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LOST COIN  作者: 早村友裕
第二章 LAST DANCE
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SECT.7 ふしぎな気持ち

 ねえちゃんのうちに到着して降りようと手を貸してくれた時も全く口を開いてくれない。

「……怒ってる?」

「別に」

「嘘だ。だってぜんぜん喋ってくれないじゃん」

 唇を尖らせて上目遣いに見上げるとアレイさんは大きなため息をついた。

「本当にお前は……」

 何もかもの言葉を飲み込んだようにもう一つ大きく息をつくと、くしゃりと髪を撫でてくれた。

「仕方ない奴だな」

 とても珍しいアレイさんの微笑みに思わず釘付けになった。

 前に辛いことがあった時してくれたみたいに優しい腕の中に包み込まれたような気持ちになった。温かくて安心する微笑だった。

「怒っていない。そんな顔をするな」

「ほんと?」

 ほっとして笑うと、アレイさんはもう一度頭を撫でてくれた。大きな手のひらが心地いい。アレイさんの手はとても好きだ。

 とても子ども扱いされている気がしたが、なぜだかとても嬉しかったのでその感触を存分に楽しむことにした。

「ただいま」

 出迎えてくれたマリーばあやさんに挨拶すると、ばあやさんはびっくりしたように目を大きくした。

「ラック様。そのお召し物は……」

「すまない。客人をフォーチュン侯爵家にお連れした。その際の土産物だと思ってくれ」

 アレイさんが簡単に説明した。

「それよりもファウスト女伯爵はご在宅か?」

「いいえ、まだ帰っておりません」

「んじゃあおれの部屋で待ちなよ。広いから」



 アレイさんの手を引いて自分の部屋まで行った。

 戻ってすぐに靴を脱いだ。この靴を履いているとずっと爪先立ちで歩いているような状態だ。つま先が痛くてしょうがない。

「痛いよう……」

 ベッドの端に座って足を伸ばしているとアレイさんがすっと目の前に跪いた。

「見せてみろ」

「ん」

「少し赤くなっているな。サイズが少し合っていなかったんだろう、薬を塗っておく」

 どこから取り出したのかアレイさんは小さなビンを取り出して、つんとする匂いのする薬をひりひりと痛む足の側面に塗ってくれた。

「そのお薬、いつも持ってるの?」

「ああ。仕事柄怪我をする機会も多いからな」

 怪我、と聞いてどきりとした。この間自分のせいで大怪我を負わせてしまったばかりだ。きっとその傷だってまだ完全に癒えていないはずだ。

 明日から一週間待っていろと言った。

 もしかしたらまた危ない目にあうんじゃないだろうか。

「アレイさん」

「何だ?」

「ちゃんと戻ってくるよね。ひどい怪我したりしちゃやだよ……?」

 胸の辺りがきゅっと締められるように傷んだ。

 なんだろう、この気持ち。

 アレイさんが怪我をしたり危ない目にあったりするのはすごく嫌だった。ちゃんと無事で元気に帰ってきて欲しい。

 真直ぐに見つめたアレイさんの紫の瞳が少し揺らいだ気がした。

 目が離せない。

 深い紫から視線を外すことができない。

 このまま吸い込まれてしまいそうだ……



「失礼します」

 アイリスの声ではっとした。

「お茶をお持ちしました」

 と、アイリスの視線がこちらに向けられる。

 靴を脱いでベッドの端に座る自分と、そこに跪いたアレイさん。

 いったいどう解釈したのかは分からないが、アイリスは真っ赤になってお茶の入ったお盆をテーブルの上に慌てて置くと、

「しっ、失礼しましたっっ!」

 そのまま慌しく出て行ってしまった。

「……?」

 首を傾げていると、アレイさんはすぐに立ち上がってアイリスを追った。

 いったい、どうしたというんだろう?



 アレイさんはすぐに戻ってきて、アイリスとリコリスもその後についていた。

「あ、アイリス。どうして逃げちゃったの?」

「すみません、ラック様。私はてっきり……」

 アイリスは恥ずかしそうにはにかんで、アレイさんは大きくため息をついていた。

「今お茶の用意をしますね」

 アイリスとリコリスがお茶を入れて、自分とアレイさんは4つしか椅子のない席に着いた。とはいってもカトランジェの街で住んでいたアパートにあった机の2倍以上はあるのだが。

 カップから湯気が上がっている。

「ねえちゃんはまだ戻らないの?」

「ええ、いつもならすでにご帰宅されている時間なのですが……今日は遅くなるとも聞いていませんし」

 外は暗くなり始めている。

 日の長いこの頃では日が落ちてすぐに夕飯をとるのが常だった。

「城で何かあったのか……?」

 薄く闇が降りてきた窓の外にはジュデッカ城のシルエットが浮かんでいる。

 今までそんなことは思わなかったが、今日のジュデッカ城はなぜかとても禍々しい気を纏っているように見えた。

 嫌な予感がする。

 それはアレイさんも同じだったようで、唇を真一文字に結んでジュデッカ城を睨みつけていた。



 ねえちゃんはその日、帰ってこなかった。

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