第66話 コーデリア峠の戦い(中編)
魔族の兵士たちは夜陰に紛れ、シェウミリエ帝国軍の陣地の目の前に到着した。陣地には木製の柵が幾重にも張り巡らされ、あちこちに櫓が組まれている。
そんな陣地のところどころに灯された松明の炎のみが、月明かりのない夜の陣地を周囲を明るく照らしていた。
そんな暗闇の中を魔族の兵士たちが迷うことなくここまで進軍できたのは、彼らが身体強化の魔法を使って暗視能力を高めていたからに他ならない。
「やっぱ多そうだな」
「なんだ? 今更ビビったのか?」
「ちげぇよ」
「いいか? 火は使うなよ? 魔力の弱い雑魚は身体強化もできねぇからな」
「わかってるよ。とにかく中にいる連中で、俺らに反応した奴を狙って殺せばいいんだろ?」
「そういうことだ。そうすりゃ残りは勝手に同士討ちでもするはずだ」
「よし。じゃあ、いくぞ」
「おう」
魔族の兵士たちは非常に大雑把な作戦の確認をすると、そのうちの一人が水球を作り出して入口に掲げられた松明にぶつけた。
水に濡れた松明はそのすぐさま消えてしまい、あたりは完全に闇に包まれた。
「なっ!?」
「火が! おい! どうしたぐあっ!」
見張りをしていたシェウミリエ帝国兵が突如その場に倒れ、次々と魔族の兵士たちが雪崩れ込んでいく。
「おい! しかっかりしがはっ」
「うわぁぁぁぁ」
突然明かりを奪われ、闇の中から攻撃されたシェウミリエ帝国兵はあっという間にパニックに陥った。
「おい! やめろ! ぐあっ!」
「て、敵だー!」
「敵だと!?」
視界を奪われた中、パニックになったシェウミリエ帝国兵は思い切り槍を振り回し、その切っ先が仲間のシェウミリエ帝国兵を傷つける。
そのことにパニックを起こした他の兵に攻撃し、あっという間に魔族の兵士たちの思惑どおりに同士討ちを始めた。
そんな彼らの脇を魔族の兵士たちが次々と駆け抜け、次々と松明を消していく。
そんな大混乱の中、魔族の兵士たちは陣地の奥深くまで侵入することに成功していた。
「……おい、おかしいぞ」
そこで、一人の魔族の兵士が近くの魔族の兵士に声をかけた。
「何がだ?」
「静かすぎないか?」
「言われてみれば……」
そう。彼らはここに来るまでにかなりの人数の兵士とすれ違っていたのだが、誰一人として自分たちの存在に気付く相手と遭遇していなかったのだ。
「いや、単に人族はそんだけ雑魚ってことだろ?」
「……そうかな?」
「そうだって。あの奥には天幕があるぞ。きっとあそこに大将がいるはずだ。そいつを倒せば」
「よし、行くぞ」
「そうだな。よし!」
そうして魔族の兵士たちは天幕へと向けて走りだしたのだった。
◆◇◆
「おうおう、まさかマジで釣れるとはなぁ」
そう呆れた様子で呟いたのは、天幕へと駆け込む様子を陣地の背後にある崖の上から見ていたガーニィ将軍だ。
「ま、あとは作戦どおりやるだけだ。おい!」
「かしこまりました。総員、放て!」
ガーニィ将軍の命令で崖の上に陣取ったシェウミリエ帝国兵たちが一斉に火矢を放った。
すると崖下の陣地のあちこちから火の手が上がる。
そうして浮かび上がったのはシェウミリエ帝国兵の服を着た大量の藁人形の姿だった。
「ようし。じゃ、あとは掃討するだけだ。魔族のクソったれどもを皆殺しにしろ!」
ガーニィ将軍がそう命令をすると銅鑼が叩かれ、ゴーンという音が周囲に響き渡った。
するとこれでもかと大量の矢が放たれる。
そして散々に矢の雨を降らせると、ガーニィ将軍は剣を抜いた。
「いくぞ! 俺に続け!」
ガーニィ将軍はそう叫ぶと身体強化を発動し、十メートルほどの高さの崖を駆け下りていく。
「将軍に続け!」
他の兵士たちも身体強化を発動し、続々とガーニィ将軍を追いかけるのだった。
◆◇◆
「なっ!?」
「空だと!?」
天幕に突入した魔族の兵士たちが見たのは大量に敷き詰められた藁だった。しかもその藁からは油の匂いが漂ってくる。
すると次の瞬間、テントの外がまるで昼間のように明るくなった。
「え?」
「これって?」
「やばい! 嵌められた! 出ろ!」
大急ぎで天幕の出口に魔族の兵士たちが殺到する。だが半数ほどが天幕から脱出したところで、火は天幕にも燃え移った。
するとすぐさま敷き詰められた藁にも引火し、すさまじい炎が魔族の兵士たちを包み込んだ。
「み、水を!」
魔族の兵士たちは慌てて水をかけるが、火が消えることはなかった。どうやらすでに油にも引火していたようだ。
「ぎゃああああ、熱い! 熱い!」
魔族の兵士たちは次々と炎に焼かれていく。
「くそっ! 消えねぇ! どうなってんだ!」
一方、脱出に成功した魔族の兵士たちは必死に消火しようとテントに水をかけている。
「がっ!?」
「ぐあっ!」
そんな彼らに矢の雨が降り注いだ。数百、数千の矢の雨に、魔族の兵士たちは次々と倒れていく。
やがて矢の雨が止んだとき、ほとんどの魔族の兵士は力尽きており、重傷を負いながらもなんとか生き残った数名だけが燃え盛る陣地を脱出しようと歩いていた。
「オラオラオラァ!」
そんな彼らを見つけたガーニィ将軍は身体強化のオーラを身に纏い、すさまじいスピードで脱出を図る彼らに迫っていく。
「な?」
「こいつ!」
応戦しようと魔族の兵士たちが魔法を放とうとした。だが次の瞬間、彼らの首は宙を待っていたのだった。




