SECT.27 ルーク=ハンバキア
それから一週間と待たず、自分は漆黒星騎士団の訓練に復帰した。
ライディーンはまだベッドから起き上がれず、フォーチュン家で療養の日々が続いているはずだ。
自分はもう完全に回復していた。コインも全部戻ってきたし、先日のレラージュとの戦闘で得たものは大きい。何より千里眼をいくらか仕えるようになった事は大きな自信に繋がっていた。
もう季節は夏真っ盛りだった。
久しぶりに足を踏み入れた訓練所では、第4期の志願兵が訓練を行っていた。
立っているだけで汗ばむ陽気だというのに、みな真剣に戦闘訓練を行っている。これまで武器を手にした事もないようなヒトたちが何日かの訓練でそう強くなれるはずもない。
それでも、志願兵たちの必死な様子は自分と重なった。
この国が好きで何かを守りたくて、少しでも力になれたらと兵役を志願するのだ。
「強くなりたい」
何度も呟いた台詞は、今でも一番願う事だ。
だから、ここに戻ってきた。
最初にクラウドさんに挨拶した。
「元気になってよかった。もうあんな無茶をしちゃ駄目だよ。私がアレイに怒られてしまう」
「クラウドさんこそだいじょうぶだった? 右手……一回凍ったでしょう?」
「大丈夫だよ、君が治してくれたからね」
金髪の騎士団長はいつもの微笑みを見せた。
「さあ、みんな待っているよ。早く戻って元気な姿を見せるといい……もう君はレメゲトンであることを隠す必要もない。ありのまま、好きに皆と話しておいで」
「うん、ありがとう」
クラウドさんの居住を出ると、すぐ近くには馬小屋がある。
近寄ってみると、最初この場所に来たとき寄ってきてくれたヨハンそっくりな馬がまた嬉しそうに首を振った。
「おいで」
手を伸ばすとすぐによってきて鼻を押し付けてきた。
「ふふ、元気だったか?」
「元気になったようだな、ラック」
「あ、ライガさん」
振り返ると青いバンダナの鷹部隊長がいた。
「そいつが好きか?」
「うん。すごくかわいい」
「じゃあその馬はお前にやるよ」
「え、いいの?!」
びっくりして目を丸くした。
「ただ、もう少し後だな。今は夏だが、冬が来て、それも過ぎて春になる頃にはそいつも立派な大人になる。そうしたら、戦場へ連れて行ってやってくれ」
「ありがとう!」
ねえちゃんの弟のヨハンによく似たまん丸な目を少しだけ細めて、その馬は擦り寄ってくる。
「そのうち名前をつけてやるといい」
「うん!」
暑い時期が終わって、秋が来て、冬が過ぎた頃。
その頃には自分は王様に認めてもらえるだろうか。戦力として東へ向かう事を許されるだろうか……?
鴉部隊の宿舎に戻ると、ちょうど午後の訓練を終えたヴィッキーとシアに会う事が出来た。
「ラック! もう大丈夫なのか?」
「うん、もう平気。ごめんね、心配かけて」
「いや、無事で何よりだ」
白髪赤目のシアはやっぱり無表情で、少し目を伏せただけだった。
「ねえ、メリルは?」
きょろきょろと見回して姿を探したが見当たらなかった。
ヴィッキーの表情が曇る。
「メリルは……」
練習後に汗を流して部屋に戻ってきたルークを捕まえた。
驚いた顔をした黒猫をそのまま屋上に引きずっていった。
ライディーンとよく稽古したこの場所で、黒髪金目の少年は穏やかに微笑んだ。
「ラック、元気になったんだね」
「……どこまで聞いたの?」
「レメゲトンの任務で大怪我したって。ライディーンはそれに巻き込まれたって言われたけど……本当は何があったのかよく知らない。大丈夫、話せなんて言わないから安心して」
ルークは以前より落ち着いた印象になっていた。
前ははじけるような元気を全身から発していて、小柄な体でちょこまかと走り回っている感じがあったのに。
「ねえ、ルーク。メリルが騎士団を辞めたってほんと?」
「……聞いたんだ。本当だよ。ついこの間、実家に帰った」
「何で?!」
ルークと一緒にいたいからって、がんばって騎士になったんじゃなかったのか。
もしかすると、もしかしなくても自分のせいなのか?
「大丈夫、ラックのせいじゃないよ」
その気持ちを感じ取ったかのようにルークは静かに言った。
「メリルは俺を信じてくれたんだ」
ルークがメリル、と呼んだ。これまではずっと「姫」と呼んでいたのに。
「俺はこれまで逃げてたんだ。いつかメリルは俺を追うのを諦めてくれるんじゃないかって。そうすればちゃんと身分の高い貴族と結婚して、一生幸せにめでたしめでたしってなると思ってさ」
「メリルはずっと昔からルークが大好きだったんだね」
「ああ、俺はそれを知ってもいた……でも、それに答えることは今までしてこなかった。そうしてしまったらもう戻れなくなると思って、逃げたんだ。故郷から遠く離れた王都の騎士団に入ったんだ」
いくらか見ないうちにひどく大人びたルークは遠い目をした。
その眼差しはびっくりするくらい美しく澄んでいた。
「でも、それは間違いだった。メリルは俺を追ってきた。しかも、信じられないことに、俺はそれが――嬉しかったんだ」
「ルークもずっとメリルが一番大切だったんでしょう?」
きっと幼い頃から。
もしかするとメリルがルークを大切だと気づく前から。
ルークは自嘲気味に笑った。
「そうだよ。でも、メリルのように一歩踏み出す事が出来なかっただけだ。俺のせいでどれだけ傷つけたか分からない。それでもメリルは俺を見ていてくれたから」
「メリルはいつもルークのこと見てたよ。傍にいたいって、ずっと訴えてたよ」
若草色の瞳はいつでも黒猫の動きを追っていた。
傍から見ていても分かるくらい、全身でルークが好きだと言っていた。
「決めたんだ。俺が出世して、メリルを迎えに行くって。これまでがんばらせてばっかりだったから、今度はおれががんばる番だ」
ルークは金の瞳を細めて笑った。
「いつか騎士団長になってメリルを迎えに行くよ。きっとそれならメリルの両親だって許してくれると思う」
自分には、身分とか世間の目とか貴族の制約とか、そんなものはぜんぜん分からない。レメゲトンの地位の高さとか、騎士団長の権限とか、貴族の上下も。
それは拘束する鎖のように重く人生にのしかかってくるものらしい。好きな相手と一緒にいられなかったり、なりたい職業に就けなかったりすることもあるだろう。
でも、全部どうにもならないことじゃないんだということも知った。
騎士団長を目指せる才能を持ったルークや、偶然レメゲトンである自分と出会う事が出来たライディ−ンは幸福なのかもしれない。
それでも彼らは変えようとする努力を知っている。
未来を見つめ、それを目指すだけの力を養っている。
「がんばってルーク。おれ応援するよ!」
「ありがとう、ラック。決心できたのはラックのお陰だ」
「?」
「あんな事がなければメリルが本音をぶつけてくれる事もなかったし、俺がメリルに気持ちを伝えることもなかったと思う」
「おれは何もしてないよ」
全部、二人が互いを思う気持ちがあったからだ。
お互いが相手を「ひとつだけ」に選び、大切に思う事が出来たら。
それはなんて素敵なことなんだろう。
「うん、すごく素敵だ! いつかきっとメリルと一緒にいられる日が来るよ!」
「ありがとう!」
黒猫は微笑んだ。急に成長して大人になってしまった顔をして。
自分が強くなってねえちゃんとアレイさんに会いに行くように。
ルークもメリルに会いに行くんだろう。
しかし、何かが引っかかった気がした。
自分とねえちゃんはお互いが一番大切なんだ。でも、ルークとメリルの関係はそれとは少し違う気がした。
守りたい、守られたい――傍にいて欲しい。
胸の片隅が痛む。
何か新しい感情が芽生えようとしていた。




