第1章 -02-
投稿その参
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「――目標への着弾を確認」
上空から見下ろすように、大砲を構えた眼鏡の女性。
冷静な眼差しで、着弾地点を見下ろしている。
周辺の木々は消し飛び、焼けただれ、地面も大きく抉れている。
ところどころでは、赤く燃え盛る炎がごうごうと音を立てていた。
その大砲の威力は、まともに受ければただでは済まないことが容易に想像できる。
『さすが、相変わらずの威力だね。ルードさん。
ただ、何度も言うようだけど、油断はしないようにね。
相手は“あの賢者”や“五聖紳”と比べても過言じゃないバケモノだよ』
ルードの背後には、巨大なロボットが一機、並ぶように佇んでいる。
その内部からは、幼い少年のような声が響いていた。
「わかっています、ロイ。あの程度の一撃でどうにかなるものとは思っていません。
私よりも、カカオに言った方がいいのでは?」
「ワーってるよ、いい加減に聞き飽きたぜ。ここに来るまでにさんざん言われたがよ。
ゲーム時代でもあの野郎が暴れ回ってた話は、いやってほど聞いてんだ。
戦ってはみたいが、そんな勝手は今はしねぇよ」
そう言って、赤毛の大男――カカオが頭をかきむしる。
肩には白銀の槍を担ぎ、いかにも好戦的な雰囲気を醸し出している。
「安心せいルード。何かあればワシも止めるでな。
後から春華も来るようじゃし、しっかり警戒しておれば大事はないじゃろぅ」
カカオの横で、もう一人。
体格に対して不釣り合いに大きなローブを羽織る少女が、胸を張って言い放つ。
「んだよ、セーバまで……どんだけ俺がやんちゃだと思われてんだ」
『警報が出て一番に「俺がやる!」とか言って飛び出したのは、どこの誰だよ』
「装填、完了」
ルードが、そんな会話を横目に淡々と呟く。
再び大砲を構え、照準を煙の奥へと向けた。
着弾地点には、いまだ黒煙が立ち込めている。
まだ、終わった気配はない。
「しっかし、厄介だな。距離があるとはいえ、魔力感知も気配察知も、まるで機能しやがらねぇ」
悪態をつきながら、カカオも槍を構える。
あの程度で終わる存在ではない。
それを理解しているからこそ、警戒はさらに強まる。
通常であれば、生物や魔力を持つ存在は感知系スキルで探知できるはずだが、
まったく気配を感じない。
目視でも確認できない以上、
いつでも対応できるよう、構え続けるしかなかった。
「最悪、わしの防壁で防ぐが……あやつがどの程度の攻撃力を持っているか、はっきりとは想像できん。
逃げることも視野に入れて立ち回るのでな。あやつがまだ話ができるなら良いのじゃが……」
『その話は結論出てるでしょ。緊急会議でも言ったけど――
いくらゲームであっても、国対国の聖戦にいきなり現れて暴れ回るような奴に、まともな考えがあるなんて思えないよ』
ゲーム時代。
聖戦と名をつけて、各国の代表プレイヤーと、兵士として配置されたNPCを率いて行われる大規模戦闘。
些細な理由で始まることもあるが、多くの場合は希少アイテムの争奪や、新規プレイヤーへの国のアピールを目的としていた。
そのため、どの国も全力で挑む。
ゆえに先頭に立つ者は、みな実力者ぞろいだった。
そんな戦いの最中であっても、“災害”はお構いなしに現れる。
挙句の果てには、各国の代表プレイヤーをことごとくなぎ倒し、NPCも含めて大規模な損害を出して暴れ回ったこともある。
その影響で、“災害”の評価は言うまでもなく最悪だった。
一時期は捕獲作戦すら行われたが、
名前も、性別も、居場所すら特定できない相手を捕まえることなど不可能だった。
ゆえにそのプレイヤーは――
『災害』などと呼ばれるようになったのである。
「う~む……とはいえ、この世界に来て間もないのなら、多少は混乱しておるじゃろうし……。
中身がプレイヤーであれば、話くらいはできるのではないかのぅ?」
「そ~いや一時期、あれはプレイヤーじゃなくて運営の仕込んだイレギュラーだとか言われてたな。
一部の連中は裏ボスとか、本当の魔王とか言ってたがよ」
魔王。
ゲーム内にも魔物を束ねる王として存在していたが、正直そこまでの実害はなかった。
時折発生するモンスターパニック――大量のモンスターがあふれ出し、そのすべてが強化されたイレギュラー個体となるイベントもあったが、
事前に予兆があり、組合や国家それぞれで大規模な連携が取れるため、被害はそこまで大きくはなかった。
むしろ、おいしい報酬が得られる程度のものだった。
魔王本体の確認もゲーム内ではなかったため、密かに「引きこもり」などと呼ばれる始末だったが、
“災害”はそれらに比べ、予測できない動きとあまりにも大きい被害のせいで、本物の魔王などと呼ばれていた。
「セーバに回答しますが。私はその逆かと。混乱しているうちに、打てる手は打つべきでしょう」
大砲を構えたまま、ルードが淡々と答える。
他の二人も、同意見のようだ。
ただ一人。
セーバだけが――
「う~む……」
どこか迷うような表情を浮かべていた。
『っつ!? 全員、避けて!!』
突如として、白い光線が四人のいた場所を通過する。
とっさに全員が回避行動をとる。
ルードは構えた大砲から即座に砲撃したが、
放たれた砲弾は、飛来した光線により一瞬でかき消された。
「悔しいですが……私の砲撃より、密度が高いですね」
「しかも速い! 警戒しておったが、ロイが声を出すまで気づかんかったわ!」
「問答無用ってか! なんだあのバカみてぇな威力は!!」
言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな表情を浮かべたカカオは、
一直線に光線が飛んできた方向へ突っ込んでいく。
『おい! カカオ!! 勝手に突っ込むなってさっき話したばっかだろうが!』
槍を突き出し、凄まじい速度で突撃していくカカオに声をかけるが、
その声はもはや届いていない。
「勝負!」
突き出された槍に、黒い大剣のような武器が衝突する。
「……よぉ……やっと面、拝めたぜ――災害!」
漆黒のフルプレート。
その片手には、身の丈をはるかに超える重厚な武装が握られている。
大砲のようにも見えるそれは、先端に鋭い刃を備えていた。
カカオは地面を踏み込み、さらに力を込めて押し込もうとするが――
「こいつ……! びくともしねぇ!!」
自分の槍よりもさらに巨大な武装を片手で扱いながら、
その一撃すら、片手で受け止めている。
災害が、動く。
ほぼ全力で力を込めていたカカオをものともせず、
横薙ぎに武器が振るわれ――その体は容易く吹き飛ばされた。
「ぐっ!?」
視線を戻した瞬間、
すでに目の前に、切っ先が向けられていた。
砲身の奥が、光り始める。
「やっべ!」
とっさに回避しようとした、その瞬間。
災害の真上から、無数のミサイルが降り注いだ。
爆心地付近――カカオの周囲に、淡く輝く壁が展開される。
それは彼を守る防壁だった。
「大事ないか、カカオ! やみくもに突っ込んでどうにかなる相手ではないぞ! 一度下がれ!」
「わりぃ! 助かった!」
セーバが、彼を守るように防壁を張っていた。
目の前で、次々とミサイルが撃ち込まれていく。
爆炎の中から、黒い影が飛び出したのが見えた。
『クッソ! 速すぎんでしょ!』
ロボットの内部から悲鳴のような声が響き、
同時に無数のミサイルが放たれる。
しかし――
筒口が、わずかに揺れ――
次の瞬間、砲弾が放たれる。
無数のミサイルがたった一撃で相殺された。
激突する寸前、横合いから。
「砲撃」
ルードの砲撃が、正確に直撃した。
だが、怯む様子はない。
その勢いのまま、ロイへと突撃する。
激しい衝突音とともに、機体がいとも容易く引き裂かれた。
「ロイ!!」
ルードの悲痛な叫びとともに、瓦礫と化した機体が力なく落下していく。
そして――
災害の視線が、自身に向いていることに気づく。
とっさに迎撃を試みるが、かわされる。
止まらない。
思わず、目を閉じる。
――その瞬間。
ルードの横を、凄まじい速度で投擲された槍が通過し、災害へと叩き込まれる。
カカオが、槍に続いて前へ出る。
「下がれルード!変わるぜ!!!」
投擲した槍を再び握り、そのまま連続して突きを繰り出す。
だが――
すべてが、止められる。
まるで、動じない。
攻撃の手を緩めないカカオと、ただ淡々とそれを捌き続ける災害。
「クッソ! 今度はバフも盛り盛り、最高装備で揃えてんだぜ! これでも――よぉッ!!」
一瞬の拮抗。
カカオは後方へ飛び退き、
それを追うように前進した災害が――何かに阻まれるように動きを止める。
「今じゃ! 奴の動きを止めた!!」
「おぉよ!ナイスサポートだぜ!」
空中にいるにもかかわらず、まるで地面を踏みしめるように、
カカオは姿勢を低く構え、強く踏み込む。
「――“真槍”!」
瞬間。
槍が、輝く。
先ほどとは比べ物にならない速度と威力を乗せ、必殺の一撃が放たれる。
――だが。
「――“斬撃”」
剣士クラスであれば、最初に習得できる初級スキル。
凄まじい衝撃と――何かが弾ける音が、響いた。
刹那、目の前の存在が、笑っているように見えた。
「―――な、何が起こったんじゃ……」
カカオの放った“真槍”。
槍術の使い手が習得できる『極』スキルの一つ。
その効果は、最高速度で突きを繰り出すという、実にシンプルで単純な技。
だが、その威力は絶大で、直撃すれば甚大なダメージを与えることができる。
攻撃モーションに溜めがあり、動きも直線的で扱いは難しいが――
今回はセーバの防壁で対象を閉じ込め、逃げ場を塞いでいた。
そこへ向けて、真っすぐに放ったはずだった。
「わしの防壁を一撃で破るだけでなく……カカオの攻撃を真正面から弾きよった……?」
視線を横に向ければ、吹き飛ばされたカカオの無残な姿が目に入る。
思わず、息を呑む。
カカオは複数のバフを付与し、防御力も引き上げていたはずだ。
「お、おい! 無事かっ――」
その瞬間。
背後に、悪寒が走る。
「っつ!?」
いる。
振り返ろうとした、その刹那。
視界の目前に、鋭い切っ先が突きつけられていた。
息が詰まる。
今までに感じたことのない恐怖に、体が硬直する。
心臓が激しく鼓動する。
「な、なんなんじゃ……ぬしは……」
返答はない。
ただ、武器をこちらへ向けたまま――静かに佇んでいる。
「……あなた達もぉ……何者なんですかぁ?」
唐突に返ってきた言葉に、息を呑む。
それ以上に――
この場にそぐわない、あまりにも間延びした声色。
「ぬ、ぬしは……女か?」
返答が返ってくるとは思っていなかった。
そして、“災害”を男だと思い込んでいたこともあり、混乱が広がる。
何を話せばいい?
会話での和解を望んでいたはずなのに――
何を話せばいいのか、わからなくなる。
「……せめてぇ、質問には答えてほしいんですけどぉ~?」
直後、武器の切っ先が下げられる。
「あ、わ、ワシは! ノマディアのセーバじゃ」
「ノマディア……そんなトコ、ありましたっけぇ……」
「……ぬしは、プレイヤーか?」
「んん~?」
首を傾げ、不思議そうに唸る。
先ほどまでの戦闘とは打って変わり、あまりにも緩やかな空気。
調子が狂う。
「んん~、プレイヤーかって聞くってことはぁ~
あなたも中身がある人ですかぁ?」
「あぁ、そうじゃ。今から大体15年ほど前に、こちらの世界に来ておる。
ここにいる者は全員そうじゃ。その時々で状況は異なるが、皆ゲームをプレイして気づいたらこちらに来ておった」
「あぁ~……じゃあ、ここはやっぱり現実なんですねぇ……」
空を見上げながら、ぽつりと呟く。
(やはりプレイヤーか……。こうなると、今までの行動に対してどのような反応を取るか……)
(ようやっと落ち着いてきたというのに……なんとタイミングの悪い……。
奴はゲーム時代、多くのプレイヤーとNPCを倒しておる。
その圧倒的なキル数のせいで、各国すべてから危険人物として指定されておるわけじゃが……)
問題行動の多いプレイヤーは指名手配として、各国がそれぞれ懸賞金を設定し、お尋ね者として指定できる。
だが、“災害”の場合は別格だった。
あまりにも被害規模が大きすぎたため、運営国家すべてから危険人物として登録されていた。
危険人物として登録されると、その国に近づくだけで、王および配下全体に警告が発せられる。
今回、セーバたちが即座に行動できたのも、この警告のおかげだった。
「現実……この世界が、リアル……」
いまだ空を見上げたまま、ぶつぶつと呟く災害。
その様子を見据えながら、セーバは危惧する。
もし――現実だと理解したことで、ショックを受けて大人しくなるのか。
それとも――
「……ふふ……」
「!!」
息を呑む。
「あははぁ……あは、あっはははははは!!!」
突如として、不気味な笑い声が、森に響き渡った。




