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第40話 親友

「嘘を……見抜く……」

「だからあの玉座での間のシオンの発言、僕は信じたよ」

「それってつまり、その……」


 リンは呼吸を整えるように息をゆっくり吐いた。


「本当の勇者は、死んだんだね」


 俺は半ば反射的に、リンから目をそらした。

 直視できるはずがなかった。

 リンは誰よりも勇者に憧れ、勇者の力になりたいと願った。

 びびりのくせして鍛錬を積んで、学院に入学するまでに至った。

 本来であれば罵詈雑言を浴びせられても仕方がないというのに、どうしてリンは今の今まで、そのことを黙っていたのだろう。



「どうして、それを公表しないんだ。その神戯ってやつのことも同時に皆に伝えれば、俺の偽証を証明できるはずだろ」


「シオン、君は、この国のことを知らなさすぎるんだ」


言っているリンは、苦虫を嚙み潰したような顔で言った。


「どういうことだ」


「この国において勇者とは、君が考えている以上に大きな存在だということだよ。僕たちが王都に初めて来たときのパレードで、祈りを捧げるひとたちを見ただろう?」


「ああ、あれはなんというか、ものすごく強い信仰を感じたよ」


「……僕たちはあまりにも、勇者に救われすぎたんだ」


 

 リンはそう言って、視線を地面に落とした。

 王都で見た光景が脳裏に浮かぶ。

 勇者様と呼びながら、手を合わせて祈る人々。

 涙を流していた人も少なくなかった。


「そのせいでね、勇者なしでは生きていけないような人々がたくさんいる」


 そもそも勇者が現れる前より、この国には勇聖教が根付いていたのだ。

 そんな国で、神そのものである勇者が復活をとげ、あまつさえ物理的に人々を救済してまわっていた。

 魔王という絶望を前に、勇者という希望に依存してしまうことは至極当然の理だ。

 10年以上前までは、それほどまでに、絶望がはびこっていたということなのだろうか。


「だから、君が勇者という立場を利用したように、僕も勇者を騙る君を利用することにした」

「そういう、ことだったのか……」


もうこの世界は、たとえ偽物であってもいなければいけない存在というわけだ。


「この世界はもう、勇者なしでは……」


「リン……お前やっぱすげえな」


「――は?」



 やっぱり俺は、偽物だ。

 俺が自分のことで手一杯だったってのに、リンは自分以外の、世界のことを考えて動いていたのだ。

 この世界のことを全く知らない俺に比べて、リンはこの世界の住人だ。

 本物の勇者の死が意味することは、俺よりもはるかに理解している。

 誰かにその現実を打ち明けることもできたはずだ。

 そうして自らにのしかかるものを取り払うことが出来たはずなのに、リンは自己を犠牲に世界を救うことを選んだ。


 そんなの、勇者そのものではないか。


「……正直いうとさ」

 

 喉が、ひりつく。

 

「俺、怖かったんだ。世界のことなんて、考えたくなかった。俺がいなくても、どうにかなるって思ってたほうが、楽だったから」


「……」


「初めはただ、ちやほやされたかっただけなんだ」


 リンは黙ったまま、俺の次を言葉を待っている。

 うちに溜まっていた言葉が押し出されていく。

 

「勇者だって囃し立てられて、気持ちよかったんだ」


 元の世界では浴びたことのない敬意や羨望の眼差し。


「気が付いたら、戻れなくなった」


 それも全部、俺のせいだ。

 ちっぽけな私欲のために、この世界の人立ちを巻き込んだ。


 「最初から真実を打ち明けていたら、きっと他の道があったはずだ。俺は、取返しのつかないことをしてしまったんだ」

 「……僕がシオンの立場だったら、きっと同じような状況にいたと思うよ。それに、まだ取返しはつく」

 「どう取り返すってのさ。本当の俺は単なる小物の嘘つきなのによ」

 「嘘つきが許される方法は1つだけだよ。その嘘を真実にしてしまえばいい」

 「嘘を、真実に……」



 リンがいうことは、つまり、このまま嘘をつき通して世界を救え、ってことだよな。

 ついこの間まで親元を離れて一人暮らしすることを小さな野望としていた俺が、世界救済……。


「なんの頼りにもならないだろうけど、僕も全力で協力するよ」


 1人だと押しつぶされそうになるほどの現実だったのに、こうして一緒に背負ってくれる人がいるだけで、気持ちが軽くなるのを感じる。

 2人になれば、根拠もなくできるような気がしてきた。

 俺が深夜アニメにハマったのだって、最初は、自由奔放に異世界を闊歩かっぽする主人公に憧れがあったからだ。

 それなのにいつしか、文句ばかりが浮かんでくるようになった。



 俺はがんじがらめなのに、こいつはどうして。

 ――羨ましかった。

 それだけだったんだ。

 笑って馬鹿にしていれば、置いていかれずに済む気がした。

 あこがれはやがて妬みに変わり、嘲笑の対象へとなった。

 そうすることで、なんとか自分の心を守っていたのだ。

 俯瞰で物事をみるふりして、自分の本心から目を背けていたが、もうこれからは、逃げられない。

 いや、逃げない。

 

 

「俺も、リンみたいになりたい、なりたかったはずなんだ。ちょっと遅れちゃったみたいだけどさ、俺もその道を歩かせてくれ」


「自分でいっておいてなんだけど、きっと茨の道になるよ」


「覚悟はできた。俺たちで、真実を隠し通そう」


 1人だったなら、いつまで経っても迷っていただろう。

 孤児院の子達や、勇聖教の信者の人々を見て、二つの想いが混在するようになった。

 勇者と成り替わり、この人たちを助けてあげたい。

 しかし俺は所詮偽物で、そんなことできるわけないし、する義理もない。

 二つはどちらも本心だが、相反する思想を全て発露するわけにはいかない。

 だから、選択するんだ。

 本心は、俺が決める。


 リンも俺の覚悟を感じ取ってくれたのか、穏やかに、にっこりと笑った。

 

「うん、これは僕たち2人の罪だ」

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