SECT.5 みらいのお話
「義兄上、絶対にこいつを甘やかさないでください。姉上もです! ただでさえ調子に乗っているというのに……」
「だってラックかわいいじゃない。ねえ、クラウド様」
「本当だよ。今すぐ養女にもらいたいくらいだ」
アレイさんはそれを聞いて肩を震わせた。
こんな風に感情をあらわにするアレイさんはとても珍しい。
「肌もきれいね、髪も艶々だわ。手足もすんなり伸びてるし……もったいないわね」
ダイアナさんは自分をなめるように上から下まで観察した。
「そうだわ。ちょっといらっしゃい、ラック」
ダイアナさんに連れられてお屋敷の中に入った。
連れて行かれたのは、ねえちゃんちでも見たことのある大量の衣装が収納された部屋だった。しかもこの家の衣裳部屋はゆうに自分の部屋以上はある。
「少しだけアレイに近づけてあげるわ」
「ほんと?」
「本当よ」
自分の身長はダイアナさんとそう変わらない。サイズもほとんど違わない。ねえちゃんの服を着るときほど苦労はしないだろう。
「何色にしようかしら。そうね、黒髪だから淡い色のほうが似合うと思うの」
とは言っても着せ替え人形になるのが好きなわけではない。
余計な口出しはせずに黙っておくのが一番だ。
「何色が好きかしら?」
「んー、オレンジ」
お日様の色だから。
そうしてダイアナさんが選んだのは、橙のパステルカラーだった。
胸の下にリボンが結んであって、そこから広がるようにひざ上までのすそがひらひらと舞っている。布地はグラデーションに染色してあって、シンプルではあったがとても見栄えのするワンピースだった。
袖がなく肩が完全にあらわになるものだったが、少しずつ熱くなってきたこの季節にはぴったりだ。
「私がまだ十代の頃に来ていた服よ」
「かわいいね」
正直に感想を述べると、ダイアナさんはにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、これにしましょう」
とりあえず服を脱いだ。
篭手をはずすと左手のコインが見えてしまう。
「手袋も必要ね」
あまり深く追求せずさらりと言ってくれたのがとても嬉しかった。
白い手袋ときらきら光る銀のネックレス、それに蒼水星の髪留めと明るい橙色の靴を借りた。
服を脱ぐと、ダイアナさんが息を呑んだのが分かった。
「3年前の傷だからもう痛くないよ」
自分の背中には逆十字の傷がある。それは肩甲骨の真下を横断し首筋から腰にまで及ぶ大きなもので、アイリスとリコリスを除けばねえちゃんしか知らないものだった。
3年前ねえちゃんに拾われたとき負っていた傷はほぼ完治したのだが、この傷だけはどうしても消えなかった。
「痛かった?」
「ん、よく覚えてない」
それは本当だった。3年前ねえちゃんに拾われた頃の記憶はとても曖昧で、はっきりと思い出せるのは『探索者』に任命された瞬間からだった。
「そう」
ダイアナさんは悲しそうに微笑んで、その傷を隠すようにすぐワンピースを着せてくれた。
軽く髪を整えて、装飾品を身につけた。少しするだけでも変わるのよ、と唇に薄く桃色のラインを引いた。
「じゃあ、これを履いて」
明るい橙の靴を差し出された。
華奢なつくりで指先が出るタイプの涼しげな靴だったが、ヒールがそれなりにあってこれを履いて歩けるかというのはかなりの問題だった。
案の定履いたはいいもののあまりうまくバランスが取れない。
「ほら見て。かわいらしいわぁ!」
ダイアナさんに手を引かれて鏡の前に立ってみると、そこに映っていたのは自分じゃないみたいな姿だった。
淡い橙のワンピースから伸びる手足はすんなりと細く伸びていて、薄く紅を引いた唇もはっと目を惹く。黒髪に黒瞳、象牙色の肌に明るい太陽のようなオレンジ色はとてもよく合っていた。
「ほんとだ……おれじゃないみたい」
「ふふ、きっともう2年もすれば結婚の申し込みが殺到するわよ。」
「えー?」
何で?
「そんなものいらないよ」
「そうね、少し早いかもしれないわ」
「おれは結婚なんてしないよ。ねえちゃんとずっと一緒にいるんだ」
「あら、それは寂しいわ」
「何で?」
「だって私、あなたがアレイのお嫁さんになるのをすごく楽しみにしているんですもの」
「アレイさんの?」
思わずきょとんとした声が出てしまった。
「何で?」
「ラックはアレイ嫌いかしら?」
「ううん、すごく好きだよ」
「そう、よかった」
ダイアナさんはそう言って嬉しそうに笑った。
「じゃあ二人のところへ戻ってお披露目しましょう」
「はあい」
結婚なんてすごく先の話だと思っていた。でもよく考えれば、世間一般的に見ればそんな年なのかもしれない。
とは言ってもまだ実感はぜんぜんわかない。誰かを好きになることだってないのに、結婚なんてずっとずっと遠い未来の出来事のように思えた。
だったらおれはねえちゃんと結婚したい。
でもそれは無理なんだってねえちゃんは言ってた。結婚は男と女と一人ずつじゃないとだめなんだって。
それならおれは男にだってなるのに。ねえちゃんをずっと守ってあげたいのに。
それは少し違うんだとねえちゃんは言う。
いつか守ってもらって嬉しいと思うときが来るから。そして、何をかけても守りたいと思うヒトができるからって――
「さあ、開けるわよ?」
気がついたら一つの部屋の前に来ていて、ダイアナさんは微笑んで扉を開けた。
一瞬だけアレイさんの紫の瞳がよぎった気がしたのだけれど、なぜだか分からなかったからすぐに忘れてしまった。




