第53話 赤い宝玉の謎
翌朝、私たちはボーダーブルクから少し南に行った山の中にやってきた。その一帯は森が切り開かれており、その中央に例の赤い宝玉があるのだそうだ。
私はニール兄さんの後ろに隠れつつ、少しずつ近づいていく。
「ありましたね」
「おおっ! これか! これがゾンビを発生させる魔道具なんやな」
ニコラさんはものすごい勢いで赤い宝玉のところへ駆け寄ると、何か道具を取り出して解析を始めた。
「ほうほう、エル坊の言うとおり構造は単純やな。MM変換回路は普通、入力回路は……んー、雑やなぁ。ん? ああ、なるほど。ブリッジ回路がちょっと変わっとるな。出力回路はこれまた雑やな。なあ、エル坊。これを作った奴、ずいぶんと技術力低うないか?」
「ええ、そうですね。ただ呪詛の部分が分からないのですよ」
「ああ、せやったなぁ。ともかく、MM回路のここをショートさせればこいつはもう動かへんで」
「ですがここで回路の線を引くのは」
「エル坊は頭が固いんや。若いんやから頭柔らかくしぃや。ここをな、こうして」
「え? そんなことをしたら!」
「大丈夫やって、失敗なんて三回に一回くらいしかせぇへんから」
「あっ!」
次の瞬間、ボンという音と共にニコラさんの手元で小さな爆発が起きた。
「あはははは、失敗してもうたわ」
「だから言ったじゃないですか」
「すまんすまん。でも見てみぃや。ちゃんとMM回路はショートさせたで」
しかしそう言ったそばからゾンビが突然発生した。あれは鹿のゾンビのようだ。私たちからはまだ十メートルくらいの距離がある。
「ま、あれで最後やで。せや! ホリーちゃん、ゾンビの浄化ができるんやろ? アタシ生で見たいさかい、見せてや」
「え? あ、はい。あの、誰かゾンビを動けないようにしてもらえませんか?」
「任せろ」
ニール兄さんが前に出ると義手を前に突き出した。すると義手の先から石の礫が飛んでいき、ゾンビの足に命中する。
石の礫によってゾンビの両前足は吹き飛ばされ、支えを失ったゾンビはその場に倒れ込んだ。
私はいつもどおり駆け寄ると、浄化の奇跡をかけた。
「おお、燃えずに消えるんやな。これはすごいで! なあ、エル坊! ゾンビがあないに簡単に消えるやん! ホンマに奇跡やで!」
ニコラさんが興奮した様子でそう捲し立てている。
私はその様子になんだか小さい子供を相手にしているかのような錯覚を覚え、つい笑顔になってしまった。
「ん? なんや? ホリーちゃん」
私に気付いたのか、ニコラさんが私にそう聞いてきたときだった。
ニコラさんの手元にある赤い宝玉を見てしまった!
すぐさま悪寒が走る……かと思ったのだがなんともなかった。
「あ、あれ?」
「ん? どうしたんや? 怖い顔して」
「え? あ、その、なんともなかったなって」
「なんとも? ……あ! そうやった。すまんな。ホリーちゃん、これ見れんやったな。ん? 平気そうやな」
「はい。どうしてでしょう」
「どうしてやろな。MM回路を壊したからかいな? でも、前んときは呪詛を壊したんやろ?」
「はい」
「んー、不思議やな。せや! 次のやつも回収して、今度は呪詛を壊してもらおうや。そんでキエルナに帰って前のと比べれば何か分かるかもしれへん。ほら、エル坊! 何ぼさっと突っ立っとるんや。次、行くで?」
「はいはい」
こうして私たちは森の中で発見されたというすべての赤い宝玉を回収した。だが不思議なことに、今回発見したどの赤い宝玉を見ても私が悪寒に襲われることはなかったのだった。
◆◇◆
赤い宝玉の無力化を確認した私たちは再びオリアナさんの町長室へとやってきた。
「エルドレッド殿下、ご協力いただき感謝いたします」
「こちらこそ、準備を整えていただいたおかげで手早く作業を終えることができました」
と、和やかな雰囲気で話しているとニコラさんがとんでもないことを言いだした。
「なあ、アタシはもう帰るで」
「は?」
「サンプルも回収できたし、奇跡も生で見れたかさかい、もう用はないで。アタシはさっさと帰ってこいつの謎を解き明かすんや」
ニコラさんは赤い宝玉が入った箱を見せつけるよう自分の肩の前で小さくゆすった。箱の中からは宝玉どうしがぶつかり合ってガシャガシャと音がする。
「町長、世話になったで」
「ああ。ニコラ博士の協力に感謝する」
「おおきに~」
そう言ってニコラさんは私たちのことを置いて部屋から出て行ってしまった。
あまりのことに私たちが唖然としていると、エルドレッド様は諦めたような表情で教えてくれた。
「ニコラはいつもああなのです。基本的に研究のことしか頭にありませんから……」
「た、大変なんですね」
「ええ。まったく……」
エルドレッド様は眉間に皺を寄せ、深くため息をついた。
「どうせニコラはもう魔動車に乗って出発しているでしょうからね。我々が置いてきた後続の貨物魔動車がついたらお願いして乗せてもらいましょう」
そう言ってエルドレッド様は再び深いため息をつくのだった。




