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LOST COIN  作者: 早村友裕
第三章 PAST DESIRE
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SECT.28 めぐる季節

 暑い暑い夏の日差しの中、訓練は続いていた。

 自分はじきにからす部隊の稽古に参加しなくなり、完全にたか部隊とさぎ部隊の練習を行き来する生活になじんでいた。

 それからもいろんなヒトに出会った。

 誰に会っても、聞く事がある。

 それは「なぜ騎士になろうと思ったのか」と言うことだった。

 10人いたら10通りの答えがある。

 それはとても興味深く、また、騎士と言う職業に必要な心の強さを見せてもらう機会でもあった。



 充実した日々に、時は矢のように過ぎていった。

 やがて風が涼しくなり、木々の葉が色づき始めた。

 この頃から、苦しい戦況が噂で伝わってくることになった。すでにトロメオで篭城を始めてから4ヶ月近くがたとうとしているのだ。

 それでも防衛ラインをカーバンクルまで戻すことはままならず、セフィロト国の攻撃をそれ以上進ませないだけで必死だった。

 冬に向けた食糧の備蓄のため、食事の量が減っていくことで戦を感じ取り、たびたび訪れる街が閑散としていくのを見て心を痛めた。

 志願兵はすでに10期生までが戦地へ送られた。


 ライディーンはまだ訓練所に姿を見せなかった。

 それほどひどい怪我だったのか、それとも……



 雪が姿を見せ始める直前、一度だけライディーンと会うことができた。

 この戦の時に神殿を修復している余裕はないらしい。ジュデッカ城の一室を占いの部屋としてあてがわれたじぃ様のところへ近況を報告しにいく折、ちょうど同じ目的地を持つ紅髪の剣士と出会ったのだ。

 久しぶりに見る藍色の瞳は、全く光を失っていなかった。

「久しぶりだな、ラック。少し髪が伸びたか?」

「何だよ、元気になったのなら顔くらい見せればいいのに!」

「……行きづらかったんだ。大口叩いたのに結局契約に失敗してラックを死ぬ目にあわせてしまって。合わせる顔がなかった」

 少年の声は落ち着いたトーンに変わっていた。

 ルークといいライディーンといい、ほんの3ヶ月見なかっただけでこれほど変わるのだと驚いた。

「春になる前にもう一度レラージュと契約する」

 ライディーンは包帯が巻かれている両手を握り締めた。

「今度は大丈夫だ。あんな奴に負けたりしない」

「その手、大丈夫なの?」

 自分がフラウロスさんの炎で焼き付けた手だ。

「ああ。ずいぶんかかったが、もう前と同じように動かせる」

 簡単に言ったが、きっとそれまでには苦痛のリハビリをこなしてきたはずだ。

 すごく胸が痛んだ。

「ごめんね、ライディーン」

 きっとすごく痛かったはずだ。もしかしたらもう剣を握れないと絶望したかもしれない。

 それでも、ライディーンはまた戻ってきた。

 もう一度契約すると言ってくれた。

「何でお前が謝るんだよ。俺はすごく感謝してるんだぜ? お前のお陰でここまで来られたんだから。この命が今ここにあるのはお前に助けてもらったからなんだから」

「おれは何もしてないよ」

 これまで何度も繰り返した台詞をまた、繰り返す。

 自分の無力さをかみ締めて、それでも前に進む活力にするために。

「ラック、お前はワガママなのか気を使うのか、自信あるのか消極的なのかよくわかんねえな。やっぱ面白い奴だ」

 ライディーンは楽しそうに笑った。

 が、ふとまじめな顔になってぽつりと言った。

「クラウド団長からお前の過去の話、いろいろ聞いたんだ」

「……そう」

 自分の過去は別に隠していることでもないけれど、わざわざ話すことでもない。

「お前いろいろ苦労したんだな。何の苦労もせずグリフィスの名を手に入れたなんて言って悪かったよ」

「別におれは苦労したつもりはないよ。グリフィスの名が欲しいとは思わなかったけど、ねえちゃんと一緒にいられるなら貰おうと思った。おれはねえちゃんさえいればいい。それ以外は何もいらないんだ」

 これは今でも揺らいでいない。

 これからもずっと一緒にいるため。隣に並んで戦うため。今がそれの準備期間なのなら、喜んでおれは努力する。

 それでも今すぐにでもねえちゃんの元へ飛んで生きたい気持ちは全く変わっていないのだ。

 でもそこにさらにたくさんの願いが重なっているのも事実だった。

「おれは3年間ねえちゃんと二人で暮らしてた。でもある日突然この世界に放り込まれちゃったんだ。最初はすごく戸惑ったしいやだった。でもね……」

 たくさんのヒトに出会った。

 大きな世界を知った。

「今はこの世界がとても好きだよ。壊されたくない。だから、たくさんある大切なものを守りたいんだ。そのためにおれはねえちゃんと離れても我慢する」

 大切なものがひとつではなくなってしまった。

 それはとても大変なことだけれど、とても嬉しいことだった。

「きっとみんなそんな風にして生きてるんだね」

 ルークも、メリルも。

 互いだけが大切だったらあんなに悩んだりしなかっただろう。

「おれはまだがんばれるよ。まだ強くなれるよ」

 あの紫の瞳のイジワルで優しいヒトを見上げたときと一緒だ。近づくと、藍色の瞳は遠ざかる。

 懐かしく思って思わずにこりと微笑んだ。

「がんばろう、ライディーン。一緒にこの国を守ろう!」

「……ああ」

 ライディーンは複雑そうな笑顔を向けた。

 そして少し目を逸らすと、ぼそりと言った。

「ラック、お前がいつも俺に映して見てる相手はいったい誰なんだ?」

「え?」

「いや、何でもないよ」

 ライディーンは少年の笑顔を見せた。

「さ、行こうか。ヴァイヤー老師が待っている」

「うん!」



 ライディーンは一年で一番寒い時期が来ると同時に、契約に旅立った。

 瓦礫に埋まってしまっている神殿地下になんとかスペースを見つけてじぃ様が魔法陣を描き、今度はおれもちゃんと見送る事が出来た。

 黒い霧に包まれて魔界へ向かうライディーン。

 その紅の髪が闇に呑まれるのを見届けてから、自分はまた訓練所に戻った。

 彼はきっと自分が訓練を休むことなど望んでいないだろうから。

 馬上で冷たい風は頬を裂くように撫でていく。

 どんより曇る空を見上げて、毎日想う二人を灰色の空に描いてみた。

「ねえちゃん、アレイさん」

 寒くなったけど、元気でいるかな。

 怪我してないかな。

 もうすぐ仲間が増えるよ。

 ライディーンって言うんだ。まだヨハンと同じ年だけど、身長はアレイさんと同じくらいだよ。すごく強いんだ。

「会いたいよ……」

 泣かないと決めた誓いがなければ涙が流れていたかもしれない。

 それでも身を切る寒さと戦いながら、心の痛みを押し込めていた。

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