第43話 夕食
慣れない服装と踵の高い靴に四苦八苦しながらも、私は二人に手伝ってもらいながらなんとか食堂にやってきた。
夕食はどうやらビュッフェ形式のようで、三十席ほどありそうな広い食堂の前にずらりと豪華な食事が並んでいる。
「さあさあ坊ちゃま、お連れしましたよ」
「ホリー、なのか?」
「うん。ニール兄さん……」
「ああ、とてもお似合いですね。いつものホリーさんもお美しいですが、こうして着飾ったホリーさんは一段とお美しいですね」
「あ、ありがとうございます」
エルドレッド様は相変わらず紳士的に私のドレス姿を褒めてくれた。誰にでもそう言っているのだろうけれど、それでも褒められるのはやはり嬉しい。
一方のニール兄さんはというと、特に感想もなく私のほうを眺めている。
「ニール兄さん?」
「え? あ、ああ。それよりほら、食べようぜ」
ニール兄さんはそう言ってプイと顔を背けると、並べられた食事を取りに行ってしまった。
そんなに急がなくても私たちの他には誰もいないのに……。
「さあ、ホリーさん。私たちも行きましょうか」
「はい」
そんな私の手を取り、エルドレッド様は並べられた料理のところへ連れてきてくれた。そこで早速料理を取ろうとお皿に手を伸ばしたところでエルドレッド様に止められてしまった。
「ホリーさん、召し上がりたい料理がありましたらブリジットにお申し付けください」
「え?」
「せっかく素敵なドレスをお召しなのですから、汚してしまっては大変ですよ」
「あ」
そうだった。食事を前にしてつい忘れてしまったが、私は今とても高価なドレスを着ているのだ。汚してしまったら弁償なんてできるはずがない。
あれ? そもそもこんな格好で食事なんていいんだっけ?
私のそんな葛藤を見抜いたのか、ブリジットさんがそっと耳打ちしてくれる。
「ホリーさん、汚しても大丈夫ですよ。服は着るためにあるのですからね。それにまだまだたくさんありますから」
「は、はい」
そう言われて少し気が楽になった私はブリジットさんにお願いしていくつかの料理を取ってもらい、食卓に戻った。
ニール兄さんは私のことなど気にせずに何往復もして料理をせっせとテーブルに運んでいる。
もう、ニール兄さんはこんなところでもいつもどおりなんだから。
そうして待っているとニール兄さんは食事を運び終わり、食事に手をつけ始める。
「ホリーさん、ありがとうございます」
「え? 何がですか?」
唐突なエルドレッド様の言葉に私は思わず聞き返す。
「マーサとブリジットが本当に嬉しそうにしていますので、そのお礼です」
「どういうことですか?」
「今までこの寮に女性は一人しか住んでいませんでしたからね。その彼女もちょっと、というかかなり変わり者でして、二人は女性のお世話をすることがなかったのですよ。男性は見てのとおり、食事よりも研究という連中ばかりですから」
「あの、もしかして誰もいないのはもしかして……」
「はい。今も研究に没頭しているのだと思いますよ。この食堂はずっと開いていますので、朝になれば食事も無くなっているはずです」
「……」
それは、ちょっと不健康なんじゃないだろうか?
「まあ、彼らも大人ですからね。ただ、マーサとブリジットとしてはそんな彼らのお世話をしてもやりがいがないようでして」
「それはそうかもしれませんね」
私がそう答えてからちらりとブリジットさんのほうを見ると、ブリジットさんはうんうんと頷いた。
「あの、もう一人住んでいるっていう女性ってどんな方なんですか? 同じ女性ならお会いしてみたいです」
エルドレッド様に聞いたのだが、ブリジットさんの表情が嫌そうに歪んだ。
「え? ブリジットさん?」
「い、いいえ。なんでもありませんよ」
ブリジットさんはそう言うと微笑んで誤魔化した。するとエルドレッド様は言いにくそうにしながらも口を開いた。
「そうですね……。ニコラは、ああ、その女性研究者の名前はニコラというのですが、まあ一応生物学的には女性に分類されますね」
「え?」
あまりに意外なその言葉に驚き、私は思わずエルドレッド様の顔をじっと見てしまった。
エルドレッド様はずっとバツの悪そうな表情を浮かべている。
「ゴーレム研究の第一人者ではあるのですが、その、なんと言いますか、そう、変わっていると言いますか、とにかく研究以外のことはまったく興味がなく、手段を選ばないところがありまして……」
「えっと……」
私はなんと言えばいいのか分からずに言いよどんでしまった。
気まずい沈黙が私たちを支配するが、空気を読まずにニール兄さんがズバリと指摘をしてしまう。
「それって、マッドサイエンティストってことですか?」
「……そこまでは言いませんが、近いものはありますね」
エルドレッド様はますますバツの悪そうな表情でそう答えた。
「とはいえ、魔動車を実用化できたのは彼女のおかげでもありますから……」
「え? そうなんですか? すごいです!」
「そうですね。すごいんですけれど……」
エルドレッド様は再びバツの悪そうな表情で言いよどんだ。
すると食堂の扉が開き、魔族にしては小柄な人が入ってきた。
「噂をすれば、というやつですね」
「え? じゃああの人が?」
「はい。先ほど話題になったニコラです」
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