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第1章 -03-

~投稿その肆~

-03-


ここまで感情が高ぶるのは、いつぶりだろうか。


つい先ほどまで戦っていた相手が眼前にいるというのに、

止められない歓喜が、彼女の感情を覆い尽くしていく。

「お、おいおぬし……大丈夫なのか……?」


突然の状況に困惑するセーバ。

敵であっても、この世界に来て精神を病んだ者、

あるいは壊れてしまった者を身近に見てきた彼は、

慎重に言葉を選び、歩み寄るように声をかける。


「……うれしいんですよぉ……」

暗い鎧の奥から聞こえてきたのは、

どこか涙ぐんだような、幼い少女の声だった。

小さく肩を震わせるその姿は、

先ほどまで戦っていた存在とは、まるで別人のように見える。


ライフは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私はぁ……この世界が好きなんです。

 あっちよりも……私の命は、ずっとここにあったんです」


――生まれてから、十数年。

時代は進み、あらゆるものが変わっていった。

それでも、彼女の世界は変わらなかった。

ライフは、生まれてからずっと一つの部屋の中で過ごしてきた。

外へ出たことがあるのは、ほんの数回。

それも、両親から許可が出たときだけだった。


もともと体が強くなかったこともあり、

外に出る機会は極端に制限されていた。


中にいれば安全だから――


両親は、それしか言わなかった。

何をするにも部屋の中。

成長するにつれて、その生活はさらに閉じていく。


そして――気づいたときには、両親はいなくなっていた。


事情は知らない。

ただ、「亡くなった」という通知だけが届いていた。

死因もわからない。

正確にいつ亡くなったのかも知らない。

葬式に参加することも、最後の言葉を送ることもできなかった。


自由になった――そう思ったこともあった。

だが。


外へ出るという選択肢を取るには、

あまりにも時間が経ちすぎていた。


一時は両親を恨んだ。

なぜ最後に会わせてくれなかったのか。

なぜ、ここまで閉じ込めていたのか。

様々な思いが頭を巡る。

――だが、それすらも。

考えることが、次第に面倒になっていった。

だからこそ。


他人のことも、何もかも考えるのをやめた。


そんなとき――

彼女が出会ったのが、このゲームだった。


たくさんの“初めて”をくれた。


誰かに縛られることもなく、

ただ自由に、やりたいことをやった。


初めて――全力で何かに打ち込んだ。


自分でも、ここまで夢中になれることができたことに驚いた。

何かに打ち込むことなんて、今まで一度もなかった。

この世界で、ライフは初めて――

自由になった気がした。


「だからぁ……今はそれが、どうしようもなく嬉しいんです……」

だからこそ。


もっと自由に。

もっと多くを――新しいことを知りたい。


この世界を。


「私の“初めて”を……もっと増やしたい」

「……それは、良いことかもしれん。ワシらも含めて、こちらに多くの同胞がやってきてからというもの、

 おぬしのように何かを成そうとした者は多い」

だが――それと同時に、危険は常に隣り合わせにある。

「現実の世界は、あちらのように退屈ではないじゃろう。

 このゲームを長くやり込んでおった者ほど、退屈しておったからの……」

「それ以上に、こちらは危険が多すぎる。

 生活水準も含めて、多くが進んでおらん。食料も医療も何もかも――

 ワシらの手が入って、ようやく少し安定してきた程度じゃ」


多少はマシになったとはいえ、その程度だ。

ゲーム時代、プレイヤーたちが国を築き、店を開き、組合を作り上げてきた。

一見すれば充実しているようにも見えるが――

まだまだ足りないものは多い。


プレイヤーの中には専門知識を持つ者もいたが、

そういった人材はごくわずかだ。


さらに、そうした人材の多くは――

ゲーム時代から存在していた国に、すでに所属している場合が多い。


一度抱え込まれたプレイヤーは、容易には動けない。


関係が劣悪とまではいかないが、

すべての国同士が良好な関係にあるとは言えない。


各国でモンスターや災害による被害が出れば、

もともと存在していたNPCに比べ、高い身体能力や多くの知識を持つプレイヤーたちが駆り出される。


戦闘が得意な者をプレイヤー国家から派遣することもあるが――

所属する国を抜けることはできず、

望まぬまま前線へと送り出される者たちも、いまだ多い。


――だからこそ。


この世界はいまだ、どこか緊迫した空気を保ち続けていた。

「この世界に今いるワシらも、生きておる。

 ゆえに、デスペナルティなどなくとも……そのまま死ねば、終わりの可能性もある。

 まだ、そういった話は聞いておらんが……」


うつむきながら、セーバは語る。


先ほどまで戦ってはいたが、

殺すことまでは考えていなかった。


動けなくすること――それが最低限の目標だった。


難しければ、やむを得ない。

そう考えていたのも事実ではあるが。


「わしらは、一度だけなら致命傷を受けても回復できる魔法をかけてある。

 ゆえに後ろの……この赤毛も無事じゃ」


吹き飛ばされてからカカオに動きはない。

外傷を見れば、とても無事には見えないが、

だが、付与した魔法が発動していないということは、致命傷には至っていない。


それでも――あれほどの衝撃と痛み。

致命傷でなくとも、常人であれば到底耐えられるものではない。

「気を失っておるだけじゃろう……他の者も無事じゃ。じゃから――」


「だからぁ……なんですかぁ?」


背筋を、凍るような寒気が走る。


「い、いや……この者らは皆無事じゃ。じゃから、今回のことはお互いさまということにして……その……」


先ほどまで震えながら言葉を紡いでいた、

弱々しくすら見えた目の前の少女から――


明らかに、異なる気配が滲み出る。

鎧の隙間から、こちらを見定めるような視線が突き刺さる。

「皆で協力した方が……安全じゃろ?」


「……」


沈黙。

重苦しい空気が、その場を支配する。


「そんなことぉ……つまらないじゃないですかぁ……」


「え?」


ライフが、ゆっくりと腕を持ち上げる。

その先には、再び武器が構えられていた。


「私はぁ……一人でいいんです。

 誰かに合わせて、許可を求めて、制限されて……自由がないのは、いらない……」


「あなたたちは……私にはいらない」


――今まで感じたことのない、純粋な殺意。


全身が、危険だと即座に理解する。


セーバは、持ちうる限りの防御を展開するため、反射的に動いた。


覚悟を決めたその瞬間。


「ちょっと失礼~」


ライフの背後に、一人の人物が現れる。

突如――ライフの動きが止まる。


(身体がぁ……動かないぃ? 拘束系の……魔法じゃないってことはぁ~)


視線だけを動かし背後を確認すると、

露出はやや多く、紫と白を基調とした装束で、

巫女服に身を包んだ女性が、自身の背中に手を伸ばしているのが見えた。


(やっぱりぃ……陰陽術かぁ)


基本術式から始まり、発動までの手間と手順の複雑さから、

初級でさえ難易度の高い職業である「陰陽師」。

だが一度発動してしまえば、たとえライフであっても振りほどくのは容易ではない。


――通常であれば。

今、ライフの纏う鎧には『不利効果耐性』が付与されている。


効果は実にシンプル。

"あらゆる不利効果に対して耐性を得る"というものである。


効果範囲が広いため、無効化ではないものの、その効果は十分。

こういった場面においては、決定的な差となる。


一瞬、確かに動きは止まる。

――だが、瞬きの間。


ライフが再び動こうとした、その瞬間。

「今だよ! ロイちゃん!」

掛け声と同時に、ライフを包み込むように大量の機械が絡みつく。


それは――

つい先ほどライフが破壊した、あのロボットの残骸だった。


飛来してきた方向へ視線を向けると、

ボロボロになったロイを担ぐルードの姿があった。


「ダメ押ししとかんと、ね~」


巫女服の女性は、機械の上から次々と札を貼り付ける。


札は赤く発光し、互いに結びつくように繋がり、

拘束はさらに強固なものへと変化していく。


「や、やったのじゃな! これで――」


「逃げるわよ! 長くは持たないから!!」


セーバは小脇に抱えられ、

気づけば倒れていたカカオも、巨大な虎に担がれていた。


全員が即座に撤退行動へと移る。


「な、なぜじゃ! あの状態なら大人しくさせることくらい――

 というか、おろさんか!」

文句を言うセーバをよそに、

背後から聞こえる“異音”に気づいていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

「……」

遠ざかっていく彼らの姿。

「……ふふふ……」

結界による封印。

簡易とはいえ、この手際。


おそらく――あの巫女姿の女性はトップ帯のプレイヤー。

「おもしろい感覚ですねぇ……封印ってぇ~」

動きたいのに動けない。

それでいて、身体に直接何かが触れているわけでもない。


――初めての感覚。

「でもぉ~!」


次の瞬間――


轟音。

機械による拘束と結界が、軋むような音を立てる。

片腕が外へと突き出される。


そのまま力任せに周囲を引きちぎるが、

きりがないと瞬時に判断する。


「即時換装――伯爵礼装」

その瞬間結界内部でライフは手に担いだままの大砲を発射した。


拘束と結界が、内側から爆ぜた。


爆炎の中から現れたライフの姿は先ほどよりもややスリムな形状へと変化し、

特徴的な淡い桃色の髪が大きく揺れる。


ライフは、逃げていった方向を静かに見据える。

「まだぁ……聞きたいことが、山ほどあるんですよねぇ……」


ゆっくりと――その身体が宙に浮かび上がる。

背中から、蝙蝠のような巨大な翼が広がる。


身の丈を超えるその翼は、

片方だけで二メートルを優に超える大きさで、禍々しい存在感を放っていた。


まさしく――悪魔。


「言いたいこと言ってぇ……好き勝手やって放置とかぁ……さすがに~」


「むかつきますしぃ~」

そのまま、空へと羽ばたく。

――追跡が、始まった。

間の開け方がまだわからない、

追々修正予定-2026_05-

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