SECT.4 おだやかな夫婦
インフェルノ外郭内の貴族のうちはどれも一緒に見える。
ねえちゃんのうちもアレイさんの屋敷もこの騎士団長さんのお屋敷もみんな大きくてきれいで立派で、しかも迷子になりそうなほど複雑なつくりをしている。
それは王様の住んでいるジュデッカ城も同じなのだけれど。
門を過ぎても馬に乗ってお屋敷の入り口まで行くなんて今でも信じられないことだ。
入り口近くでアレイさんは馬を止めた。
先に下りて、また右手を差し出してくれる。
一人でも降りられるけれど、アレイさんが優しいのは珍しいことなので甘えておくことにして手を借りて馬から下りた。
「アレイ!」
鈴が鳴るように愛らしい、でも芯の通った女性の声がした。
はっとして振り向くと、空色のドレスを纏ったねえちゃんくらいの年の女のヒトだった。あまり化粧はしておらず、装飾も首のペンダントと髪留めの金のバレッタだけだった。
それでも顔立ちは整っていて、自然に美人だというのがとても好印象だった。
「姉上」
「思ったよりも早かったのね。待っていて、今クラウド様もいらっしゃるわ」
「出迎えなどよかったのに」
「だって待ちきれなくて」
柔らかなこげ茶の髪を結い上げたその女性はアレイさんと同じ紫色の瞳をしていた。
「はじめまして。新しいレメトゲンさん」
「はじめまして!」
無愛想な感じのアレイさんとはあんまり似ていなくて、微笑みがとても温かい。ねえちゃんもすごく美人なんだけど、それとはまた違った風に優しそうできれいなヒトだった。
「ラック=グリフィスと言います。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げると女性も愛らしい声で返してくれた。
「私はダイアナ=フォーチュンよ。アレイの姉です。よろしく、ミス・グリフィス」
「ラックでいいよ、ダイアナさん」
そう言うとダイアナさんは楽しそうに笑った。
「ふふ、よろしくラック」
その時家の扉が開いて一人の男性が顔を出した。
「クラウド様、そんなに急がなくても誰も逃げませんよ」
「いや、だが待ちきれなくてな」
ダイアナさんと同じ事を言ってそわそわしながらこちらへやってきた。
「この子がそうかい?」
「えと、はじめまして、ラック=グリフィスといいます。騎士団長さんですか?」
「そうだよ」
とても優しそうなヒトだった。金髪に翠光玉の瞳、それと目元の雰囲気は確かにクローセルさんによく似ている気がする。
このヒトのほうがずっと柔らかな空気を纏っていたが。
「クラウド=フォーチュンだ。アレイがお世話になっているね」
「んとね、どっちかというとおれの方がお世話になってるよ。アレイさんがいなかったらおれもう3回くらいは死んでたかもしれない」
正直にそう思ったのに、騎士団長さん――クラウドさんはくすくすと楽しそうに笑い、アレイさんは額に手を当ててため息をついた。
「そうかそうか」
ニコニコと笑ったクラウドさんは確かにもう30歳を超えているなんてとても信じられなかった。隣にダイアナさんが並ぶとまるで絵本に出てきそうな王子様とお姫様みたいに見えた。
クラウドさんはアレイさんより少し背が低いくらいで、それでも標準よりはずいぶん上だろう。ダイアナさんは自分と同じくらい。でもヒールの分ダイアナさんの目線のほうが少し高かった。二人は見下ろすことも見下ろされることもない距離で、それが少しだけうらやましいなと思った。
アレイさんは少し大きすぎると思うんだ。
そうして紫の瞳を見上げると、相変わらず仏頂面で見下ろされた。
「アレイさんはちょっと大きすぎると思うよ」
「いったい何がだ」
「だって近づくとすごく見上げなくちゃいけないじゃん」
「……」
「あら、それはどうしようもないわねえ」
ダイアナさんは朗らかに笑った。
アレイさんはなんともいえない顔で自分を見下ろしていた。
「おいで、ラック」
クラウドさんが手招きした。
てくてく近寄ると、クラウドさんは自分を軽く抱え上げて肩の上に座らせてくれた。
「うわっ」
「義兄上っ」
アレイさんがあわてて駆け寄ってくる。
初めてその紫の瞳を見下ろした。
思わず笑みがこぼれる。
「……何だ」
アレイさんが不機嫌そうに見上げてきた。
その黒髪をぽんぽん、と撫でてにっと笑った。
「ガキ」
もちろんその直後アレイさんによってクラウドさんの肩から引き摺り下ろされたのは言うまでもない。




