伏線とキャンプ
桜が散り、暖かくなりましたね。寒かった冬が嘘のようです。最近は、僕の呟きの頻度が不安定になっています。ずっと更新が無かったり、一時に大量に投稿したり、と安定していません。仕事や自治会や諸々の諸事情で落ち着かないということもあるのですが、それらが理由ではありません。ずっと小説を書いています。
久々に小説を書いてみて、エッセイとの違いをしみじみと感じています。エッセイは、思いつくままに一気に書き上げることが多いのですが、小説はそうした雑な書き方が出来ません。一つ一つのエピソードに対して、
・なぜこのエピソードが必要なのか?
・このエピソードのテーマは何か?
・登場人物の心理状態はどのようにへんかしていったか。
・エピソードとエピソードとの関係性
そんなことを考えながら文字を積み上げています。
小説家の小川哲は著作の「言語化するための小説思考」において、伏線の話が語られています。漫画や小説で、「伏線が回収された」みたいな読者の声があります。過去の伏線が現在の登場人物に影響を及ぼすとき、読者に大きなカタルシスを感じさせることが出来ます。漫画のワンピースではそうした伏線に関して、どのように回収されるかを推理することが、読者のなかで文化として成熟していたりします。そうした伏線に関して、小川氏は言い切っています。
――全てが伏線。
なるほどなーと思いました。意味のないエピソードは要らない。そのエピソードを表現する理由を、僕が明確に理解している必要があります。小説っていうのは、今更ながらにロジックを積み上げたジグソーパズルみたいなものだと感じています。
年始に、GWは昨年リタイヤして悔し思いをした長野県の白馬岳に登る――と宣言していたのですが、撤回します。今年は、嫁さんと車に乗ってキャンプに行くことにしました。実は、長年連れ添っていながら、嫁さんとキャンプをするのは初めてなのです。独りならどこでも野宿する僕ですが、嫁さんと一緒ならそういうわけにはいきません。注意すべきことを箇条書きにしてまとめてみます。
・トイレがあること
・キャンプでありながら、食事は贅沢であること
・焚火をすること――焚火台がいる
・嫁さんを子供みたいに「キャーキャー」言わせる
・山に登る
目的地は「大台ヶ原」にします。8kmほど歩きますが、車でほとんど登ってしまうので、登山に関してはさほど体力がいらない。それでいて、幻想的な世界を堪能できます。雨が多い地域なのですが、なんとか晴れて欲しい。また、頂上で日の出を拝みたい。登山口から頂上まで、歩いて30分くらい……だったかな。とっても手軽なんです。登山初心者にはちょうど良い。
GWの紀伊半島の有名キャンプ場は、どこも満席。でも、そうしたキャンプ場にはいきません。穴場を探します。幾つかピックアップしています。銭湯も二か所くらいは堪能するつもりです。それでいて、僕の歴史探索というディープな世界に惹き込みます。押さえるべきは熊野大社。紀伊半島の山の中に、出雲の神を祀る神社。この大和と出雲の関係性は、古代史の大きなミステリーになります。嫁さんと一緒に足を運びます。
兎にも角にも、晴れて欲しい。もし雨になったら……。う~ん。僕一人なら、雨のキャンプでも構わないのですが、嫁さんがいるからな~。どうしよう?




