第46話 聖銀糸
あれから三日間かけて私はエルドレッド様の用意したすべての素材を試したが、どの素材でもその中を通して奇跡を発動することはできなかった。
「まさか何一つ使えないとは……」
「お役に立てなくてすみません」
「いえ、そんなことはありませんよ。これらの素材では奇跡を通せないということが判明しました。これは素晴らしい成果です」
「……すみません」
エルドレッド様にずいぶん気を使わせてしまった。うまくいけばゾンビの被害を減らせるかもしれないのに……。
「やっぱり全部ダメやったなぁ」
「え? やっぱり? やっぱりってどういうことですか?」
ニコラさんのまるで失敗するのが分かっていたかのような口ぶりに、私はつい強めの口調で聞き返した。
「ホリーちゃん、そないに怒らんといてや。エル坊の言うとおり、ダメな素材が分かったっちゅうんは大きな成果なんや。それにな。アタシはホリーちゃんが寝とる間に古い文献とかを調べたんや」
「え?」
「ほんで、多分無理やろなって分かったんが今朝や」
「今朝ですか?」
「せやで。そいでな。アタシの研究室から持ってきた秘蔵の素材や。ホリーちゃん、ちょいとこいつで試してみぃや」
ニコラさんはそう言って大事に抱えていた小箱を開け、中から長さ十センチメートルほどの白銀色の糸を一本取り出すと私に差し出してきた。
「これはなんですか?」
「こいつは、聖銀糸っちゅう素材やで」
「あの、これってすごい貴重品なんですよね? いいんですか?」
「ああ、かまへん。むしろ多分アタシがこの素材を手に入れたんはきっと今日のためなんや。さ、はようやってみぃや」
「わかりました」
私は銀糸をつまみ、糸の先で浄化の奇跡が発動してみる。
するとなんと! 今までの詰まったような感覚が嘘のようにするりと力が流れていき、糸の先で浄化の奇跡が発動した。
「やっぱりや」
「おお! 素晴らしい!」
「ホリー、やったな」
ニコラさんはしたり顔で、エルドレッド様は興奮した様子で、そしてニール兄さんは私を気遣うようにそれぞれ反応した。
「あの、これって……」
「せやで。これが聖銀糸や。人族のリリヤマールっちゅうところでほんの少しだけ生産されとるんや」
「リリヤマール?」
「せや。聖女の女王が治める国らしいで。ほんで、その女王が儀式のときに着る服とかにこの聖銀糸を使うそうなんや」
「そんな国があるんですね」
「文献に書いてあったことやから、今もそうなんかは知らんで」
そういうとニコラさんが手の平を上に向けて差し出したので、私は聖銀糸を返す。
「ただこの聖銀糸、普通に魔力を流そうとしてもできないんや」
ニコラさんがそう言うと、私がしたのと同じように糸をつまむが、何かが起きる気配はない。
「それとな」
ニコラさんは聖銀糸を小箱にしまいながらも言葉を続ける。
「アタシは、奇跡は魔法の一種やとアタシは思うで」
「え? でも聖銀糸に魔力は通らないんですよね?」
「せやな。今まではそう思っとったんやけどな。でも、ホリーちゃんの奇跡を発動するための魔力しか通さないっちゅう説明が正しいと思うんや」
「えっと……」
そんなに難しいことを言われても私にはさっぱりわからない。
「なあ、エル坊。どや?」
「……そうですね。私もこの三日間観察した限りにおいて、奇跡は魔法の一種で間違いないでしょう。人によっては一部の魔法が習得できないことがあるのはご存じですか?」
「はい。私は才能がないですから……」
おかげで生活用品の魔道具を使えずに不便な想いをしている。
「この世界にはマナと呼ばれる魔力の素とでも言うべきものが存在しています。そのマナを私たちは体内に取り込んでおり、魔法を使う際は体内のマナを練り上げ、様々な性質を持つ魔力へと変換しているのです」
「……?」
すでについていくのがやっとになってきた。
「その変換においてどのような性質を与えられるか、については生まれながらにして決まっているというのが最近の主流の学説です。そうですね。ちょうど体内にマナを魔力に変換する回路があり、その回路は強化することはできても新しい回路を後天的に獲得することはできないと言えばわかりやすいでしょうか?」
「???」
分かりやすいかと聞かれたが、さっぱり分からない。
「簡単に言うとな。ホリーちゃんは奇跡を発動できる魔力を作ることはできても、火を出す魔力は作ることはできんっちゅうことや。それと同じように、アタシは火を出す魔力は作れても奇跡を発動する魔力は作れんっちゅうことや。で、何ができるかは生まれた時点で決まっとるっちゅうことや」
「なるほど」
「せやから、奇跡っちゅうんは他の魔法に使う魔力とはまるで性質の違う特別な魔力が必要っちゅうこっちゃな。んー、ちょいとややこしいな。この奇跡を使うのに必要な魔力は金の魔力と呼ぶのはどうや?」
「???」
「奇跡を使うとホリーちゃんの瞳、金に変わるやろ? せやから金の魔力や」
「はぁ」
ニール兄さんのほうを見ると、ニール兄さんも何を言っているのかさっぱりわからないといった様子で私のほうを見てきた。
ほとんど同じタイミングでお互いを見たことがなんとなくおかしくて、私はついクスリと笑った。するとニール兄さんも同じことを思ったのかふっと表情を崩す。
「ニコラ、ということはこの金の魔力の性質を特定することが……」
「いや、その前に聖銀糸について調べなあかん。白金もダメなんやから、測定のしようがない」
「それもそうですね。ですが、まずは奇跡研究を始めるためにも今回の研究結果を踏まえて論文を書きましょう」
「ああ、せやな」
それからエルドレッド様とニコラさんは何を言っているかさっぱり分からない難しい話を熱心にし始めた。
エルドレッド様はあれほどニコラさんに自分が呼んだと言って口論していたはずなのに、気付けばこうして二人で仲良く研究をしている。
「ニール兄さん、エルドレッド様とニコラさんって、なんだかんだで仲良しだよね」
「え? ああ、そうだなぁ」
曖昧な同意を貰った私は二人に再び視線を戻す。熱く議論しているが、やはり会話の内容は何を言っているのかさっぱりわからない。
「……そういえや、そろそろホワイトホルンに帰るか?」
「え? あ! そうだね。もうやることなさそうだもんね」
森でゾンビ退治をできるほどの雪解けまでにはもう少し時間があるはずだが、早めに戻るのもありかもしれない。
そう考え、私は故郷に思いをはせるのだった。
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