使様だろう?」
「え? どうしてそれを……?」
病院で治療した兵士たちしか知らないはずの呼び名をされ、私は思わず聞き返してしまった。
「ああ! やっぱりそうか! お嬢ちゃんがうちの倅を治してくれたんだろう? ありがとう! もう二度と歩けないって聞いてたのに、今ではまた勇敢に戦ってるんだ。本当にありがとう」
「あ、いえ。それが私の仕事ですから」
もちろんこうして元気になったと言われ、感謝されるのは嬉しい。だが結局また戦いに行ってしまっているということを考えると複雑な気分だ。
「ああ、折角だ! よかったらうちの串焼き、食べていってくれ。もちろんお代は要らないよ。うちの倅の恩人から金なんて取れないからさ」
そう言っておじさんは炭に魔法で火をつけると串を取り出し、肉を焼き始めた。
「え、でも……」
「ホリー、貰ってあげなよ。この人もきっとそのほうが嬉しいよ」
「そうだぞ。お嬢ちゃん、分かってるじゃないか」
そう言いながらおじさんが魔法で炭に風を送って火加減を調整している。
「じゃ、じゃあ、折角ですから」
「そう来なくっちゃ」
おじさんは嬉しそうにそう言うと、焼き加減を見ながら少しずつ調味料を振りかけていく。
「はいよ。ボーダーブルク名物、豚串の完成だ」
「ありがとうございます」
「そっちのお嬢ちゃんにも」
「わ! ありがとうございます! でもいいんですか?」
「いいってことよ」
私たちは美味しそうな匂いを放つ串焼きを受け取り、早速口に含んだ。
すると熱々の肉汁が口の中にドバっと溢れてきた。それに塩味と胡椒の風味がそれを引き立ててくれている。
「美味しいです」
「ありがとう。今日は休日なんだろう?」
「はい」
「じゃあ、ゆっくり楽しんでいってくれよ」
「ありがとうございます」
こうして私は豚串を持ったまま公園を散歩するのだった。
◆◇◆
公園の散策を終えた私たちは繁華街へとやってきた。このあたりは様々な店が立ち並んでおり、主に宝飾品や服などの高級品を扱っているお店が多い。
もちろん私たちにそんな高級品を買えるだけのお金はないので眺めるだけだ。
「すごいね」
「うん。私たちみたいな田舎娘だとちょっと場違いだけどね」
「あはは、たしかに」
そんなどうでもいい会話をしながら歩いていると、十字路に面したお店から一人の紳士が出てきて私たちに声をかけてきた。
「失礼いたします。もしや奇跡の天使ホリー様ではございませんか?」
「えっ!?」
まさかこんなところで声をかけられるとは思っておらず、びっくりして思わず変な声が出てしまった。
「ホリー、さっきから奇跡の天使ってなんなの?」
「なんか、治療してたらいつの間にか患者さんたちがそういう風に噂するようになっちゃって……」
「ああ、たしかにねぇ。私も最初見たときはびっくりしたもん」
ひそひそと小さな声でアネットに説明したのだが、紳士にはその声が聞こえていたらしい。
「ああ、やはりそうでしたか。お伺いしていたとおりのお姿でしたのでついお声がけしてしまいました。驚かせてしまい、申し訳ございません。罪滅ぼしに、もしよかったら店内を見ていかれませんか?」
「え? でも私たちはそんな……」
「まあまあ、紅茶もご馳走いたしますよ」
「ホリー、すごいね。折角だし、商品を見せてもらおうよ。こんな高級店に入る機会なんて滅多にないよ」
「え? うん」
こうして私たちはお店に入るのだった。




