第54話 偏見と治療(前編)
「ホリー、ニール、二人の助力にも感謝する」
「いえ」
「俺なんてほとんど何も……」
「それでもだ。礼はきちんとさせてもらう。滞在費はこちらで持たせてもらうので、迎えの魔動車が来るまではゆっくりしていってほしい」
「ありがとうございます」
私たちがお礼を言うと、オリアナさんは私のほうを真剣な目で真っすぐ見てきた。
「ところでホリー、君が薬師でありながら奇跡の使い手であるということを見込んで頼みがある」
「はい」
「実は一連のゾンビ襲撃で兵士と住民に重傷者が出ているのだ。抗ゾンビ薬は投与しているのだが、薬だけではどうにもならない者も出ているのだ。もちろん治療費を支払うので、彼らを治療してもらうことはできないだろうか?」
「もちろんです! 患者さんはどこにいるんですか?」
「お、おい。ホリー、お前今日は何回か奇跡を使ってるじゃないか」
「ニール兄さん、大丈夫だよ。あの程度ならどうってことないし、それに患者さんはすぐに治療したほうが助かる可能性が高いんだよ?」
「だけど……」
「大丈夫だって。オリアナさん、案内してください!」
「ありがとう。感謝する」
こうして私は患者さんが収容されているという病院へと向かうのだった。
◆◇◆
私たちはオリアナさん直々の案内で、町庁舎の隣にあるボーダーブルク軍臨時病院という看板が掲げられた病院へとやってきた。エルドレッド様は他の用事があるそうで、一緒にいるのはオリアナさんとニール兄さんだけだ。
その入口を一人の兵士が警備をしているのだが、先頭を歩いているオリアナさんに気付いてビシッと敬礼をした。しかしその一団の中にいる私を見て怪訝そうな表情を浮かべる。
「ご苦労」
オリアナさんはそう言ってそのまま病院の中に入ったので、その後に私たちも続いた。
すると、その中にいた兵士の人が驚いて声をかけてきた。
「町長閣下!? いかがなさいましたか?」
「ああ。重傷者の治療できる可能性が出てきたのだ」
「本当ですか? 一体どうやって?」
「紹介する。ホワイトホルンの薬師で奇跡の使い手のホリーだ。今回のゾンビ事件の解決に協力するため、キエルナから来てくれた。彼女であればなんとかしてくれるかもしれない」
すると私を見たその人は怪訝そうな表情を浮かべた。
「……人族ですよね? 大丈夫でしょうか?」
「彼女は我々の同胞だ。エルドレッド殿下も信用なさっている」
「……わかりました。ホリーさん、でしたね。私はボーダーブルク軍で衛生兵をしているチャールズです」
「ホリーです。ホワイトホルンから来ました」
「よろしくお願いします」
チャールズさんが何かを口ごもった。
「なんですか?」
「いえ、その、この町は度々人族によって侵略されています。そのため、患者の中には人族に偏見を持つ者もおります。しかも今回のゾンビ事件は、帝国の連中の起こしたことだということも知られています。場合によっては心無い言葉を浴びせられるかもしれませんが、本当によろしいですか?」
「もちろんです。そんなこと、悩むようなことじゃありません」
おじいちゃんはいつだって患者のために薬を作っていたのだ。人を助けることこそが私の仕事で、それ以外のことはどうだっていい。
「……わかりました。ではご案内します」
「よろしくお願いします」
「ではチャールズ、あとは頼んだぞ。終わり次第、私に連絡を入れるように」
「はっ!」
こうして私たちはオリアナさんとも別れ、貸りた白衣を身に纏うと病室へ向かうのだった。
◆◇◆
「こちらになります」
チャールズさんに案内されたその病室は病院の最も奥にあり、いくつもの扉で厳重に隔離された場所にあった。
そこにはかなり重症の人が寝かされており、手足を失った人や体中に包帯を巻かれた人などが所狭しとベッドに横たえられている。
数は……全部で二十人ほどだ。
死の匂いが漂うこの部屋の空気は重苦しくよどんでいる。
「この人たちは全員ゾンビの被害者ですか?」
「はい。他にも同じような部屋があと五部屋あります」
「そうですか」
かなり多い。これは一日で治療するのは不可能だ。
「隔離しているってことは……」
「はい。実はこのあたりではあまりゾンビが発生しないのです。ですのでそれほど多くの抗ゾンビ薬を在庫しておらず、十分な量の抗ゾンビ薬で傷を洗い流すことができませんでした」
「わかりました。じゃあ、まずは傷口の浄化が先決ですね。全員分の傷の治療は魔力がもたないと思いますから、傷の治療は重傷者からします」
「わかりました。奥の者ほど重症ですので、そちらからお願いします」
「はい」
私はベッドの間を通って奥に向かうが、患者さんたちからの視線が痛いほど突き刺さっているのがよく分かる。
中にはどうして人族が、といったような声も聞こえてくる。
「ホリーさん、すみません」
「いえ、最初に言ってもらえましたし、それに覚悟はしていましたから」
「すみません」
そうしているうちに最初の患者さんのベッドサイドにやってきた。
この患者さんは両足を切断しており、生きているのが不思議なほどの重症だ。
私はすぐに浄化の奇跡で患者さんを浄化すると、続いて中治癒の奇跡を発動した。本来であればこれだけの大怪我だと大治癒の奇跡が必要となる。
だが、残念ながらこれだけの患者さんすべてに大治癒の奇跡をかけてあげることはできない。
とはいえ、中治癒の奇跡をかけることにも意味はある。
傷口を塞ぐことはできないが、失われた生命力を補ってあげることはできる。要するに、これは命を繋ぐための治療なのだ。
中治癒の奇跡による治療を受けた患者さんの顔に少しだけ生気が戻ってきた。
「う……」
「すごい。これが奇跡……」
「すみません。本来はもう一つ上のレベルの奇跡が必要なんですけど、ここにいる全員にはかけられないのでまた明日治療させてください」
「よろしくお願いします」
「では次の人を治療しますね」
「はい!」
私は隣のベッドに寝かされた患者さんの様子を確認する。
全身包帯でぐるぐる巻きになっている。
「彼は全身をゾンビどもに噛まれまして、生きているのが不思議なくらい……」
「……殺せ。人族に治療されるくらいなら……」
声を発するだけでも辛いだろうに、そう言って患者さんは恨みのこもった目で私を睨みつけてきた。
「お、おい! ホリーがせっかく治療を――」
「たのんで……ねぇ……」
「なっ!? お前!」
「ニール兄さん! やめて! 治療の邪魔をするなら出て行って」
「う、でもこいつホリーを……」
「私はおじいちゃんの孫娘だよ? 何を言われたって治療はやめないから」
「ぐ、や、やめ……」
「文句は元気になったら聞きますから」
私はそうぴしゃりと言うと、患者さんに浄化の奇跡と中治癒の奇跡をかけた。
「な、勝手な……」
「終わりました。また明日来ますから」
そうして私は次の患者さんの治療へと向かうのだった。




