第50話 スピード狂
私たちを乗せた魔動車はキエルナの町を出た。そこには見渡す限りの広大な畑が広がっており、その中を真っすぐな一本の道が地平線に向かって伸びている。
「ほな、ちゃんとつかまるんやで」
「え?」
「ニコラ! ダメって言いましたよね?」
「行っくでぇ~」
しかしニコラさんはエルドレッド様の声が聞こえていないのか、そう宣言すると魔動車を急加速させた。がくんと体が後ろに引っ張られる。
「え? え? え?」
「ホリーちゃん、黙っとらんと舌噛むでぇ~」
ニコラさんは楽しそうにそう言っているが、私はもうそれどころではない。
ものすごいスピードで景色が後ろに流れていく。まるで飛んで行っているかのようだ。
あまりの恐怖に、私はとなりに座っているニール兄さんの腕をぎゅっと掴んだ。しかしそれは魔動義手で、ごつごつしたその感触が伝わってくる。
「ホリー、大丈夫だよ」
「うん」
ニール兄さんがそう声をかけてくれるが、ニール兄さんの表情もまた強張っている。
そんなニール兄さんのまだ残っている二の腕に手を移動させると、服越しにニール兄さんの逞しい筋肉の感触が伝わってきた。
するとニール兄さんは私の手に右手をそっと重ねてくれたのだった。
◆◇◆
「いや~、中々爽快やったろ?」
キエルナを出てからしばらくは真っすぐな道だったが、次第に坂道が現れ、ついには九十九折の山道にもなった。しかしニコラさんの運転する魔動車はスピードを落とすことなく、すさまじい速さでそれらの道を駆け抜けた。
当然だが、後ろからついて来ていたはずの貨物魔動車の姿は当然ない。
私はというと腰が抜け、動けなくなってしまった。
「なんや、降りて来んのか? 休憩やで。外の空気を吸って体を伸ばしときや」
「は、はい」
「ホリー、ほら」
「ありがとう。ニール兄さん」
私は自分の命がある幸運に感謝しつつ、ニール兄さんの助けを借りて魔動車から降りた。
「あの峠を超えればボーダーブルクやで」
ニコラさんがそう言って目の前の山々で少し低くなっている部分を指さした。普通に歩いていたらそれなりの時間がかかりそうだが、この魔動車であればきっとすぐに着いてしまうのだろう。
ただ、ニコラさんの運転だということを考えるとどうにも気が重い。
それから持ってきたサンドイッチを食べて小腹を満たすと、再び出発となった。
私たちが先に乗り込んでエルドレッド様とニコラさんが乗り込んでくるのを待っていると、なんと二人が言い争いを始めた。
「ニコラ、今度は私が運転しますよ!」
「え? 何言うとるんや? こっから先も運転のし甲斐があるええ道なんやで?」
「そうではなくて! あんなスピードで突っ込んだら最悪、ゾンビの群れに突っ込むかもしれないじゃないですか!」
「大丈夫やって。この子は熊に殴られても大丈夫なように作ってあるんや。ちょっとやそっと囲まれたところで問題あらへん」
「ですが!」
ホワイトホルンのときのようなゾンビの群れが襲ってきているのであれば、たしかにこれはエルドレッド様のいうとおりだ。
私もエルドレッド様に加勢しようと思ったのだが、ニール兄さんのほうが早かった。
「ニコラさん、すみません」
「ん?」
「もしホワイトホルンと同じような状態であれば、いくら魔動車でも突っ込むのは不可能です」
「どういうことや?」
「ホワイトホルンでは、燃やしたゾンビの灰で五メートルはあろうかという街壁が埋まりました」
「は?」
「最悪の事態を想定するなら、ここから先は慎重に行ったほうがいいと思います」
「……」
真剣な面持ちでそう訴えるニール兄さんにニコラさんもまた神妙な面持ちとなった。
「せやな。わかったで。そういうことなら、なおさらアタシが運転するわ。エル坊の腕じゃスピード出して逃げられへん」
「ちょっと!」
「エル坊、決めたことや。ニール君の言うとるんが正しいなら、そうするべきや。ええな?」
「く……」
エルドレッド様は悔しそうにそう呟き、俯いてしまった。
「そう悔しがらんでええで。町ん中入ったら運転変わってやるさかい」
「……運転したいわけではありませんが、わかりました。くれぐれも! 逃げる時以外は三十キロまでですよ!」
「ん? ああ、せやなぁ。考えとくわ」
ニコラさんは飄々とした様子でそう言うと、素早く乗り込んで運転席に座った。
「出発やで?」
するとエルドレッド様が渋々乗り込んできた。
「とりあえず、攻撃は任せるで。ホリーちゃんの奇跡は遠くに撃てるんか?」
「いえ、近づかないとダメです」
「なら燃やすんが先決やな。エル坊、頼むで」
「分かっています」
こうして私たちは休憩を終え、ボーダーブルクへの道を再び進むのだった。
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