第38話 九死に一生
魔本を片手に、俺とばあさんとの間に立つクロウ先生。
九死に一生を得るとはまさに今のような状態のことをいうのだろう。
いやしかし、そういえばクロウ先生はアリアの魔力圧に押され身動きが取れなくなっていたではないか。
助けに来てくれたことは実にありがたいが、あの怪物ばばあに対抗することができるのかいささか不安だ。
「そう不安な顔をしないでくださいシオンさん。魔法戦闘はなにも、魔力量がすべてではないんですよ」
そういうと、クロウ先生の魔本が風に煽られたようにページがぱらぱらめくれる。
「多属性合成魔法――龍神演舞」
クロウ先生の前方に、五つの魔法陣が展開される。
そのすべてから、火・水・土・風・雷の龍が姿を現した。
その魔法はあまりに壮大で、圧巻で、なにより心が震えるほどに……かっこいい。
「5属性を操るルミナストラの魔法使い……お主が、万象の魔法使い――」
「おやおや、まだそんな二つ名を覚えてくれている人がいるなんて」
「前線を退いたことは聞いていましたが、まさか教員をしているとは驚きですね」
クロウ先生は模擬戦闘で言っていた。確か、属性は基本的には1人1属性。
カインのような2つの属性持ちでもかなり珍しいと言っていたのに、それを全て扱えるとなると、世界に数人とかそんなレベルじゃ……。
「これで倒れてくれれば、いいんですけどね。ゆきなさい、龍よ」
クロウ先生の掛け声に反応するように、五頭の龍はばあさんに容赦なく襲い掛かる。
アリアの切り札もなかなかに強力なものだったが、クロウ先生の魔法はそれに加え、とにかく派手だ。
うだつのあがらなさそうという評価は、変えざるをえないだろう。
龍は囲い込むように全方向からばあさんに突貫する。まるで爆発が起きたように衝撃波が走り、土埃が舞う。
「す、すげえ」
「クロウ先生、すごい……」
「……」
土埃は徐々に収まり、視界が開ける。
クロウ先生の表情はいまだ引き締まったままだ。
薄まる土埃の中から、なにか、黒い球体が露わになった。
その球体は半透明になっていて、中からばあさんがクロウ先生をじっと見ている。
「うむ、なかなかな威力やねえ」
おそらくあの球体は、防御障壁かなにかだろう。
傷1つついていないそれは役目を終えると消滅し、再び相対することに。
「これで無傷ですか……流石にへこみますよ」
「そう卑下するでないよ。私でなければただではすまんよ」
言葉とはうらはらに、クロウ先生の瞳に宿る闘志に翳りは見えない。
「……もうすぐ援護部隊がやってきます。私の魔法に免じて、どうかこの場は引いていただきたい」
「ふっふっふ。そうさな。あのような魔法、そうそう見れるものではない。そちの望み、叶えよう」
「できれば二度と、あなたには会いたくないものです」
「つれないことをいうな。再び相まみえるのを楽しみにしている。勇者シオン、お主もまた」
ばあさんは杖を1回地面に打ち付けると、黒い霧に包まれてその姿をくらませた。
ようやく、これでようやく助かった。
リンのことも気になるが、今は張り詰めていた状況から脱したことによる安心と、キャパシティを超える疲れからその場で気絶した。
※
視界がぼんやりしている。意識もはっきりしない。
俺は、生きているのか、死んでいるのか。
暗い――。
ここはどこなんだ。
誰か、助けてくれ――。
声を出そうとしてみたけれど、音にならない。
体も動かない。もう、死んでるのかな。
体もどことなく冷たく感じる。
俺、なにしてたんだっけ。
……そうだ、化け物を退治したんだ。
1人では到底適わない相手に、3人で協力して……いや、結局は殺しきれていなかったんだな。
リン、大丈夫かな。
俺のせいで、怖い思いさせてしまったよな。
ミラも、怖かっただろうに、最後は立ち上がってくれた。
アリアも焦ってたはずなのに、弱音1つ吐かずに戦ってくれた。
勇者の威光を借りて甘い汁を吸おうと思っていた俺にとっては、あまりにも勿体ない仲間たちだ。
頼りないところばかり見せてきたけど、最後はちょっと、勇者っぽい背中を見せることができたよな。
リンに見てもらえてないことだけが残念だけど。
それにしても、俺はいつまでこの空間にいればいいのだろうか。
多分これ、死ぬ一歩手前だよな……。
そんなことを考えていたら、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……おねが……もど…て……」
誰だろう。なんて言っているかは聞き取れないが、すすり泣いているのだけが分かった。
どうか泣かないでくれ。俺は、ここにいる。ここにいるよ。
冷え切っていた体だったが、手のあたりだけ、ほんのり温かみを帯びた。
暖かい……まるで迷子の子どもが母を見つけたときのような安堵感に満たされ、意識は深い海へと落ちていく。
もしももう一度チャンスがあるなら、今度こそ――。
※
「……くん。……オンくん」
ミラの声が聞こえてくる。意識が徐々にはっきりとして、瞼を開いた。
降り注ぐ光に眉をひそめたが、やがてそれにも慣れて目の前の景色がはっきりと確認できた。
見下ろす若葉色の髪の美少女。
瞳には、今にもあふれ出しそうな涙をためている。
「シオンくん――!」
勢いよく抱き着いてきた美少女の温もりと、まだ完治していない体の痛みに同時に襲われ、何とも言えない顔になる。
「あ、ご、ごめんなさい」
「……い、いいんだミラ。……ここは?」
「私たちが荷物を預けていた宿です」
いつの間にか迷宮を脱出していたのか。
ってことは、まだリンの救出が――。
何とか起き上がろうと上体に力を籠めるが、痛みが全身を駆け巡る。
「――くッ」
「……まったく、今は人より自分の心配をしなよ、シオン」
その声には、聞き覚えがあった。
俺がこの世界に来てから、まるで太陽のように、いつも明るく俺の傍にいてくれた。
ビビりなくせに、誰よりも勇者に憧れて近づこうとしている男。
どこか抜けているところもあるが、一本芯の通った男。
体から自然と力は抜け、笑みがこぼれた。
「おかえり、シオン」
「こっちのセリフだよ――おかえり、リン」




