表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊異譚イチャつき絵巻  作者: ヘルニアス洋
紺碧に眠る負の遺産編
101/101

08 平蜘蛛

 いつぞやのように後ろから抱えられた状態で洞窟内を飛ぶ二人。


「そろそろ灯りを消してください」


「まだ暗いだろ」


「綺麗なところが見えてくる頃です」


「さいですか」


 今さら急ぐ理由もないからのんきなものである。


「ああっ」


「どした?」


「さっきみたいにきらきらしてません」


「陽射しの角度とかで変わるんだろ。それでも碧色がきれいじゃないか」


「残念です」


 そう言いながらも時折滞空して眺めを楽しんでいた。


「潜ってみても綺麗かもしれませんね」


「今度な、今度」


 今度とお化けにはお目にかかったことはないとよく聞くが、後者にはしょっちゅう遭う。

 洞窟を抜け岩礁に降り立つ。無論舜治は降ろさない。

 ここで異変に気づく。


「ちょっと高く上がってくれ」


「はい」


 言われて高度を上げる。落ちる心配がないとは言え、急な上昇に心臓が縮むような感覚は言葉にできない。


「何だありゃ?」


「赤いモヤですか……港のほうですね」


 加えて火の手が上がっているようにも見える。穏やかざる状況が遠目ながら確認できた。


「ああ……こいつは俺らの手落ちかもしれん。お千香、全速で向かえ!」


「お任せください」


 風圧と波しぶきで舜治は目を開けていられないまま高速飛翔していく。


■ ■


「がはぁっ」


 レンジャー候補が地面と平行に飛んでいく。

 目を赤黒くさせた吉田が間合いに入って来たと気づいた瞬間のことだった。振り抜かんとした拳を躱せず胸元を打ち抜かれてしまった。

 地面と数メートルこすられながら、やっと止まる。


「恭司!」


 女性自衛官が駆け寄っていく。


「ふむ……所詮人間はこの程度よな」


 数歩先に荷台に魚箱を積んだ原付きバイクがあった。近づき、片手で持ち上げる。適当に放り投げた先の幌付き軽トラと衝突し爆発、炎上した。


「ふはははーー! やはり我は強い!」


 あの女妖怪が特別だったのだ。これで好き勝手できるというもの。


 周りで悲鳴や怒号がしている。それでいて遠巻きに見ている連中も集まっていた。


「我の復活に付き合ってもらおうか ふはははーーっ!」」


「国津神より、(つか)い使わし来たりて!」


 そこへ観衆の囲みを破り、勇躍する二人組が現る。呪文を口にしたかと思えば何がしかを投げつけた。

 それは丸玉であり、着弾と同時に破裂する。


「効かんなぁ」


 着衣が破れてしまったが、小太りは無傷にして健在、意気軒昂に荒ぶる。

 霊媒であろう二人組は抵抗もできずひと薙ぎで吹き飛んだ。重量ある人体がハンカチのよう。


 その時、上空よりらしくない怒声を聞く。


「あ、馬鹿、急に離すなってーーあぁもう、おっらぁーー!」


 輝く棒を振りかぶった男が落ちてきたのだった。

 小太りが難なく避ける。

 落ちてきた男は棒がクッションになったにもかかわらず着地失敗、無様に転がってしまう。


 凄惨な場に訪れる一瞬の静寂。


 男は無言で立ち上がり、衣服の砂埃を払う。そして上に向かって――


「おま、俺のタイミングでって言ったろう!」


「スカートの裾が濡れていたから、気になっちゃって……」


 妖しくも麗しい佳人が天より降りてきた。見ている者たち全てが天女と錯覚する光景。惜しむらくは身に纏っているのが黒づくめなことか。


「それに舜治がかっこよく登場したいって言うから」


 それは厳しい話である。


「来たか、霊媒師。そして妖魔の女ぁ!」


 恐らくは攻撃する絶好の機会であったはずなのだが、あまりの成り行きに悪霊さえも見届けるしかなかった。

 舜治も金銅の矛を突きつける。


「松永弾正、黄泉に送り返してやろうか!」



 封じられていたのは戦国武将の三大悪と名高い松永久秀。何故縁もゆかりもないこの島に――


「もしやフツシの若様でいらっしゃいますか?」


 薙ぎ払われた霊媒の一人が引き摺るように寄ってきた。


「物部の霊媒? やられたみたいだね」


「そうであります。あれは封印の悪霊でしょうか?」


「そうらしい」


「手前どもは全く歯が立ちませんでした。この場はお預けいたします」


「任された。半分は俺のせいかもしらんし」


「え? それはどういう……あの、お付きしていた稲田はどこへ?」


「死んだ。諸々説明は後でするから、下がってて」


「舜治、警戒を」


 お千香がさりげなくかばう位置取りをしていた。


「しっかし、あの変な奴にどうやって取り憑いたんだ?」


「聞いてみましょうか。そこの悪霊松永なんとか! どうやってその変な奴に取り憑いたんですか?」


 ビッと空気を切り裂き指差す。

 胸元高めにのけぞらせるような豪速球だ。舜治が目を覆う。


「口の利き方の知らんやつよ。まあ、教えてやらんでもない。これよ」


 どうも洞窟の時からなのだが、こちらの都合を斟酌(しんしゃく)してくれる悪霊のようだ。

 差し出したるは茶釜。今までどこにあったのやら。


「我が愛器、平蜘蛛よ。こやつを掴んだ際、外に出ることを見込んで仕込んでおいたものよ。殊の外うまくいったわ」


 当世屈指の茶人と謳われた松永久秀は茶器のコレクターとしても有名。仕える将に数多献上しても決して手放さなかったのがこの一品。

 今や茶釜こそが本体か。


「稲田が探していたのはアレか」


「この男はよく馴染む。暗い情念を強く抱え込んでいるこの男ならば、先のような遅れは取らぬぞ」


 吉田ならぬ松永弾正が茶釜を両手で挟み込むように持つと、押し潰されるようにそれは消えた。手を広げるとその茶釜があった虚空にひと振りの太刀が浮いていた。

 松永弾正は太刀を手に、鞘を払い、切っ先を霊媒師と妖魔に向ける。


「これぞ平蜘蛛の真なる姿よ! 霊媒師、一騎打ちといこうではないか!」


 禍々しい笑顔を添えて赤黒い瘴気が膨らんでいく。


「断る!」


 清々しい即答。


「なん……だと? 貴様、それでも日ノ本の男児か!」


 禍々しい笑顔が呆けに変わる。こうまで真っ向から否定されるとは思っていなかったのだから無理もない。遠巻きの観衆からもここは松永に同調する空気が伝わる。


「俺はお千香と違って殴り合いだの、チャンバラだのできねぇっての! 瞬殺されるに決まってんだろうが! 貴様はあれか、武将のくせに喧嘩の弱いやつにしか勝負挑めないのか!」


 かつてこれほど見苦しい挑発?罵倒?があっただろうか。


「主様、私の愛しい人がそこまで卑下されるのは、さすがに心苦しく存じんす……」


 いかなる時でも味方であったお千香の視線まで痛い。

 当然、聞こえていた面々もドン引きである。


「もはやこれまで! 穢れ祓いし司と為し、布留部の神宝(かんだから)、其の神武(かみたけき)()って、天神御祖霊(あまつかみみおや)御詔(みことのり)(かけ)給ひて、鎮め納むるなりや!」


 まるで悪役の捨て台詞から始まる言の葉。完全なる不意打ちだ。

 言の葉に呼応するかの如く矛は輝きを増す。松永を中心にして、地面に光る菊の紋が浮かぶ。それはファンタジックな魔法陣のようだ。


「こ、これは動けぬ。き、貴様、卑怯だぞ!」


 太刀を振り回すことも、足を踏み出すことも叶わず、松永弾正が責める。


「悪鬼羅刹を前にして、卑怯とか言ってられんわ! 悪霊は退散すべし!」


 大太刀・平蜘蛛目がけ矛を振るう。動かぬ的を外すことはない。大上段から打ち下ろした。

 薄氷が割れるような乾いた音が鳴り、数拍の沈黙。


「おのれ! おのれぇ!」


 松永弾正久秀の断末魔が轟いた。周囲の者たちが耳を塞ぐほとの大音声で。


内外(うちと)の穢れあらじば、祓いし清淨(しょうじょう)これに、ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ……」


 取り憑いていた霊体が光と化し、瘴気も露と消えた。

 清浄な風と潮風が混ざり合う。

 務めを果たした巫覡が大きく息を吐いた。


 お千香が駆け寄ろうとした時に妙な違和感を感じ、足を止め首を巡らせた。

 遠巻きの連中、皆が皆スマホをかざしているのだ。シャッター音も聞こえるが、ムービーで撮っているのが多そう。


「ええっ?」


 実のところ松永弾正が暴れだした頃から撮られていたようである。

 慌てた舜治に手を引かれ、人目から懸命に逃げた。


 後日、謎の天女と暴漢がネットを駆け巡るのだが、二人がそれに気づくことはなかったという。



 そして松永弾正の抜け殻――吉田くんは生きていた。


「痛てて……あれ? 僕、なんでこんなとこで……?」


 破れた衣服にも思い当たる節なく、立ち上がって首をひねる。


「わけわかんね……」


 ズボンのポケットに何か入っていることに気づくき、取り出すと変哲のない小石だった。以前に拾ったものと思い出す。


「あ〜あ。どうしよ」


 手のひらで小石を遊ばせていたその時、小石から白く透けた手が伸びてきた。それは真っすぐ吉田の喉を掴む。


「ぎ、だ、だれ”がぁ、だずげでえ”ー」


 息が詰まるほど絞められかきむしるが、透けた腕に触れることができない。

 周りに幾人かいたものの、あちこちで絡んだ悪評からか誰も助けてくれなかった。


■ ■


 昼下がり、人気のないビーチに漆黒の髪をなびかせるビキニ姿のヴィーナスが降臨あそばされていた。

 シンプルな黒いビキニが雪肌をより映えさせグラマラスな肢体を彩る。波打ち際を闊歩する様は裸身よりも扇情的だ。

 海水浴とあれだけ騒いでいた美の化身は泳げないことが判明し、遊びごとの半分もできずにご機嫌斜め。

 従者と見紛う男がふくらはぎに気を取られながらついていく。劣情を抑えることに必死な表情で。

 なにしろ正面はまずい。隆起と深い谷間、滑らかなくびれは魔性の真髄と言っていい。長い髪から垣間見る背中も要注意。とても余人に晒してはいけない。


「舜治! 海に入りましょう。膝までなら大丈夫です」


 いつまでもむくれていたって仕方ないとお千香は吹っ切った。

 正面向かれ、目のやり場に困った舜治が下げた視線であるものを見つける。


「これは? 綺麗ですね」


 手渡されたそれは赤い欠片。白い筋が幾層か入った赤瑪瑙(めのう)だった。


「この島で赤い小石を見つけたカップルは永遠に添い遂げられる……だったかな。ちょっと言い回しが違ったような?」


「主様! 大好きです!」


 舜治の顔面に柔らかな谷間がぶつかってくる。当然受け止められるわけなく砂浜に押し倒された。

今編最終話、お付き合いいただきましてありがとうございます。

連投挑戦は思いの外楽しかったです。もうしませんが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ